ワケあり6人目⑲
「最初は少し心配してたが、何だかんだでエスメラルダも馴染んだなあ」
エスメラルダがうちに来てから1週間。
日課である昼前の訓練にて、カナエと楽しそうに刃を交えるエスメラルダを見て、ぽつりと呟く。
最初こそカナエの方がかなり彼女を警戒していたのだが、今となってはお互いに切磋琢磨し合う仲になったようだ。
最初こそ、カナエとジェーンに押し切られていたエスメラルダだったが、相手の動きを読むのが上手い。
本人でも気付いていないクセの部分を突いたり、フェイントによる心理戦を仕掛けたりと、ここ数日はカナエとジェーン相手にもいい所まで戦えるようになっている。
それでもカナエのフィジカルお化けっぷりには手を焼くようで、最終的に詰め切れないという状況が殆どだ。
逆にジェーンの場合は、フィジカルは強くとも普通よりは強い程度なので、読み勝ちを通している所が良く見られるな。
「もう、あなたのその身体能力、反則じゃないかしら?」
血魔術なんかも駆使して、カナエの武器や動きを大きく制限し、もうチェックメイトと思ったその時、カナエがその拘束を力尽くで粉砕し、逆襲を返す。
エスメラルダの負けパターンだ。
まあ、これに関してはエスメラルダに限らず、俺でもジェーンでもオルフェさんでもフリスさんでも変わらないんだよな。
これに関しては本当にカナエのフィジカルがストロングすぎるのが悪い。
マジで圧倒的不利状況をフィジカルだけで突破されるのは、対面している側からすれば悪夢でしないんだよ。
終いには、エスメラルダの魔眼が覿面に効く、という弱点は、目を閉じて物理的に見ない状態で戦うという力業で突破したし。
当然、目を閉じたら視覚情報が封じられるのだが、本人曰く、何となく感覚でわかるとの事。
「私を拘束したかったらもっとしっかりしないと」
力業で己の不利状況を覆したカナエは、無表情ながらドヤァ、としているのが感じ取れるくらいには堂々と胸を張っている。
まあ実際、力業も突き詰めれば立派な手段だからなあ。
結局の所はそれで戦果を挙げているわけだし、その圧倒的フィジカルと大盾による守りは、俺たちを守る上で有効に働いているわけで。
「本当に、敵には回したくないわ」
呆れた表情で、エスメラルダは服に付いた汚れを払う。
教国で俺を襲った時も、カナエと正面からやり合うのは分が悪いからと言って、不意打ちの魔眼で動きを封じてたしな。
その辺り、相手の実力を測る事に関しては、かなり正確だと言える。
「さて、当主様。昼食が終わったら登城して、側妃様と面会よ」
最近のエスメラルダの動向に思いを馳せる事で、現実逃避をしていた所に現実が突き付けられた。
そう、ここ1週間で彼女の秘書業務もかなり板に付いてきたと思う。
早朝にシャルロットと打合わせをして、俺のスケジュールの最終確認をしてから、キッチリと各業務の区切りを管理してくれている。
それはもう、恐ろしいくらいに正確に。
「ちょっと用事ができたってワケには……」
「いかないわね。王家との折衝が面倒な事は認めるけれど、それも貴族としての仕事でしょう?」
ちょっとだけ時間を遅くして、面会時間を時間を短くしたい、なんて希望はにべもなく打ち砕かれた。
ああもう、優秀な秘書だなあ。
「まだ予定が詰まるほど仕事が無いからいいけれど、これから仕事が増えたら文句なんて言うヒマも無くなるわよ?」
「言うな。考えたくもない」
それはもう、オーバーキルなくらいの現実を突き付けられて、俺は素直に降参する。
シャルが相手なら、割かし甘やかしてくれるんだけどな。
「だったら、早く行って話をすぐに終わらせた方が建設的じゃないかしら?」
「気は乗らないけど、しょうがないか」
これ以上引き延ばしても、最終的に自分の時間が無くなるだけなので、俺は大人しく昼食を摂ってから、身辺護衛兼側付きとしてエスメラルダと、御者兼道中の護衛としてカナエを引き連れて王城へと向かう。
それなりの備えをしている状態ではあるが、血染めの月の件が片付いている以上は、特にトラブルなども起こる事は無く、無事に王城へと到着。
カナエに馬車を任せ、俺とエスメラルダが城内へと入り、陛下の執務室に向かう。
「来ましたわね。その後、状況はいかがですの?」
ノックの後に入室した俺たちをそれぞれ眺めてから、側妃様は手元の書類に視線を落とす。
「お伝えしていた通り、血染めの月はリベルヤ子爵家に仕える事になりました。彼女が首領のエスメラルダです」
「ご紹介に預かりました、エスメラルダ・ブラッドローズでございます。以後お見知りおき下されば幸いです」
普段、俺に話す時とはうって変わって、流麗な仕草で淀みなく自己紹介をして見せたエスメラルダ。
礼節もそうだが、度胸もかなりのものである。
一応、先んじて報告書は上げているものの、こうして彼女を連れてくるのは俺も少し考えた。
万が一、王家から処刑するように命じられれば、俺は逆らえないからだ。
まあ、そんな想像は杞憂に終わったのだが、やはり心配は心配なわけで。
「……暗殺者の首領という割には、随分と気品がおありですのね。もう少し、刺々しいお方を想像していましたわ」
エスメラルダの自己紹介を見て、側妃様はとても意外そうにしていた。
まあ、暗殺者なんて物騒な稼業をしてたら、そんな優雅な人は想像しにくいとは思うが。
「国は違えど、これでも元は伯爵家の出身でございますので。まあ、500年は前の話ですが」
「ユーモアもおありですのね。なるほど、あなたがやり手の長である事は充分に理解できましてよ」
2人のやり取りを、少しハラハラしながら見守った後、側妃様から座るよう促され、俺たちは隣同士で来客用ソファへと腰を下ろす。
相変わらず、不思議なくらい柔らかいのに、適度な張りのある、不思議な感覚だ。
おかげで長時間座っていても全く疲れない。
「本日、リベルヤ子爵をお呼びしましたのは、色々と事態が動いたからですわ。特に、国内の平定に関してのお話になりますけれど」
書類仕事を一区切り付けてから、側妃様が俺たちの対面に座る。
国内の平定、という話の入りから、何となく事態が動いた、という件に見当が付く。
「軍部の件ですか」
「さすが、話が早いですわね」
タイラン侯爵派とアーミル侯爵派で、国軍が真っ二つに割れている、というのは前から聞いてはいたのだが、その件に動きがあり、かつ俺が呼び出されたという事は……。
「タイラン侯爵が、本格的に動き出しましたわ。アーミル侯爵は帝国方面の国境ですから、呼び戻すには少々遠いので、リベルヤ子爵の助力が必要でしてよ。無論、陛下からも承認は頂いていますわ」
教国の件で陛下が不在となれば、確かに反乱を起こすにはお誂え向きではあるか。
戦争大好き人間ともなれば、攻め時は見失わない、という事だろう。
やれやれ、戦争なんてガラじゃないんだけどな……。
教国の件がようやく落ち着いたと思ったら、今度は国内か。
全く、穏やかじゃないな。




