ワケあり6人目⑭
「さて……今日まで大人しくしていたみたいだけど、一応は素直に降る気になってくれたって事でいいのか?」
陛下たちに俺とシャルの婚約を認めてもらった翌日。
早朝から、王城経由で貴族たちには俺とシャルの婚約が正式に発表されたので、これで余計な縁談なんかは無くなるといいなと思っていた所に、シャルの考案した内容の術式を組み終えた、痩せぎすの奴隷商が屋敷を訪ねてきたので、俺は彼を伴って、血染めの月の元へとやってきた。
カナエとジェーンを見張りに付けているとはいえ、念には念を入れてシャルは執務室で留守番をしてもらっている。
「ええ。見張りの2人に対してどの道どうにもならないもの。死に物狂いになれば、私とごく少数くらいは逃げ延びられるでしょうけれど」
そう言って、血染めの月の首領は肩を竦めた。
多くの犠牲を強いてまで、逃げ延びたいわけではない、と。
周囲にいる血染めの月の構成員たちも、組織としての決定権は彼女に委ねているのか、こちらを見てこそいるものの、特に何かを言う事も無い。
「……一つだけ聞きたい」
妙に落ち着き払っているのが気になる所だが、俺は本当に一つだけ気になっている事があったので、最後の見極めとしてそれを問う事にする。
俺からの問い掛けに、血染めの月の首領は首を傾げるが、特に心当たりは無いらしい。
「シャルを攫った目的は何だ?」
引っ掛かっていたのはこれだ。
シャルを攫ったという事は、少なくともシャルを害する目的は無かったという事になるわけで。
それこそシャルを殺す気だったのなら、攫うタイミングで簡単に命は奪えたはずである。
ただ単に俺の命が目的だったにしては、お粗末というか、もっと確実な方法があったように思う。
それこそ、俺たちがシャルを見捨てる判断をした場合、人質は無意味なものになるし。
「……少しあなたを脅して、私たちに敵対しないようにしたかっただけよ。少しでも私たちに抗えるような相手は珍しいわ。ここ数100年は特にね」
「殺す気は無かったと?」
少し圧を込めて睨んでも、彼女は特に怯む事も無く頷く。
「確かに依頼によっては殺しもしていたけれど、私たちだって無暗に殺しをしていたわけではないわ。少なくとも、依頼を受けていない相手を殺して回るほど、人としての品位を落としたつもりは無いもの。あなたたちについても、適度に脅しをかけて、私たちに関わるとまずいと思わせるに留める予定だったわ」
彼女の言葉を信じるのなら、シャルどころか俺も殺す気は無かった、という事になる。
そう言われてみれば、彼女と相対していた時には戦意こそあれど、殺気は極端に薄かったような気もしなくもない。
まあ、あの時は完全にブチ切れていたので、情報処理と行動に理性が効いてこそいたものの、排除しても致命的にならない細かい情報は、完全にシャットアウトしていたし。
「……その言葉が本当だとして、本当に俺に仕える気はあるのか?」
一つ、と言いつつも、再度問い掛けてしまったわけだが、彼女は訝しむようにこちらを見る。
「……交渉の余地があるのかしら? 私は部下の命に責任を持たなければならないわ。彼らの命がより多く助かるのなら、私が殺されようが、終身奴隷に落とされようが、どうでもいいけれど」
自分の身を賭してでも、部下は助けたい、と語る彼女の顔に、嘘は一切無さそうに見えた。
少し後ろにいる血染めの月の構成員たちを見れば、一様に悔しそうにしているものの、自分たちにこの場を打開する力は無いと理解しているのか、黙って成り行きを見守る姿勢だ。
部下の信頼を一身に集めているようなので、俺は彼女の評価を内心でかなり上げる。
裏の組織と聞いていたから、もっと殺伐とした関係なのかと思っていたのだが。
「……これから、君たちが俺の元で働くとして、リアムルド王国の政争に巻き込まれるかもしれないし、望まない殺しをやらされるかもしれない。それでも、仕事を全うできるか?」
今はまだ、陛下を中心に国が安定に近い状態だからいいが、これで何かの拍子に陛下が亡くなっただとか、心変わりをしただとか、急に情勢が変わる事も考えられる。
そうなった場合、貴族の暗部というのは真っ先に泥を被る事になるし、嫌でも部下を死地に送らねばならない。
果たして、そうなった時に彼女は、耐えられるのだろうか。
「裏で長年仕事をする中で、多くの部下が帰らなかったわ。もちろん、そうなる事がわかっていて送り出した事もある。死を看取る事ができた部下を数えた方が少ないでしょうね。それでも、裏でしか生きられない人間は必ずいるわ。そういった人間を掬い上げるためにも、私は組織を大きくして、一人でも多くを掬い上げたかった。法律で言えば、私は大罪人。死後は地獄に落ちるでしょうね。けれど、生きている限りは、私の元で生かせる人間を諦めたくないのよ。逆に問うわ。あなたに、多くの業と闇を抱える私たちを抱えきれるかしら?」
俺の投げかけた問い掛けを問い掛けで返す彼女の表情は、真剣そのもの。
不思議と、彼女の掲げる理念と信念が、ストンと腑に落ちた感じがした。
仕事内容そのものは褒められるものではないが、確かに傍から見れば人から後ろ指を指される仕事というのも一定数あるだろう。
処刑人なんかはその典型だろうか。
仕事とはいえ、人の命を奪うわけだし、処刑した人物に家族がいれば、例えそれが筋違いであっても恨まれる事もあるだろう。
そう考えれば、彼女の行っていた裏の仕事というものに、どれほどの違いがあるというのだろうか。
暗殺だって、殺される人物が悪人であれば、救われる人もいる。
善と悪は、見方や立場によってその姿を変えるものだ。
「君たちが俺の元で、忠実に命じた仕事をこなす限りは、その責任は俺が負う。俺の手が届く限りは、君たちを無駄死にはさせないし、極力無茶は命じない。場合によっては、無茶を命じなければいけない事もあるだろうけど、事前にそうならないよう、努力する。だから、俺に仕えてくれ」
今の俺にできる、精一杯の誠意を込めて、彼女に、その後ろの血染めの月の構成員に、ただただ真摯に問う。
「……わかったわ。私たち、血染めの月は、あなたに、ハイト・リベルヤ子爵に仕える。この身命を賭して、あなたの目となり耳となり、時には血塗れの刃となるわ」
俺の想いが通じたのか、はたまた身の安全を取ったのかは定かではないが、まずは彼女が俺の前で跪いて、その後ろの構成員たちもそれに倣う。
訓練されているであろうその動作に、一糸の乱れも生じない。
「話は纏まりましたかな?」
機を伺っていたのだろう、奴隷商がここでようやく声を上げる。
いやはや、とんでもない暗殺者集団がこの場にいるというのに、なかなか肝が据わっていらっしゃるな。
「そう、ですね。今から彼女たちに説明を行いますから、もう少しだけお待ち下さい」
奴隷商に断りを入れてから、これから彼女たちに奴隷契約を施さなければならないのだが、それが彼女たちを守るために必要で、国との約束である旨を説明していけば、ごねるであろうと思っていた奴隷契約は、割合すんなりと受け入れられた。
それから、首領以下、この屋敷に軟禁していた50名の全てに奴隷契約を施し、痩せぎすの奴隷商は請求書を残して去っていったのだが、その請求金額におったまげたのは、また別の話。




