ワケあり6人目⑪
「お久しぶりでございます。リベルヤ子爵様」
王家からの紹介状を持って、奴隷商を訪ねてみれば。
いつぞやシャルロットを買った場末の奴隷商だった。
向こうも俺の事は覚えていたようで、相変わらず痩せぎすだ。
しかし、以前と違って店内は見違えるほど清潔になっていた。
「前に来た時とは見違えましたね」
「ええ。おかげ様で、奴隷魔術の代行を依頼される事が増えましてな。王家の方からも罪人へ奴隷契約を施す御用奴隷商として依頼も頂けるようになりました。まあ、奴隷たちは相変わらずなのですがね」
顔見知りであった事も手伝って、店主は愛想良く話してくれている。
とはいえ、店内が清潔となっていても、僅かに奴隷たちの居住スペースの方からは死臭が漏れ出ているな。
「以前来た時から思ってはいましたが、ここの奴隷たちはなぜ死にかけている者ばかりなんですか?」
ふと、気になった事について問いかけてしまう。
病気や怪我などで死にかけの奴隷など、維持費ばかりで収益にはならない。
以前は店内も汚かったのを見るに、利益はほぼ無かったはずだ。
「元々、私は墓守でしてね。その中でも奴隷商から亡くなった方を引き渡される事が多かったのです。そういった方の遺体は、それはもう酷いものでして。中には暴行などで故意に死なせたであろう方もいらっしゃいました。であれば、そういった先の無い奴隷たちを引き受け、亡くなるまで面倒を見ようと思ったのが発端です。それから奴隷商になるために学び、資格を取りました。幸い、奴隷魔術を扱う才能はあったようですので、こうして墓守と奴隷商の仕事をしているのですよ。私は彼らを癒す事はできませんが、死を看取り、埋葬する事はできます。秘密裏に魔物の餌にされたり、どこかに打ち捨てられるよりは、人として葬られる方がいいはずですから」
想像以上に重い話になって、俺は咄嗟に言葉が出なかった。
シャルロットがこの奴隷商に売られていたという事は、すなわちあの毒から助かる見込みは無かったという事だ。
「そちらのお嬢さんは無事に助かったのですね。あの時は医者に見せても助からないと言われていましたが」
痩せぎすの奴隷商の目線が、俺に随伴しているシャルロットに向く。
ギリギリ……かどうかはわからないが、彼女の毒を治癒するのに間に合ったのは、間違いない。
ここにいたという事は、少なくとも普通の医者には治せない毒だった、という事だろう。
「では、紹介状を拝見しましょうか」
話を切換えるように、彼は俺から受け取った紹介状に目を通す。
内容を見て、少し難しい表情をするものの、無言で一つ頷く。
「なるほど。少し難しい術式になるでしょうが、まあ何とかなるでしょう。術式の構築に2日ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
シャルロットが色々と条件を盛り込んでいたので、術式が複雑化するのだろう。
俺には奴隷魔術の心得が無いので、その辺りは専門家にお任せだ。
まあ、勉強すればできるようになるだろうけど、わざわざそこに割く時間が勿体ないしな。
「構いません。あと、可能でしたら屋敷の方に出張して頂く事は可能でしょうか? もちろん、出張費はお支払いしますので」
「かしこまりました。準備ができましたらお屋敷に伺います」
「よろしくお願いします」
話はすんなりと纏まって、俺とシャルロットは奴隷商を後にした。
馬車に乗り込み、俺の正面に座ったシャルロットを見る。
話題に上がる事もあったものの、終始無言を貫いていたのが少し気になったのだ。
「大丈夫か?」
「ええ、体調が悪いわけではありませんから」
問い掛けてみれば、彼女は苦笑いを零しながら俺を見る。
「あのさ」
ゆっくりとした速度で走る馬車に揺られながら、俺はかつてないほどの緊張感に包まれていた。
