ワケあり6人目⑧
「さて、それじゃこいつらをとっとと追い出すとするか」
王国内にこんな物騒な暗殺者集団を置いておく必要も無いだろう。
そう思いつつも、首領である妙齢の女性が大人しく去る事を確約してくれないと、さすがに重力の魔術を解くのは危ないか。
「ハイトさん、ここは私に任せてくれませんか?」
どうやって言う事を聞かせようか。
そんな事を考えていたら、真剣な表情でシャルロットが前に歩み出てきた。
攫われた身だろうに、特段堪えた様子も無いのは、両親を失った以上のショックではなかったからだろうか。
「……どうするつもりだ?」
シャルロットの事だ。
特に意味も無くこんな事を言い出すとは思えないが、その意図を知っておく必要はあるかと思い、問い掛けてみれば、彼女は真っ直ぐにこちらを見返してくる。
「最初の予定通り、血染めの月を囲い込みたいと思います」
「こいつらは! シャルロットを攫ったんだぞ! 下手すれば死んでたかもしれない!」
危険なヤツらを側に置いておけるか、という感情以上に、シャルロットという大切な存在に手を出したという事実が、俺の感情を昂らせた。
そのせいで、努めて冷静であろうとしたのに、大きく声を荒げてしまう。
何なら、殺気すら漏れ出てしまっている。
しかし、シャルロットはそれを意に介す素振りも見せず、ただただ真っ直ぐにこちらを見返すのみ。
「だからこそですよ。少数精鋭の裏を掻かれたのは確かですが、周囲に情報を出さずにいたこちらの動きを正確に掴み、針の穴を通すような襲撃をやってのけたのは、すなわち私たちリベルヤ子爵家の情報網を遥かに上回っていると言えます。今後、ハイトさんが望む望まないに関わらず、勢力を強めていくに当たっては、有能な裏の人手は絶対に必要です。1から訓練するよりも、ここまでの手練れを集団丸ごと取り込めるのなら、それに越した事は無いです。ただでさえ、リベルヤ子爵家は人手不足なのですから」
感情的になってしまった俺とは対照的に、シャルロットは理路整然と、俺に対して反論をしてくる。
現状のリベルヤ子爵家の実情を鑑みれば、彼女の言うように裏の人手は絶対に必要だし、当初の予定では血染めの月を勢力に加えるつもりでいた。
けど、場合によってはシャルロットの命を奪うかもしれなかったような相手に、冷静でいられなかったのだ。
「王家に対する主張も、今後の彼女たちの運用も、全て計画があります。とはいえ、そこの首領が首を縦に振らないのなら、その後の対処はハイトさんの思うようにして構いませんから。お願いします」
そう言って、真摯に頭まで下げて見せたシャルロットに、俺はそれ以上の反論を紡げない。
しばらくの葛藤の後、俺は大きくを吐く。
「……わかった。任せるよ。ただし、1回きりだ」
俺が凄まじく渋々の許可を出せば、シャルロットは下げていた頭を上げ、にっこりと笑みを浮かべた。
まるで、自らの勝利を疑っていないような、自信たっぷりの笑みだ。
許可を出した以上は、一度彼女にこの場を任せるのが筋であるため、俺は少し後ろに下がり、シャルロットが通る道を開ける。
それから、何か余計な事をすれば仲間を地面の染みにした後でお前の首も刎ねてやるからな、と血染めの月の首領に殺気を叩き付けておく。
「さて、それではお話をしましょうか。血染めの月の首領さん」
コツコツと歩いて俺の前に出て、未だに地面に大の字になったままの血染めの月の首領へと近付いていき、女性のすぐ近くでシャルロットはしゃがみ込む。
後ろ姿なので視認できているわけではないが、どことなく背筋が冷える感じがしたので、シャルロットがきっと圧のある笑顔を浮かべているのだろうな、と他人事のように思う。
あの笑顔は、いかに死地に慣れている人物でも、一定の恐怖を覚えるような圧があるように思う。
その辺りは元公爵家の子女といった所なのだろうか。
「……わざわざ敗者と話す事なんてあるのかしら?」
シャルロットの笑顔の圧に押されたのかは不明だが、地面に横たわっていた女性は身体を起こし、正座をして姿勢を正す。
うん、あの圧のある笑顔を前にすると、自然と背筋が伸びるのはわかる。
そこまで回数を貰ったわけじゃないが、あれは対面してるとなかなか精神的に追い込まれるものがあるからな。
「先ほどの会話から漏れ聞こえていたとは思いますが、私は血染めの月の皆さんをリベルヤ子爵家の暗部として取り込みたいと考えています。最初に、受け入れるのなら、あなたを含めてこの場の全員の命を助けます。ね、ハイトさん?」
シャルロットから同意を求められたので、ああ、と俺は言葉少なに肯定を返す。
言質は取った、と思われているのかもしれないが、最終的にこの場を任せる判断をしたのは俺だ。
なら、それを覆すというのは話が違うだろう。
「廃屋で会った際に、私の言った事は理解して頂けましたよね?」
「……そうね。これ以上無く、思い知らされたわ。もっとも、竜どころか古竜級だったと思うけれど」
「正確に理解頂けて何よりです。少なくとも、リベルヤ子爵家に敵対しようとは思いませんね?」
背中越しに感じる、シャルロットの圧が増したような気がする。
どことなく、まずは格付けを済ませようとしているような、そんな気配を感じるが、口を出せるわけではないので黙って2人の会話を見守っておく。
「そうね。というか、もしも今後、この国で仕事をする事になったら、常にあなたたちの存在に怯えないといけないわ。先の教国でも各国に顔と名前が知れ渡ったようだし、もしも国を通じてリベルヤ子爵が派遣されるような事になれば、この大陸で私たちが仕事をするのは困難でしょうね。正直、もう詰んでいるとすら思えるわ」
「そうですね。このままでは、あなたたちの仕事は立ち行かなくなりますね。ですが、リベルヤ子爵家に降るのなら、全員が生存し、なおかつ生活に困る事はありませんよ。まあ、相当に扱き使う事にはなりますが、死ぬよりはマシでしょう?」
うーん、背中越しに感じるシャルロットの圧が、真っ黒で邪悪な笑みを浮かべてそうに思えてならない。
要約すれば、このままおまんま食いっぱぐれるか、死ぬ寸前まで扱き使われるか選べ、といった所だろう。
どちらにしても、彼女らに未来は無さそうだが。
「どうしますか? あくまで提案を飲まないというのであれば、怒り心頭のハイトさんが何をするかはわかりませんが」
追い討ちをかけるようなシャルロットの言葉に、俺が恐怖の大王扱いされてるような気がしないでもないが、真っ向から実力で叩き潰した後なので、否定もしにくい。
「……私の首は差し出すわ。その代わり仲間たちは、逃がしてちょうだい。私の首があれば、帝国辺りから白金貨で300枚の賞金が出るはずだし、価値としては釣り合うでしょう?」
途中から沈黙を保っていた女性が出した答えは、自らの首と引き替えに、仲間を自由にしてくれ、という嘆願だった。
確かに、彼女の首一つで白金貨300枚となるのなら、相当な価値だ。
とはいえ、目先の金を手に入れるのに、これから先も暗殺の危険が付き纏う、というのはあまりいい手とは思えない。
もしくは、それが彼女の狙いなのだろうか?
そんな事を考えながら、女2人の会話の行方を見守るのだった。




