ワケあり6人目⑩
「さて、陛下はどう答えを出すのかね」
血染めの月を捕らえてから3日が経過した。
王城からの呼び出しを受け、俺はシャルロットと一緒に馬車に揺られている。
「恐らくは、承認すると思いますよ。陛下も、血染めの月を丸ごと取り込める事による利点がわからないという事は無いでしょうし」
「まあ、その辺りは各国との協議が主な所だろうな。陛下がこっちに戻ってくるのは数ヶ月先だし、そこまで待つってのはさすがに厳しいだろ」
「でしょうね。本来であれば、他国に知らせる必要も無かったのですが、状況が状況ですから」
馬車に揺られつつ、シャルロットと会話をしていれば、王城へはすぐに着いた。
呼び出しを受けての登城であるので、特に待たされるような事も無く、俺たちはいつも通りに陛下の執務室へと通される。
俺たちを執務机に座ったまま出迎えた側妃様は、少し疲れた様子で俺たちをソファーに座るように言った後、メイドに茶を用意するよう手配。
何枚かの書類を片付けてから、俺とシャルロットが隣に座るソファーの対面へと移動。
ちょうどそのタイミングで、メイドさんが俺たちへそれぞれ紅茶を淹れてお茶請けを出してくれる。
「……結論から言えば、陛下は今回の申請を許可されましたわ」
メイドさんが退出したタイミングで、側妃様は今回の件の結論を教えてくれ、そのまま紅茶を口に含む。
喉を潤し、大きく息を吐くと、俺たちを眺めるように視線を動かす。
「陛下の条件は何でしょう?」
言葉を選んでいたのか、はたまた俺たちの反応を伺っていたのかはわからないが、シャルロットの問いに側妃様は少し目を丸くした。
「……話に聞いていた通り、恐ろしく聡いですわね。今は亡きシヴィリアン公爵の秘蔵っ子と言われているだけありますわ」
恐らくは今回の話をほぼ正確に理解しているであろう、シャルロットの言葉に驚いたのだろう。
うん、その気持ちは俺もわかる。
日々、シャルロットが優秀なのは気付いてたけど、何かある度に新しい優秀さに気付かされるし。
むしろ優秀過ぎてちょっと怖いまである。
「お褒めに預かり光栄です」
特に謙遜するでもなく、何なら少しドヤ顔で軽く会釈を返すシャルロットを横目に見て、頼もしく感じるが、やり過ぎないか心配だな。
彼女なら、下手したら王家からすら色々毟り取りそうだから怖い。
「陛下が付けた条件は、他国への派遣は王家の了承を得る事。奴隷として縛るに当たって、正当性が保たれる限りは、王国の不利益になる行為はしない事。この2点ですわ」
「であれば、私の出した草案で殆ど問題ありませんね。細かい修正はありますが」
澄まし顔で紅茶を飲むシャルロットを見て、側妃様は真剣な表情で彼女を見据える。
何かを企んでいる……というよりは、何かを考えている、といった様相だ。
「……シャルロットさん、あなた眼に入りませんこと? あなたなら、すぐに管理職を任せられますわ」
「遠慮しておきます。私はリベルヤ子爵家の一員ですので」
側妃様の提案は、シャルロットを眼に入れよう、というものだった。
確かに、彼女の能力なら相当に高い能力を発揮しそうだ。
まあ、当の本人はにべも無く断ったけどね。
とはいえ、即答でリベルヤ子爵家を彼女が選んでくれたのは、正直言って嬉しい。
「……ですわよね。ええ、ダメで元々ですわ。それで、一つ聞きたいのですけれど、リベルヤ子爵の予定はいつ空きますの?」
眼に入らないか、という提案を即座に蹴られ、側妃様は少し悔しそうな表情を見せたものの、すぐに切換えて、今度は少し怖い顔で俺を睨む。
俺、何か悪い事したっけ?
特に約束はしてないし、仕事はちゃんとやってるはずだけどな。
「予定、ですか。王家からの依頼で取り急ぎのものはありませんが、ギルドの方から急ぎの高難度依頼が回ってきているので、1ヶ月程度はかかるでしょうか」
「毎回毎回、そう言って予定が埋まっていますわね?」
いよいよ側妃様の目が吊り上がる。
確かに言われてみれば、予定の空くタイミングをちょくちょく聞かれるけど、予定が空きそうなタイミングで緊急の依頼が入ったりするんだよな。
身分としてはA級上位の冒険者だし、パーティー単位でかなりアテにされてるから、結構緊急性の高い依頼がギルドから回ってくるし。
「いい加減、お茶会の1つくらい出席するなり開催するなりしてほしいですわ。あなたは知らないでしょうけれど、王家にリベルヤ子爵と関わりを持つ機会を、と陳情がひっきりなしですのよ?」
そう言って、恨みがましい目で側妃様は執務机の方に目線をやる。
前ほど酷くはないが、相変わらず執務机には山と書類が積まれており、その多くが陳情の書類というのが何となく伺えた。
恐らくは、少し前の教国の件で、耳聡い貴族は俺が功績を上げる事を確信し、取り入るなり関わりを持つなりしようと動き出したのだろう。
正直、高位の貴族はあまりいい印象が無いが、自分の利になると踏めば、途端に態度を裏返すのが貴族というものだ。
元々、俺が貴族付き合いが得意じゃないというのも相まって、より仕事に逃げていた節はあるな。
「横から失礼します。これから血染めの月の件で少し身動きが取れない状態にはなりますが、それが片付けば時間は取れますので、王家の方でいつでも茶会を開催できる手筈を整えていただければと。こちらの都合が付く状態になり次第、連絡を入れます」
俺ができれば茶会とかは遠慮したいなー、と思っていたら、横からシャルロットが予定を空けるようにします、と言い出したので、俺はギョッとして隣のシャルロットを見る。
「あら、ご本人は嫌そうですわよ?」
「大丈夫です。ちょうど、ハイトさんにはそろそろ貴族方面のお仕事も進めてもらおうと思っていましたから」
おのれ裏切ったな、とシャルロットに言いたくなってしまったが、確かに彼女の言う事も大事な俺の仕事なのだ。
王命調査隊として、国内のみならず国外にも出歩く関係上、様々な貴族の領地を通過したりするのだから、仲のいい貴族を増やしておくに越した事は無い。
わかってはいても、やりたくはないのだが。
「でしたら、こちらで茶会の準備を進めておきますわ。王家主催とした方が、様々な貴族を呼びやすいですものね」
「そうして頂けると幸いです」
「ああ、それとあなたの言う奴隷契約の魔術を扱えそうな奴隷商を見つけましたわ。店に来てくれればいつでも対応すると」
諸々の話がある程度纏まり、血染めの月への奴隷契約をできそうな人材を見つけてくれた側妃様にお礼を言ってから、俺たちは奴隷商への紹介状を受け取り、王城を後にした。
ナイトレイン楽しい。
ゆえに更新頻度が落ちて申し訳ありません。
頑張ってこれ以上は落とさないようにします……。




