ワケあり6人目⑤
「シャルロットが攫われたぁ?」
「これについては相手が一枚上手でした。少数精鋭の裏をかかれた形ですから」
すっかりしょぼくれたカナエを連れて屋敷に戻り、ジェーンたちに手短に状況を説明してみれば、やはりフリスさんの方にも足止めが行っていたようで、状況としては完全に詰みだったわけだ。
まあ、わざわざ攫ったという事は、何かしら利用価値がある、という事なので、すぐにシャルロットが殺されるという事は無いはず。
あの男の言葉が確かなら、そんなに経たないうちにシャルロットの解放条件が俺の所に届くだろう。
「当主様、正門にこんなものが」
俺の予想に違わず、血染めの月からの手紙がいつの間にか置かれていたらしく、警備兵であるトーマスさんから俺の手に届けられた。
どこまでも予想通りだったので、俺は受け取った手紙を開き、内容を確認する。
[スラム街の北東にて待つ。ハイト・リベルヤ子爵一人で来るように。関係者を発見した場合、人質は殺す]
何とも簡潔な内容だが、他人を同行させない以外は武装解除すら不要か。
舐められたもんだな。
半ば八つ当たりのように、手紙を無詠唱の魔術で燃やす。
「ヤツらは何だって?」
ジェーンが代表してこちらに問うてくるが、どちらにしても彼女たちは連れて行けない。
まあ、俺の醜い一面を見られずに済むと思えば、ちょうどいいか。
「俺をご指名だ。一人で来いとさ」
「絶対罠だ! 一人でなんて……」
「じゃあ、シャルロットを見捨てるのか?」
一人で来い、というのが罠以外であるはずもない。
そんな事はわかりきっている。
シャルロットを見捨てるのか、と詰問してきたジェーンに返せば、彼女は言葉を返せずに沈黙してしまう。
少し意地悪だったかもしれないが、俺がシャルロットを見捨てる気が無い以上、ヤツらの要求に乗る以外の選択肢は無い。
頼れる暗部がいるのなら、引き延ばしつつ秘密裡に救助に向かわせる、という選択もあるかもしれないが、無い袖は振れないし、いない人員は使えないのだ。
ジェーンにとっては意地悪をしたような形になって申し訳ないが、俺は自分の手で血染めの月へ、何に手を出したのかをわからせてやるつもりなんだよ。
今夜の俺は、かなり強いぞ。
「指名通り、俺が行く。こっそりついて来ようなんて、考えるなよ?」
暗に、黙ってついて来たってわかるんだからな、と圧をかけてみれば、ジェーンとフリスさんは露骨に顔を逸らした。
まあ、君たちはついてきそうだよね。
カナエは今、絶賛ヘコんでるからか、ずっと黙ったままだし。
唯一、沈黙を保っているのはオルフェさんだが、彼女は特に動きも感情の揺れも見えない。
「……ハイトさん、行く前に一つだけ。竜王への誓い」
沈黙を保っていたオルフェさんだったが、俺の視線が自分に移ったのを見ると、俺に対して全能力強化の祈術をかけてくれた。
以前にも感じた、身体へと力が漲る感覚。
「必ず、シャルロットさんを連れて無事に帰ってきて下さい。私は、信じています」
「ありがとな。心配しなくても、人質を取るような卑劣な連中に、負けやしないさ」
この場で唯一、俺を送り出そうとしてくれた彼女に笑みを返し、俺はルナスヴェートを腰に佩いて屋敷を後にする。
念のため、俺の事を追跡できないよう、魔術で色々と隠しつつ、目的地へと歩いていく。
「……そっか。俺、シャルロットの事、好きだったんだな」
どうしようもなく沸き上がる怒り。
しかし、それはシャルロットを失いたくないという、感情の裏返しでもあった。
いつも献身的に俺を支えてくれて、時には自分の意見を押し通す事もあるけど、いつでも最適解を導こうとしてる。
かと思えば、年相応の少女らしく笑ってみたり、食べる事が好きだったり。
シャルロットの、あの無邪気な笑顔が、好きなものを食べてる時の美味しそうな顔が、俺は大好きなんだ。
気付けば、彼女の笑顔のために出掛けた先でお土産を探してたり、それとなく好きなものを調べたりしていた。
「……そうだ。ヤツらは俺の大事な存在に手を出した。なら、その報いは受けて貰わねえとな」
ずんずんとスラム街の中を進んでいく。
己の存在を隠蔽する魔術を使用しているからか、道行くスラム街の人々は、俺の存在に気付く事は無かったが、中には裏稼業の人間が俺の方を見て、びくりとしている事もあったが、その他一切合切に構う事無く、俺は目的地に向かって進む。
指定された場所へ到着する直前に、存在の隠蔽を解いておく。
これで変に不意打ちを疑われても面倒だからな。
「雰囲気が変わったな。ここから先はヤツらが待ち構えているってワケだ」
血染めの月の一団がいるであろう範囲に入った瞬間に、世界が変わったように感じたが、それだけ裏稼業の集団としては高い実力を持つ一団なのだろう。
まあ、相手がどれだけ強かろうが、関係なんて無い。
俺は堂々とシャルロットを取り返すだけだ。
「さて……それじゃあ、悪い子へお仕置きと洒落込みますか!」
ルナスヴェートを抜剣し、古びて壊れかけの門を蹴り飛ばす。
ワザとけたたましく音を立て、俺の存在を知らしめる形だ。
「ボス! ヤツが来ました! 約束通り1人です!」
血染めの月の構成員の一人が、大声で俺の来訪を知らせているのが聞こえて、俺は笑みを浮かべずにはいられなかった。
さあ、ここからは手加減無しで、全力でお前たちを叩き潰す。
二度と再起できないように、入念に。
シャルロットを人質に取ってて良かったな。
もしも人質がいなかったら、範囲魔術で適当にスラム街を焼き払ってる所だ。
ある程度潜んでいる場所が割れてるのなら、その範囲を無差別で消すのが一番手っ取り早いし。
俺へと集中する殺意を感じながら、いつでも動き出せるように魔力を練り、術式をいくつも事前構築し、その時を待つ。
シャルロットの無事を確認するその時までは、生かしておいてやる。
そんな思いで、恐らくは以前に対峙した妙齢の女性が出てくるのを待った。
ちょうどシャルロットが目を覚ましたのと同じ時期のハイト視点でした。
ブチ切れハイトが大暴れするのはまた次回です。




