ワケあり6人目⑥
「教国ぶりね。元気そうで何よりだわ」
血染めの月の首領である、妙齢の女性との再会。
姿を隠さずに堂々と姿を現したのは、褒めておくべきだろうか。
「逃げずにちゃんと1人で来るなんて、偉いじゃない」
「御託はいい。シャルロットは無事なんだろうな?」
愉悦の笑みを浮かべた女性に対し、俺は早くシャルロットの無事を確認させろと睨み付ける。
殺気も隠す事なく、むしろ周囲に撒き散らすように全力で放出。
周囲に潜んでいるであろう、血染めの月の構成員たちの一部が、殺気に当てられて怯んだ感覚もあるが、目の前の女性はさすがと言うべきか、涼しい顔だ。
「ええ、ちゃんと生かしているわよ。私たちを美学のない野蛮人と一緒にしないでくれるかしら」
「で、要求は? わざわざ人質を取ってまで、1人で来るように仕向けたんだ。何か俺に対して求めるものがあるんだろう?」
問答無用でぶちのめしてもいいのだが、シャルロットに万が一があるといけない。
せめてある程度は情報を引き出して、シャルロットの居場所を特定したいな。
いっそ、この場に連れて来てくれれば、色々と手間が省けるのだが。
「せっかちね。そんなに急がなくてもいいじゃない」
女性は俺の反応に呆れた表情を浮かべつつも、右手を軽く振る。
すると、ぼんやり空中にシャルロットの姿が浮かび上がった。
暗い部屋の中で、古びたベッドの上に座っている。
拘束はされておらず、特に外傷等も無いようだ。
遠隔で即座に命を奪うような仕掛けも無い。
……よし、魔術でシャルロットの姿を投影してくれたおかげで、居場所が掴めたな。
ここからそう離れていないし、付近に見張りはいるものの、これで彼女を保護できるぞ。
「これで彼女が無事なのは理解してもらえたかしら?」
「ああ。おかげで場所も掴めた。これで下手に出る必要も無くなったな」
ルナスヴェートを抜剣しつつ、遠隔でシャルロットのいる部屋に強固な結界の魔術を使用。
これで俺の許可が無ければ、何人たりとも彼女には触れられない。
「いいのかしら? 彼女の命はこっちの手に……」
「驕ったな。シャルロットの命を即座に奪う仕掛けも無かったから、既にこっちで保護済みだ。嘘だと思うなら、試してみろ」
一瞬、俺の態度がハッタリだと思ったのか、女性は勝ち誇った笑みを浮かべたが、俺の態度が変わらないのを見て、部下へ向けてハンドサインを送った。
周囲がにわかに動き出すが、程なくして女性の表情は歪んだ。
「……やってくれるじゃない。無詠唱で私に悟らせずに、遠隔で魔術を使うなんて」
「これでも魔術には自信があるんだ。さて、これでお前らの優位は消えた。泣いて土下座するなら、許してやらん事も無いが、どうする?」
少し離れた場所にいる女性に、ルナスヴェートの先を向ける。
今まで余裕の態度だったはずの女性は、腰に佩いているレイピアを抜剣し、構えを取った。
少なくとも大人しく降る、というつもりは無いらしいな。
「たった1人で、私たち血染めの月に勝てるわけが……」
「勝てるさ。数の優位なんぞ、どうとでもなるからな。重力の枷」
俺の周囲へと、広範囲に渡って重力で対象を縛る魔術を発動。
少なくとも、カナエのような身体能力のバグった存在でもない限りは、動く事もままならない。
威力を調整すれば、人間なぞ簡単に床の染みにできるのだが、それでは意味がないからな。
「これでお前以外は動けない。本当は、お前も含めて床の染みにしてやっても良かったんだが、一応はシャルロットを傷付けないでいてくれたからな。せめてもの情けだ」
