ワケあり6人目⑨
「部下のために自分の首を差し出す……確かに、集団の長として、責任を取る義務はあるのでしょうね。ただ、そういう話が罷り通るのは、真っ当な職の人間だけです。あなた方のような、殺人を生業にしている人間に、慈悲などかかるはずもありませんよ。死罪とならずとも、終身奴隷で実質死罪と変わらないでしょうし、あなたのような希少種族であれば、刑罰と称して解剖されてもおかしくありませんし。犯罪者というのは、いかようにも使い道というものがあります。人としての尊厳など、ありはしません。ましてや、それがあなた方のような暗殺者の集団なら。もう結論を言ってしまいましょう。犯罪者として人の尊厳を奪われるか、私たちに降ってその身を粉にして信頼を得るか。選べる道は2つに1つですよ」
シャルロットの声が少し低くなった。
正直な話、かなりエグイ選択を迫っているのは間違いないが、あながちそれが間違いではない。
殺人などの重犯罪者は、そもそもの人権すらないような終身奴隷にされて使い捨ての危険な労働をさせられるか、そのまま死罪という事が多いからな。
俺は陛下たちの仕事が増えるだろうしな、と思って法機関に差し出すつもりは無かったのだが、確かに俺が彼女ら血染めの月を法機関に差し出したのなら、シャルロットの言う通りとなる。
実際の所、恐らくは殆ど全員が俺に捕らえられている彼女たちは、ほとんど詰んでいると言ってもいい。
「……そんなの、実質答えは1つじゃない」
そんな事実を突き付けられた血染めの月の首領は、苦虫を口いっぱいに詰め込まれたような、とっても苦そうな顔で俯く。
このままこの場で殺される、というのなら、潔く死を選ぶという選択肢もあったのかもしれない。
けれど、シャルロットは敢えて現実を突き付けた。
若干誇張されている部分はあるものの、重犯罪者の扱いとしては間違っていないし。
「さあ、答えを聞きましょうか」
先ほどよりも低く、冷たい声色で、シャルロットが問う。
これ、もしかすると、自分を攫った事に対する怒りもある?
そんな気がするくらいには、シャルロットの声は冷たいし、提案に容赦が無い。
「……わかったわ。私たち血染めの月は、あなたたちに忠誠を誓う。奴隷として縛ってくれても構わないわ」
「交渉成立ですね」
話が纏まると、シャルロットは立ち上がってくるりとこちらを向く。
満面の笑みで、褒めて褒めてー、という風に犬が尻尾を振っているような感じで。
俺、シャルロットの事好きだわって思ってたけど、仮に結婚したとしたら、一生彼女の尻に敷かれ続ける未来しか見えない。
いやまあ、シャルロットなら立てる所は立ててくれるだろうから、変な心配はいらないだろうけどさ。
武力での衝突は置いといて、それ以外の要素で俺が勝てる点は一つも見つからない。
シャルロットさん、あなたどこまで有能であれば気が済むんですか?
「……想像以上の見事な手腕だった。さすがだな」
とりあえず、無事に血染めの月を陥落させたシャルロットに労いの言葉をかけつつ、さすがに頭を撫でる行為は我慢しておく。
公衆の面前、というわけではないが、誰に見られるかもわからないような状況だ。
万が一、そのせいで彼女の人生を狂わせてしまっては目も当てられない。
……俺が告白したとして、彼女が受けてくれるかもまだわからないのだし。
「ところで、血染めの月をうちで暗部として使うのはいいんだが、陛下たちにどう説明する? さすがにこれは報告しないわけにはいかないぞ」
少し余計な思考が混ざってしまったので、目下の疑問をシャルロットに問いつつ、今の話題に集中し直す。
「その辺りは充分に勝算がありますから。委細全て私に任せて下さい。フリスさん、今から血染めの月の全員を連れて王城に向かいますので、先触れと馬車の手配を。あとは交代の護衛にカナエさんをこちらに」
「かしこまりました」
全て自分に任せろ、と胸を張ったシャルロットは、てきぱきとフリスさんに指示を出し、それを受けたフリスさんが即座にこの場を離脱する。
程なくしてカナエが合流してきて、それからさほど間が開かないうちに、フリスさんが手配したであろう大型の馬車がガタガタと走行音を立てながら、こちらへと向かってきた。
俺が血染めの月の首領を実力で下してから、展開が早すぎない?
…
……
………
『で、こうして緊急通信の魔道具を使う羽目になったわけであるか』
所変わってリアムルド王城、陛下の執務室。
念のため、両腕を拘束した上で連れ込んだ血染めの月の首領+俺たちで赴き、側妃様が無表情無言で執務机の上にある何かを操作すれば、天井から壁の一面に、陛下たちの映像が投影され、スピーカー越しのような陛下の声が。
まるでプロジェクターだな、という感想を抱きながら、俺は壁に映る映像を見る。
正面から映る陛下の他に、帝国の皇帝と連合国の代表も、横に見切れてはいたものの映っていた。
そこにシャルロットが1から事態を説明して、陛下を始め、要人の皆さんは一様に難しい表情に。
『よもや血染めの月を返り討ちにした挙句、両陣営に犠牲者がいないとは、とんだ武功であるな、リベルヤ子爵よ!』
唯一、ガハハと大笑いしながら面白がっている皇帝を除いて。
「仮に血染めの月を暗部として利用するとして、どうやって枷を付けるおつもりで? 今の今まで、帝国が全力を尽くして尻尾すら掴めていなかった集団でしてよ?」
難しい顔をしている皆さんを代表して、側妃様が疑問の声を上げる。
実際、とんでもない犯罪者集団をどうやって運用するんだ、というのは至極わかりやすい疑問だ。
「月並みですが、全員に奴隷契約を施すつもりです。その際に、色々と契約内容に盛り込んで制御しようと考えています。もっとも、まだ私の考えている契約内容が実現可能かはわかりませんが。最終的には、リベルヤ子爵家の人材として帰属する形にはなりますが、必要に応じて国からの要請にも対応できる形を考えています。そこで、腕のいい奴隷魔術の使い手を探しています。王家の方で心当たりはありませんか?」
ぶつけられた疑問につらつらと答え、その上で国に協力を要請する、と一見すればたかが子爵家のくせに、と言われかねない言動だが、今回は相手が相手だけに、各国も扱いを決めかねている感じだ。
ちなみにだが、今現在、血染めの月首領の両腕を拘束しているのはカナエの圧倒的フィジカルである。
なお、最初はリアルに彼女の腕を握り潰しかけたので、血染めの月首領は借りてきた猫のように大人しい。
余計な事をすれば、冗談じゃなく両腕を握り潰されるからだろう。
『……さすがにすぐ答えは出せぬ。そうさな、3日どほ協議の時間をもらおう』
最終的に、陛下はとっても苦い顔をして、問題の先送りを決めたのだった。




