ワケあり0人目⑮
「お待たせー。まずはサラダから」
先ほどカウンターにいた女性が、出来上がった料理を持ってきてくれた。
話が盛り上がっていたので気付いていなかったが、果実水のボトルも既に半分以下まで減っており、思っていた以上に時間が経っていたのだと悟る。
「同じボトル追加でくれ」
「はーい、ご注文ありがとう」
ブライアンさんが慣れた感じで追加のボトルを注文し、それを受けつつ、女性が持ってきていたサラダの皿をそれぞれ俺とブライアンさんの前に置く。
彩りがバランス良く整えられていて、ドレッシングが模様のようにかけられているので、この一皿だけで芸術品のようだ。
崩して食べてしまうのが少し勿体無いと思ってしまう。
「すぐにボトルを持って来るわ」
女性はすぐに部屋から出て行って、程なくして戻って来る。
両手に1本ずつ、先ほどと同じ銘柄の果実水のボトルを持っており、2本も頼んでいただろうか、と思えば、ブライアンさんが訝しげな表情をしているのが目に入った。
「2本も頼んでねえぞ?」
「1本はワタシからの奢り。あなたが来てくれたのも久しぶりだしね」
そう言って、女性はテーブルに2本のボトルを置き、そそくさと部屋から出て行く。
「ほら、ぼさっとしてんなよ! せっかくだから食え食え!」
俺がまだ料理に手を付けてないのを見て、ブライアンさんがグラスに果実水を継ぎ足しつつ、料理を食べるよう促してくる。
若干の勿体無さを感じつつも、俺は綺麗に盛られたサラダの一角を崩し、ドレッシングをまんべんなく混ぜてから口に運ぶ。
「美味い……」
ぽつりと感想を口に出してから、じっくりと咀嚼していく。
野菜が新鮮で瑞々しいのもそうだが、野菜本来の旨みを打ち消さず、引き立てるドレッシングが、素材の旨みを何倍にも引き上げている。
思わず、呑み込んでしまうのが勿体無いと思ってしまい、味わい尽くそうと咀嚼がゆっくりになってしまう。
「そうだろう! ここの料理は見た目もいいが、味も格別だ。お前さんみたいな、ちょっといい家の出身でも満足するはずだぜ」
自分のお気に入りの店が喜ばれて嬉しかったのか、ブライアンさんは普段のぶっきらぼうな表情を感じさせないくらい、相好を崩していた。
というか、しれっと俺の事、いい家の出身って気付いている……?
「あれ、俺の出身の話……してないよな?」
サラダの二口目を頬張りつつ問いかけてみれば、初対面の時の敬語の使い方で、それなりの教育を受けてるのは丸わかりだ、と返されてしまう。
なるほど、さもありなん。
自然と丁寧な対応をしていたが、平民出身だとその辺りは割とその辺はおざなりというか、限度があるのだろう。
もう少し、普段の話し方も考えた方がいいのかもしれないな。
「ま、冒険者ってのは語りたくない過去があるヤツも多いから、その辺は詮索しないがな。俺にとっては、いいビジネスパートナーであるって事実がありゃあ充分だ」
ある意味、商人としての彼の言葉に、どこか納得してしまう。
変にあれこれと理由を並べてくるよりも、よほど信頼が置ける言葉だ。
再びあれこれと話している内に、次の料理が運ばれてくる。
次に目の前に置かれたのは、パンとスープだ。
スライスされた柔らかい白パンは焼き立てらしく、香ばしい香りと共に僅かに湯気を立てていた。
スープはトマトベースなのだろう。
赤い見た目と、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
スプーンで掬ってみれば、思いの他ドロッとした質感で、口に入れると、トマトの甘みと酸味が口いっぱいに広がっていく。
メインのトマトの他にも、海鮮系の味もするから、ブイヤベースが一番近いだろうか。
溶けるほど煮込まれた野菜も、いい味を出している。
「いい顔でメシを食うじゃねえか。それでこそ奢り甲斐があるってもんだ」
「もしかしたら、今までで一番美味いかもしれない」
公爵家にいた頃の食事は、材料こそ良かったが、料理そのものはそれなりだったからな。
ここの料理は、しっかりと素材の味を生かしつつ、それを昇華させる味付けだからか、一人だったら無心でじっくりと味わっていたに違いない。
「そいつは光栄だ。そういや、認定試験についてはどれくらい知ってる?」
「とりあえずD級から上に行くためには受ける必要がある、っていう認識くらいしかないな。俺が受けるのは当分先になると思ってたし」
料理に舌鼓を打ちつつ、1週間後の認定試験の話に移る。
本気でしばらくは新人から低ランク帯で活動する事になると思ってたから、認定試験の存在しか知らなかったんだよな。
とはいえ、ブライアンさんもギルド職員ではあるから、あまり内容については話しちゃダメな気がする。
「まあ、詳しい判断内容は話せないが、基本的には上位冒険者と組手をやって、その時点での状態を総合的に判定するのが認定試験だ。大体、組手をやる役の上位冒険者が1人、判断役の中位~上位冒険者が2~3人、ギルドの上役が5人くらいがほとんどだな。その時の試験者とギルド側の注目度によって、どのくらいの規模になるかが変わってくる。ま、推薦を出したフィティルのメンバーは参加できないから、残る王都の上位冒険者となれば、老練の戦鬼、全武器使い、奇異の魔術師の三人から誰かってトコだろうな」
老練の戦鬼、全武器使い、奇異の魔術師……どいつもこいつも厨二くさい二つ名だな……。
とはいえ、王都では名の知れた上位冒険者だ。
家を追い出される前の俺ですら、名前だけは聞いた事があるくらいである。