情け、なんてのは方便だが、まあどうせ眼前の女性を含めて血染めの月は全員バキバキに心を折って、二度と俺と俺の関係者には手を出そうと思えないようにしてやろうと思っている。
であれば、生かしておかねば意味も無いというもの。
当然、シャルロットも重力の枷の範囲内に入っているが、先に展開した結界魔術で保護済みなので問題は無い。
「……あなた、一体どれだけ魔力があるのよ」
女性の顔に、一筋の冷や汗が流れる。
普通なら、ここまでの大規模魔術を行使しながら平然とした顔をしているなど、あり得んくらいなのだが、そこは国で最大のバカ魔力容量持ちだ。
範囲が広かろうとも、魔術そのものの負荷が高くなければ、特段堪える事も無いのだ。
シャルロットを守る結界魔術と周囲を拘束している広範囲重力魔術は、あと半日は余裕で保つし。
「ほら、かかって来いよ。お前が俺を殺せれば、お仲間は助かるぞ? まあ、それができるなら、って話ではあるがな」
ちょいちょい、と空いた左手で女性を挑発してみれば、それに乗るように素早く距離を詰めてくる。
一直線に真っ直ぐ、最短距離で向かってきたが、彼女の表情から、自棄になっているわけでないのは読み取れた。
さて、ここからは丁寧に相手の攻めを1つずつ潰していかないとな。
「シッ!」
裂帛の気合いと共に、俺の正中線目掛けて繰り出されるレイピアの一撃。
その赤い刃に、僅かでも斬り裂かれようものなら、即座に毒に侵されるだろう。
よって、完璧に躱すか捌くかしなければならない。
俺は身体を横にずらし、回避する事を選択した。
そのまま反撃を叩き込もうか、と考えていたが、レイピアはすぐに引き戻され、再度突き出される。
速い。
武器からして、スピードと手数を重視しているのはすぐにわかったが、その速さは俺の想像の倍くらいは上。
勢いのある突きの連打は、少しばかり俺から心の余裕を奪ったが、対応できないほどじゃない。
躱せるものは躱し、そうでないものは剣を合わせて弾く。
いっその事、そのままレイピアを折ってやろうかとも思ったが、しっかりと俺の剣の合わせに対して、刀身に負担がかからないよう衝撃を逃がしている。
なるほど、これは相当な技量だ。
俺も筋力よりは技量に重きを置いているが、間違いなく技量は俺よりも高いだろう。
「どうした? この程度じゃ俺は殺れないぞ」
「そんな事……ッ!」
完全に連撃を捌ききられている焦りからか、女性は一度大きくレイピアを振り払いながら、後退して呼吸を整えていた。
あれだけの突きの連打を続けて、まだ元気そうな辺り、スタミナもかなりあるな。
ともあれ、一旦は仕切り直しか。
「……いいわ。認めましょう。あなたは片手間で殺せる相手でないと。けれど、あなたがそうであるように、私もまだ本気じゃないわ」
「だろうな。いい加減、様子見にも飽き飽きしてた所だ。とっとと本気で来い」
「そうね。ここからは私も本気でいかせてもらうわ」
本気でいく、と発言した後、女性は左手で握るレイピアで、自らの右掌を突き刺す。
何をしているんだ、と内心では思ったものの、女性の血を吸ったレイピアが、怪しげな輝きを纏った事で、一種の付与魔術のようなものなのだろう、と結論付ける。
興味深い事に、彼女がレイピアを右掌から引き抜いた後、数秒は血が滴っていたが、すぐにそれが止まった。
魔術による治療なのか、はたまた種族的な特徴なのかはすぐに見当が付かなかったが、恐らくは後者だろうか。
さて、ここからは相手も本気モードという事で、俺も気合を入れて相手を叩き潰さないといけない。
存外、相手の心を折る、というのが一番大変だったりするんだよな。
怒りに燃える心がありつつも、どこか冷静な部分も保ちつつの戦いは、まだ続くのだった。




