ワケあり6人目④
「ぅうん……ここは……?」
薄暗い室内。
確か、ハイトさんと家具の買い物に行った時に、何者かに攫われて……。
あまり柔らかくはないですが、どうやらベッドに寝かされていた辺り、即座に私の命を取るつもりは無い、という事でしょうか。
周囲を見回してみても、窓が見当たらなくて、光源がこの部屋唯一の扉から漏れる明かりだけ、ですね。
抜け出すという選択肢は、最初から捨てた方が良さそうです。
「縛られてすらいないのですね」
両手も両足も、特に拘束されておらず、私のような非戦闘員であれば逃がすなんて事は無い、という自信の現れ、でしょうね。
まあ、相手は完全に血染めの月でしょうし、恐らく、私は人質ですね。
問答無用で殺さない辺り、私を利用してハイトさんに何かしらの要求をするのが目的といった所ですか。
とはいえ、リベルヤ子爵家は下級貴族としては収入を得ている方ですが、少し裕福な下級貴族家の域は出ませんし、金銭の要求ではないでしょう。
聞いた話では、ハイトさんを標的に定めた、との事ですが、もしかすると他に何か目的があるのかもしれません。
「お目覚めかしら?」
固いベッドの上で思考を巡らせていると、ハイトさんから聞いていた特徴の女性が、部屋の扉を開いて入って来ました。
手には燭台を持っていて、明かりに照らされた事で、この部屋の全貌が明らかになりましたが……恐らくは、スラム街辺りの廃屋のどこかでしょうか。
壁の至る所にヒビが入っていますし、ベッドもかなり薄汚れています。
間違い無く、ずっと人の手が入っていませんね。
「心配しなくても、あなたの身体は綺麗なままよ」
「そうですか」
私を安心させようとしたのかはわかりませんが、女性は柔らかい笑みでこちらを見ていますね。
まあ、私はそんな彼女の気遣いをザックリと斬り捨てたのですが。
「……お嬢様かと思ったけれど、随分と落ち着いているのね」
「ええ。今の自分の状況なんてある程度は察しが付いていますから」
「そう。なら、あなたのご主人様が助けに来るのを大人しく待つのね」
少なくとも、ハイトさんが目的、という事は間違い無いようですね。
あまりにも私が取り乱すような事が無くて面白くなかったのか、女性は不満げな顔でこちらを見ています。
すぐに部屋を出ていかない所を見るに、私からいくらかハイトさんの情報を引き出したい、といった所でしょうか?
もっとも、私が警戒心を露わにしているからか、話の切り出し方に迷っているようですが。
「……あなたは、竜の逆鱗に触れた事はありますか?」
私の方から女性の方に語りかけてみれば、彼女は訝しげにこちらを見ましたが、特に何かを言う事も無いですね。
まあ、竜の逆鱗に触れる、なんて与太話と思っているのかもしれませんが。
「何の比喩かしら?」
「そのままですよ」
比喩などではなく、言葉そのままの意味です。
まあ、竜が指すのはハイトさん、なんですけどね。
「……何となく、あなたの言いたい事はわかったわ。それで?」
少しだけ苦い顔をして、女性は話の先を促してきます。
恐らく、私の言葉をほぼ正確に理解していますね。
かなり頭の回転も早いですし、やはり人材として欲しいです。
「降伏しませんか? 少なくとも、リベルヤ子爵家に降れば、あなたも、あなたのお仲間も、全員が生き延びますよ」
大人しく降伏すれば助かる、と声をかけてみれば、女性は少し考える素振りを見せましたが、素直に降ってはくれないのでしょうね。
「……出まかせ、というわけでもなさそうね。まあ、考えておくわ。それよりも、自分の身を心配しないの?」
「あなたたちに私をどうこうする気があるなら、私はとっくに死んでいるか、男たちの慰み者にされていたでしょう。まあ、首領であるあなたの気分を損ねて殺される可能性もありますが、今話して、それはないと確信しました」
「可愛くないわね。私の気分が変わったらどうするつもりなのかしら?」
少しは怖がれ、と言わんばかりの女性の態度に、私は思わず笑ってしましました。
怖がる余地が無いですからね。
「私に何かあった時、それはそれは強烈な竜の怒りが炸裂するでしょう。逆鱗に触れた事なんて、比にならないくらいに」
「随分な自信ね。確かに年齢の割に相当な実績のある少年だけれど……私たちに1人で勝てるはずが無いわ」
上手く感情は隠したようですが、表情には僅かな動揺を残して、女性は部屋を出て行きました。
さて、ハイトさんは上手く手加減をしてくれるでしょうか?
あの人が本気で怒ったら、きっとカナエさんとジェーンさんの2人がかりでも止まらないでしょうね。
怒りに任せて血染めの月を殲滅してしまわなければいいのですが。
まあ、一応は種を蒔きましたし、あの首領さんがどれだけ冷静な判断をできるかによります。
短い時間ですが、話した感じだと相当に頭も切れるようですし、圧倒的な力を見せ付けられれば案外すぐに降伏するかもしれません。
「……ハイトさん」
大好きな彼の名を呟いて、今、どうしているかと思いを馳せれば、きっと激怒しているのでしょう、と何となく予想が付いてしまいます。
自分の近しい人や大事な人が傷付くのを何よりも嫌う、優しい人。
無意識のうちに、相手に実力を合わせてしまうくらいに。
それゆえに、その無意識の手加減が外れてしまったら……。
詳しく考えるのはやめておきましょう。
とりあえず言えるのは、血染めの月は選択を間違えたという事と、これから先の行動次第で、自分たちの血で月を染める事になりかねない、という事ですね。
「ボス! ヤツが来ました! 約束通り1人です!」
部屋の外から、恐らくはハイトさんが来たであろう知らせの声が聞こえてきましたね。
ハイトさん、お願いですから貴重な人材をあまり殺さないで下さい……。
逃げ出す事ができない私は、そんな状況にそぐわぬ祈りを天に捧げるしかないのでした。
囚われのシャルロットさん、とっても強かだった。
なお、彼女の予想通りハイトさんはブチ切れております。
次回、ブチ切れハイトが降臨します。
リミッター解除したハイトの強さをお楽しみに。




