ワケあり6人目⑬
「……少なくとも、奴隷にする待遇ではないわよね」
リアリム王国、王都フルードレンのリベルヤ子爵邸。
リベルヤ子爵に敗れ、彼に降る事となった私たち、血染めの月の面々は、屋敷内の1番広い部屋に全員が軟禁され、出入口は化け物級の実力者2人が固めている。
けれど、特別暴力を振るわれたりする事は無く、部屋の中に軟禁されている以外は拘束もされておらず、3食まともどころか豪華な食事が付いているし、室内限定ではあれど、身体を清める事も許されていて、少なくとも奴隷にする待遇ではない。
「ねえ、リベルヤ子爵は本当に私たちを奴隷にするつもりなのかしら?」
軟禁されてから2日目。
私はついに部屋の出入口を固める2人のうち、1人へと扉越しに声をかけた。
「ま、そのつもりだろうな。とはいえ、あいつの奴隷の扱いは普通じゃねえ。何なら、あたしもカナエも、どっちも奴隷だよ」
扉越しに返ってくる、私の問い掛けへの返答に、私は自分の耳を疑う。
奴隷なんて、最低限の賃金でいかに長く使い続けられるかが大事なはずで、食事なんてせいぜいが具をごった煮にしたスープ程度のもの。
働く上で身体を壊さない程度であれば良くて、より安く済ませられる食事を与えられるのが常で。
けれど、この2日の間で私たちが口にしている食事は、そこらの平民よりはよほど豪華な食事で、パンは柔らかくてフワフワの白パンだし、その他に具沢山のスープと肉料理、サラダの3皿は確定で付いている。
一番多かったのは昨日の夕食で、確定の3皿以外にも魚料理とチーズ、デザートまで付いてくるほどの規模で、私たちは驚きを隠せなかった。
もちろん、毒なんて入っていないし、味はそこらの高級レストランなんて目じゃないくらいのもので。
いかに裕福な貴族であっても、奴隷にこんな食事をさせるような家は絶対に無い。
仮に王家だったとしても、あり得ないでしょうね。
「そうだよな。信じられねえよな。あたしだって最初はハイトの事、頭おかしいと思ってたぜ。何せ、普通じゃ解呪できないような呪いを受けた奴隷を買った上で、命懸けでそれを解呪したんだからな? それで解呪できたと思えば、当主自ら日用品を買い与えて、何なら冒険者として活動させるための装備に金貨500枚以上の投資をするんだ。本気で頭がイカレてると思ったね」
面白おかしな話をしている自覚があるのだろうけれど、くつくつと笑いながら話す彼女の声は、心底面白いと思っているような、そんな声色。
「ま、そんなイカレた第一印象とは違って、今は誰よりも信頼できる雇い主、って感じだけどな。あちこちで命懸けの無茶をすっから、護衛としちゃあ常に気が気じゃねえが」
困ったもんだ、と語る彼女の声は、呆れた主人だとこき下ろしている内容でも、心底楽しそうなものだった。
普通、いかに信頼関係のある主従であろうとも、ここまで砕けた態度を許す間柄というのは相当に珍しい。
「……私は、そんなお方の逆鱗に触れたわけね」
「そうだな。あそこまでブチ切れたハイトは初めて見たが……肝が冷えたぜ。正直、あたしとどっこいか、ちょっと強いくらいだと思ってたが、とんでもない。あたしなんざ、足元にも及ばねえ。カナエすら、本気のハイトには敵わねえだろうな」
しみじみと自らが仕える主人について語る彼女は、まるで世にも恐ろしい物を見たかのような、畏怖の感情を持った声で語る。
実際に体験した私からしてみても、あの強さは理不尽の権化と言わざるを得ない。
魔力総量で上回られてしまうのは仕方ないとしても、あの年齢で10倍以上は生きている私を歯牙にもかけないくらい強いというのは、ちょっと異常よね。
冒険者としての階級で言うのなら、私は少なくともA級の最上位くらいはあるはずなのに。
今話していないもう1人の護衛の方も、間違いなく直接の戦闘においては、S級の強さは間違いなくあるけれど、まだ付け入る隙はあった。
けれど、あの少年は……まずここ100年は人に見せた事の無い技を使っても、初見でその全てに対応して見せたし、その上で的確に応手を打ってきて、私はもう為す術なくやられるしかなかったのだけど……驚くべきは、あの状態でもまだ理性を保っていたという事実。
彼が怒りに呑まれていたのなら、恐らくはあの場にいた私も団員たちも、その悉くが蹂躙されて、鏖殺されていた事だろう。
ともすれば、あの一帯は地図から消えていたかもしれないわね。
「ま、心配しなくていいと思うぜ。何だかんだで身内には甘いし、シャルロットがあんたらの有用さに目を付けたんだ。少なくとも、あんたらが有用である限りは、悪いようにはならないさ。ま、正直な話、命令を受けたからこうして見張ってるが、あたしは別にほっといてもいいと思ってる。だって、もうハイトに歯向かう気なんて、これっぽっちも無いだろ?」
「……そうね。今でも命がある事を信じられないもの」
彼女の言う通り、私はリベルヤ子爵に歯向かう気はもう無い。
生物として絶対に敵わないと、圧倒的な格付けをされてしまったのだから。
「ま、政治だの貴族だのは、あたしには詳しくわからねえけどよ。あんたらを奴隷にするってんなら、それが必要なんだろうぜ。実際、あたしのできねえ事はシャルロットとハイトに任せるが、あいつらができねえ事はあたしやカナエが命を張る。それがあたしたちとハイトの関係性だ」
「……そう。随分と主人を信用しているのね」
リベルヤ子爵の事を語る彼女は、ただただ誇らしげで、己の主を強く慕っているのがよくわかる。
仕えるべき主に仕える、なんて経験の無い私には、彼女が眩しく感じた。
「あなた、名前は?」
「ジェーンだ。ジェーン・ディランゴ。そういうあんたは?」
ジェーン、という名に聞き覚えは無かったけれど、これでリベルヤ子爵の護衛の2人は名前がわかった。
そのどちらも特に名前が知られている存在ではない。
この大陸のほぼ全土に情報網を張り巡らせているはずの、血染めの月であっても知らない存在。
短期間で頭角を現したとしても、ここまで情報が無いのはおかしい。
いや、もしかすると、リベルヤ子爵の活躍に隠れて、ただ目立っていなかったのかもしれないわ。
こういった所に、今回の私たちが負けた要因があったのかも。
「……今はまだ名乗らないわ。あなたのご主人様よりも先に名前を知らせるのも、何か違うでしょう?」
「それもそうかもな。ま、あたしとしちゃあよろしくやれる事を願っておくぜ。有能な同僚はいくらいても困らねえからな」
「そう。それなら、あなたのご主人様に私が許される事を祈ってほしいわね。今はまだ保留されてるだけで、命が助かったとも限らないもの」
最終定に、彼がどんな判断を下すのか。
それ次第で私の命運は来まる。
未だに決定していない、自分の未来に気が滅入った私は、ジェーンとの会話を打ち切ったのだった。
今日は珍しく2エピソード更新です。
最近ナイトレインが楽しすぎて更新が滞りがちなので、たまにはね?
ちなみに、血染めの月の首領さん視点でした。
血染めの月の処遇に関しては、次回以降をお楽しみに!




