幕間 とある貴族家の警備兵
「当主様へのお手紙ですね。確かに」
配達人から渡された手紙の数を数え、間違いが無い事をお互いに確認した後、配達人の持つ書類に受取のサインを入れる。
受け取った手紙の束は、屋敷内の使用人の方に当主様へと渡すようお願いし、門番に戻る。
もうこの仕事に就いて3~4ヵ月といった所だが、かなり手慣れたものだ。
「トーマス隊長、敷地内の巡回は異常ありませんでした」
「ご苦労様。予定通り休憩と裏門の交代を回すように」
手紙を使用人に渡してから正門の方に戻れば、敷地内の巡回班が戻ってきたので、いつも通りに動くよう指示を出しておく。
最初こそ戸惑ったものの、今となってはすっかり警備兵の長としての立ち振る舞いが板に付いたように思う。
まだ若干19歳の若造に、警備兵の長を任せるなど、と最初は思っていたものの、同期の仲間たちからは年上年下を問わず、そのまま推されてしまった。
そんなこんなでなし崩し的に警備兵の長となったものの、気付いてみれば、すっかり警備兵の仕事が身体に馴染んでしまったのである。
「トーマス隊長、なんでこの屋敷の警備兵は休憩が多いのですか?」
ちょうど、ペアで正門の警備を行っている新人が、少し小声で話しかけてきた。
確か、以前に他の貴族家で警備兵として勤めていたのを、待遇が良くないので辞めてきた、と聞いている。
「当主様曰く、仕事の効率化、だそうだ。何でも、人間の集中力というのは基本的にそこまで長続きするものではないらしい。だから、こまめに休憩を入れて気持ちを切り替える事で高い集中力を維持する、と聞いている。まあ、私もそこまで学があるわけじゃないから、受け売りだけどね」
警備兵として働くのは初めてだったが、この家に仕える者は、その職に関わらず休憩時間はかなり多い。
基本的には2時間前後で10分程度の休憩を入れる事が義務付けられているし、私たちのような警備兵は2時間後の休憩後には警備の場所を入れ替えるように言われている。
これも当主様曰く、ただ同じ場所を同じ人ばかり見るよりも、同じ場所でも違う人が見れば視点が変わって、より異変に気付きやすくなる、と言われた時は驚きがあったものだ。
実際に、前職は警備兵だったという新人と、元は冒険者である私とでは着眼点が違う。
ゆえに、警備兵の長という立場でありながらも、日々の学びは尽きない。
「そうなんですね……当主様は博識でいらっしゃいますねえ」
「そうだね。それに、我々の仕事を良く見て下さっている。成果を上げれば給金に色を付けてくれるし、できる事が増えればそれだけ稼ぎに反映されるから、頑張る気概も湧くというものだ。君も最初に説明したように、できる事が増えれば、入って短期間でもかなり給金は上がるよ。実際に入って1ヵ月で金貨3枚の昇給をした者もいる」
「はえー、そんなにすごい方がいるんですね。僕なんてまだ入って1週間程度ですけど、採用の時にそもそもの基本給の提示額に驚きましたよ。だって、前の警備兵の仕事の給金の倍以上ですよ? まあ、入って2日でその給料の高さの意味はわかりましたけど……それでも、頑張って食らい付く意味があると思います」
給料の高さの意味、という話をする時に、新人の顔が僅かに歪む。
まあ、最初はあの訓練の厳しさに驚くだろう。
カナエ様とジェーン様の指導は、はっきり言って並の人間の相手を想定していない。
とはいえ、私は最初に当主様が最終的には侯爵くらいまでは余裕で上がるだろうから、それに見合う警備兵としての実力を備えるように、と指導されたのだ。
冒険者としての能力で言えば、カナエ様は単体でS級の実力があるだろうし、ジェーン様はA級上位相当だろう。
今となっては、私はジェーン様を相手にそこそこ耐えられるようにはなったものの、まだ一本を奪うには足りない。
私を含む上位メンバーでの複数戦であれば、運が良ければ一本を取れる事も増えてきたが、まだまだ単体戦力としては届かないのだ。
「そもそも、この屋敷の使用人と警備兵はどこを目指しているんでしょうね? 僕たち警備兵が訓練をするのはわかりますけど、使用人や庭師、果てはメイドさんたちまで一様に戦闘訓練をするなんて、他の屋敷じゃ絶対あり得ないですよ」
「だろうね。実際、給金の高さだけに惹かれてきた貴族家出身の者は大概が辞めていったし。貴族家出身でまだ残ってる人の方が珍しいよ。案外、この屋敷は貴族家の人間よりも平民や貧民出身の方が向いているのかもしれない」