この三人のうち誰かと組手をやる、という事か。
まあ、雲の上の存在すぎて勝てる気は全くしないが、胸を借りるにはこの上ない存在であろうか。
誰と当たってもどこかしら勉強になるだろう。
「はー、まさかこんなに早く、王都の有名どころの冒険者と会う日が来るとはなー。人生何が起こるかわからないもんだ」
「……ほんとに大物だな、お前さんは。むしろ認定試験で上位冒険者に当たったら、普通は合格を諦めるくらいなんだがな」
「そういうもんか? どうせ受かる時は誰相手でも受かるだろうし、落ちる時は誰相手でも落ちるだろうから、なるようにしかならないだろ」
認定試験の話で盛り上がっている所に、魚料理と肉料理がやってくる。
この2つがメインディッシュだろう。
魚料理の方は白身魚のムニエル、肉料理の方はステーキだった。
特にステーキは、小さな鉄板の上でジュージューと美味そうな音を立てている。
「ま、変に緊張して実力を出せないよりはいいか。預かった装備のメンテは三日くれ。他の仕事との兼ね合いもあるんでな」
「おう、認定試験までに間に合えば大丈夫だ。どっちにしろ、認定試験までの間は回復に充てるつもりだったしな」
日常生活はできるようになったとはいえ、まだ完全に体調が戻ったわけではない。
とにかく今は、身体を本調子に戻すのが最優先だ。
そう考えつつ、せっかくなので先にステーキの方からナイフとフォークで切り分け、一口頬張る。
シンプルな塩胡椒の味付けに、濃厚な牛肉の味が引き立つ。
それでいて、ある程度噛んだら、するりと溶けるように柔らかくなる、絶妙な食感だ。
脂控えめで、肉を食っているという感じがたまらない。
次にムニエルを頬張ってみれば、ほろりと崩れるほど柔らかい白身が、仄かなバターの香りを運び込んで来る。
淡泊な味わいで、肉を食べた後に口の中をリセットするのにはちょうどいい感じ。
どちらも甲乙付け難いくらい美味い。
あれやこれやと会話を続けつつも、気付けば綺麗に平らげてしまっていた。
「いやー、美味かった。ホントに奢りでいいのか? なかなかいい値段がしそうだけど」
「構わねえさ。一人で食うメシってのも味気ないモンだしな。お前さんと楽しく美味いメシが食えて良かった。ま、これもある意味先行投資さ」
「はは、損させないように頑張るよ」
ちょうど会話が途切れたタイミングで、デザートが運ばれてきた。
小奇麗に盛りつけられた、シャーベットのようだ。
「これで最後の料理よ。あとはゆっくりしていって」
空いた皿を回収して、女性は部屋から出て行った。
どちらかというと風俗系の店なのかな、と思っていたら、隠れ家的な料理屋だったらしい。
もしも彼女ができる事があれば、連れてきてもいいかもしれないな。
まあ、そんな話は当分先になるのだろうけれども。
と、益体もない事を考えつつ、シャーベットを一口。
柑橘系のさっぱりとした味わいが、口の中をスッキリさせてくれる。
「さて、実はこの店、このまま宿泊できるんだ。ハイトも今から宿に戻るの面倒だろ?」
「あー、腹もいっぱいだし、確かに長い時間外を歩くのは億劫だな」
室内の時計が夜の10時を指していた。
あれやこれやと楽しく話しているうちに、随分と夜遅くなってしまっている。
今から宿に戻るとなれば、夜遅いので面倒事に巻き込まれる可能性もあるし、このまま宿泊できるのは非常に助かるな。
「そう思って、部屋は取っておいたからな。なに、これも奢りだから気にすんな」
そう言って、グラスに入っていた果実水を飲み干し、ブライアンさんは先に寝室に行ってる、と言い残して部屋を出て行った。
寝室に行きたかったら、さっきの受付の女に声をかけろ、と言われていたので、とりあえず少し食休みを取る事にする。
今動くと、ちょっと色々と危ない。
美味しかったからと、調子に乗って食べ過ぎてしまったようだ。
グラスに残った果実水をちびちびと飲みながら、30分程度の間大人しくしていた所、ある程度動けるようになったので、荷物を持って部屋を出た。
カウンターの方に行ってみれば、来た時と同じように女性がいたので、軽くお辞儀をしてから声をかける。
「そろそろ寝室に移動しようと思います」
「案内するわ」
フッ、と妖艶に微笑み、女性は俺を寝室の方に先導してくれる。
どこか、獲物を見るような目に見えたような気がしなくもないが、きっと気のせいだろう。
「ここよ。それじゃ、寝室の中も案内するから」
女性に導かれるまま、俺は寝室内に足を踏み入れて、すぐに身体を硬直させた。
ダブルどころじゃなく大きなベッド。
曇りガラスで丸見えの風呂場。
ピンク色の照明。
どこかムラムラを感じる、微かな甘い香り。
これ、思いっきりラ○ホですやん!
「ああ、料金はブラの字から貰ってるから心配いらないわ。少年は初めてだろうから、丁寧にしてやってくれって頼まれたしね」
「え? えーっと、そのまま寝かせては……」
「あげないわ♪ 大丈夫、じっくり優しく、女を教えてア・ゲ・ル」
「アッ!? そ、そんな、許してえぇぇぇぇ!」
何が起こったかは、あえて語るまい。
事実だけを述べるならば、一晩で俺は、歴戦のAV男優もかくやという技術を女性から授けられた……。
そっち方面の才能は天才ね、なんて言われ、よもやたった一晩で経験人数が2ケタに突入するなんて……。
もしも冒険者として食うに困ったらそっち方面のお店を紹介してあげる、とも言われ、素直に喜んでいいのかわからない……。
朝までロクに寝かせてもらえず、俺は翌朝に取っていた宿に戻り、力尽きる形で眠ったのだった。