実は、御者を務めてくれている使用人には、帰り道は遠回りかつなるべくゆっくり、とこっそりお願いしているのだが……いざ、これからしようとしている事を考えると、やっぱり今度にしようか、と思ってしまう。
が、ここで逃げるわけにもいかない。
腹を決めないとな。
「こないだ、シャルロットが攫われた時……俺は気付いたんだ。君を、失いたくないと思っていた事に」
俺の独白のようなセリフを聞いても、シャルロットは無言で頷くに留め、先を促してくる。
「最初は、贖罪だった。俺が先にダレイス公爵家を潰しておけば良かったって。せめてシャルロットが落ち着いて身を寄せる先が決まるまでは面倒見ようって。でも、いつからだろうな……気付いたら、シャルロットがいないリベルヤ子爵家なんて、考えられなくなってた。もちろん、君の能力の高さを手放したくないという気持ちが無いかと言われれば嘘になる。でも、それ以上に、俺はシャルロットという個人に……いや、女性に惹かれていたんだ。君さえ良ければ、俺と結婚してくれないか?」
言いたい事を言い切って、頭を下げつつ右手を差し出す。
彼女の返答を待つ時間は、一瞬が永遠にも感じられるほどに長く感じたが、実際はそれほど時間は経っていないのだろう。
ふと、気付けば、シャルロットのほっそりとした綺麗な手が、俺の右手を取っている。
「ハイトさん、私はその言葉をずっと待っていました。命を救って頂いて、シヴィリアン公爵家の無実を証明して下さったあの日から」
シャルロットの返事を聞いて、がばりと頭を上げると、そこには両目から涙を流しながらも、微笑むシャルロットの姿があった。
泣かせてしまっているというのに、その美しさに、愛らしさに、俺は二の句を継げずにいる。
「最初のうちは、保護対象としてしか見られていないのはわかりました。でも、私の事を好きになってほしくて、役に立つと思ってほしくて、すごく頑張りました」
「有能すぎて怖いくらいさ。正直、今でもいつか振られるんじゃないかと気が気じゃないよ」
「そんな事、あるわけないです。私はもう、ハイトさんに心奪われてしまっているんですから」
俺の事を離さない、離れたくないというシャルロットのいじらしさに、いてもたってもいられなくなってしまい、気付けば彼女を抱き締めてしまっていた。
女性特有の柔らかさが、彼女の心臓の鼓動が、俺に伝わってくる。
少し遅れて、彼女の方からも少し控えめに俺の背中に手を回す。
「……近いうちに、王城へ行かないといけませんね」
「そうだな。陛下たちに報告しないとな」
どちらからともなくハグを解いて、お互いに苦笑いを浮かべる。
貴族の結婚というのは、得てして色々と手続きがあるものだ。
ましてや、俺の立場はなかなかに異色のものであるため、王家にはしっかりとお伺いを立てておくべきだろう。
まあ、シャルロットとの結婚を認められなかった場合は、最終手段として国を出るのだが。
「……良ければ、私の事はシャルとお呼び下さい。家族がそうしてくれていたように」
「わかったよ、シャル」
頬を少し赤らめながら、てれてれと俺に自分を愛称で呼んでくれという彼女の反応が、とっても愛おしくて、またしてもそのままハグをしたい衝動に駆られてしまったが、あまりがっついていると思われてしまうのも嫌なので、そこはグッと堪えて彼女を要望通りにシャルと呼ぶに留めた。
そうして要望を叶えてみれば、シャルがへにゃりと笑う。
含む物の無い、心からの笑顔に邪念が焼かれつつも、俺は渾身のプロポーズが成功した事に内心で安堵したのだった。
ヘタレていたハイトくんがついに告白しました。
まあ、シャルロットは好き好きオーラ出してるので、第三者からは一目瞭然だったわけですが、前世を童貞のまま終えているハイトくんは恋愛方面に自信が無かったわけです。
使用人たちからは、はよくっつけお前ら、と思われていたりします。
そんなわけで、御者をしている使用人はハイトからの頼みを二つ返事で引き受けたわけですね。
というちょっとした裏話。