「かもしれませんね。僕も平民の出身ですけど、キツイ仕事の分、どこよりも給金は多いですし、それでいてキチンとお休みがあって、休憩もある。馬車馬か何かと勘違いしたような仕事を安い給金でさせられていた前の職場よりも断然マシですね」
この屋敷独特の制度と給金の高さに、話が弾むのは大体の者の共通項だ。
それだけこの屋敷の制度は変わっているし、給金がやけに高い。
けれど、その給金に納得できるだけの厳しい職場であるし、それでいて理不尽な仕事ではない。
おおかた、辞めていった貴族出身者は、もっと楽な仕事を想像していたのだろう。
「そういえば、隊長はどうして当主様に仕える事にしたんですか?」
純粋な疑問、という感じで新人がこちらを見る。
まあ、少しばかり恥ずかしい部分もあるが、隠すほどでもないか、と己の人生を振り返り、周囲の様子を伺って、特に何もない事を確認してから話す事に決めた。
まあ、実際問題、この屋敷は貴族街でもかなり中心部に近いかつ、高位の貴族が居を構える位置だからか、基本的に人が通らない。
時折、先ほどのように当主様への手紙や手配した食料などの資材を受け取るくらいのものだ。
訓練も行ってはいるものの、今まで不審者や不届き者が現れた事は無い。
まあ、私たち警備兵の仕事は暇なくらいがちょうどいいのだけども。
「私は農村の3男坊の生まれでね。畑も継げないし、将来的に独立しないといけなかったから、冒険者になって生計を立てるつもりで村を出たんだ。幸い、村の中では剣が一番使えたしね。それで、対人戦が一番得意だったから、野盗討伐や商隊の護衛を主にやってて、C級冒険者までは昇格できたんだ。けれど、半年前くらいに路銀が尽きて、身売りをしないといけなくなって……それから当主様に買われて今に至る、って所かな。冒険者の仕事と違って実入りが違うし、そもそも安定して仕事がある。冒険者っていうのは、よほど上位の階級で仕事を選べるくらいでないと、運が悪いと食い詰める事になってしまうからね。実際、私もそうなったわけだし」
「そうだったんですね。言葉遣いも落ち着きがあるし、隊長はてっきり貴族出身の方だと思ってました」
「はは、これは当主様の教育の賜物だよ。君だって、礼儀作法の教育があるだろう」
周囲の警戒は怠らないようにしつつも、新人と談笑をしていると、後ろの方から足音が聞こえてくる。
「交代の時間です」
「今日のお昼は、いえ、今日のお昼も美味しかったですよ」
交代要員が休憩から戻ってきたようで、振り返ってみれば、2人ともほくほく顔だ。
そう、この屋敷はまだまだ変わった点があるけれど、そのうちの1つとして、この屋敷で働いている者は、食堂で無料で食事ができる。
お代わりをしてもいいし、いくつかあるメニューの中から好きな物を注文できるのだが、どんな料理があるかは、その日の仕入れ次第となっているものの、総じて美味しくて、量も多い。
当主様曰く、いい仕事はいい食事と身体作りから、との事だ。
これが大変に好評で、特に男の1人暮らしにとってはとてもありがたい。
「よし、私たちも食事を摂って休憩としよう」
「はい!」
新人もこの食事の時間が楽しみなようで、弾むような足取りで私の後についてくる。
見た事も無い料理が提供される事も多いが、そのどれも美味で、ともすれば、この屋敷が発案ではないか、というものもかなり多い。
もっとも、当主様から緘口令が敷かれているので、外部には漏らせないのだが。
「今日の仕事が終わったら、一杯一緒にどうだ? 奢るよ」
「いいですね! ご相伴に預かります!」
なんだかんだで、職場内の人間関係も良好だ。
部署を越えて友好を深めている者も多いし、中には警備兵同士や警備兵と使用人といった組み合わせで交際に発展している男女もいる。
残念ながら、私にはまだ春は来そうにないが、こうして気軽に警備兵の仲間と飲み歩く事ができる程度には、職場の雰囲気がいい。
本当に、当主様に拾われて良かったな、と思いつつも、今日の昼食は何だろうか、と思いを馳せるのだった。
前からやろうと思っていた、ハイトに雇われた方々の日常的な1コマです。
箸休め回というか、気分転換回ですね。
好評であれば、定期的にこういった回を設けていきたいと思いますので、良ければ感想やレビューで教えて下さいね!




