ワケあり0人目⑭
「さて、それではハイト様への報酬とギルドへの賠償金の件はこれで確定とします」
場を取り仕切っていたイケオジが、記入の終わった書類を揃えて、席を立ちがる。
あれから、ギルド側は俺の取り分を上げようとしたので、依頼に同行している間、お金を払ってもいいくらい勉強になる事を色々と教えて貰ったから、と頼み込んで、元々の提示額である金貨30枚に収めてもらった。
正直、入院費も出してもらった上で金貨30枚も貰えるだけで充分すぎるというのに。
後で何かあるのも怖いし、むしろもっと安い報酬でも良かったのだが、金額が下がるという事は絶対に無さそうだったので、しょうがない。
「ああ、忘れる所でした。ハイト様は1週間後に一度、認定試験を受けて頂きます。少なくとも、新人と言える域は既に逸脱しておられますので」
去り際に、イケオジはとんでもない爆弾を投げ込んで、会議室を去っていった。
認定試験って……少なくともD級冒険者まではランク上げないと、そもそも受けられないものなんですがそれは。
呆気に取られていると、この場にまだ残っていたフィティルの面々は、クスクスと笑い出す。
「ハイオーガ変異種を一撃で倒せるヤツが初心者に甘んじられるはずがないだろう。仮に弱点がわかっていたとしても、一撃で倒せるかどうかは全く別だ」
「私はA級だけど、一撃は無理だったよー?」
「ま、大人しく認定試験を受けるしかねえな。こればっかりはギルドの言い分が正しいぜ」
「正確には、私たちが推薦したんだけどね。正直、チマチマと初心者用の依頼をやらせておくには惜しいから」
ま、頑張れ、と声をかけられ、フィティルの面々が退出していくのを見送る。
ていうか、しれっと推薦した、って言ってたな。
色々と世話にはなったけど、これだけは正直余計な事をしてくれたな、という感じが強い。
これでまず間違い無く、このギルド支部の人間には注目されてしまう。
一目置いてくれるだけならまだいいが、変に絡んでくるような輩も恐らくいるだろう。
A級パーティーのフィティルの面々が後ろ盾のようなもだから、表立って絡んでくるような馬鹿はそうそういないと信じたいが……。
「……とりあえず、一度ブライアンさんのトコに顔出すか」
ギルド職員なら俺が入院した事を聞いているかもしれないし、何だかんだと武器を使った感想なんかも話しておいた方がいいだろうし。
何なら試験もある(そういう内容かは知らされていないが)から、メンテもしてもらった方がいいだろう。
どう話を切り出そうか、なんて考えながら歩いているうち、同じ建物内ゆえにすぐにショップへと着いてしまった。
相変わらず、ぶっきらぼうな雰囲気で店番をしているブライアンさんがいたが、俺の姿を見て、僅かに相好を崩す。
「よう、もう大丈夫なのか?」
「ま、何とかな。完全回復ってワケじゃないけど、日常生活には支障ないよ」
「そりゃあ何よりだ。しかも、1週間後には認定試験だってな」
「知ってたのか」
「そりゃあ、腐ってもギルド職員だからな。それくらいの情報は入ってくるさ」
とりとめのない会話をしつつ、俺は今回の遠征に持って行っていた武器たちをブライアンさんの前に置く。
「特に壊れたりはしてないし、それなりに手入れはしてたけど、一応メンテしてもらっていいか?」
「おう、任せとけ。こまめにメンテに出してもらった方が、武器や道具の消耗に気付きやすいからな。こっちも願ったり叶ったりだ」
俺の出した武器たちを、彼は大きなカゴに一纏めにして、何かのラベルを貼った。
本職の仕事は本職に任せておけばいいだろう。
「で、俺の武器の使用感はどうよ?」
「そうだな、剣槍は変形もスムーズで、相手の意表を突く使い方ができて良かった。双曲剣の方は、俺の好みの問題だけど、刃の長さが違いすぎて、弓にした時にバランスが良くない。これだと狙いの精度が悪くなるから、できれば殆ど変らないくらいの長さの方がいいな。あとは――」
あれこれと実戦で変形武器を使ってきた感想を述べると、ブライアンさんはメモを取りながら、うんうんと頷く。
改良案や、次の試作品がここで悩んでる、といった話も交えて話していると、あっという間に時間が経過してしまっていた。
どれだけ話し込んでいたか、時間の感覚がすっかり無くなっていたが、俺の腹が空腹を訴えた事で、会話が一度途切れる。
「おっと、ついつい話し込んじまったな。ま、時間も時間だ。あと少し待ってくれたら、俺も仕事が終わる。退院祝いにメシでもいこうぜ。今日は俺の奢りだ」
「お、景気がいいな。それじゃ、ご相伴に預かるとするか」
「おう、時間まで少し待っててくれ」
俺の腹が空腹を訴えてから、大体30分くらい経って、ブライアンさんはギルドショップを閉めてから着替えて出てきた。
ギルド職員の制服から、落ち着いた私服になった彼を見ると、ガラリと印象が変わる。
なんというか、ぶっきらぼうなショップ店員から、無愛想なおっさんに変わったというか。
「待たせたな。そんじゃ行こうぜ。酒は飲むのか?」
「おいおい、こちとらまだ未成年だよ。酒を飲まそうとすんな」
「ははは、そうだったな! すまんすまん」
軽くじゃれ合いながら、ブライアンさんとギルドを出て、王都の街に繰り出す。
夜の王都は、昼間とは違った喧噪に包まれていて、居酒屋や色街の客引きがちらほら見える。
それらに足を止める事は無く、ブライアンさんは目的地が決まっているのか、ずんずんと先に進んで行く。
「着いたぜ。ここは俺の行きつけの店だ」
彼の案内で歩く事10分と少し。
一夜の夢、といういかにも未成年はお断りっぽい名前の店に到着。
大丈夫かよ、という表情でブライアンさんを見れば、任せとけ、とウィンクを返してきた。
おっさんのウィンクとか、誰得だよ。
そんな文句を飲み込みつつ、俺は彼について店に入る。
玄関を抜けた瞬間、仄かに甘い香りが鼻腔を通り抜けていく。
「いらっしゃい。おや、誰かと思えばブラの字じゃない」
少し薄暗い店内のカウンターで俺たちを出迎えたのは、少しハスキーな声の女性だ。
独特の雰囲気があり、油断すれば急所を刺されそうな強かさのようなものを感じる。
目鼻立ちがしっかりしていて、薄めの化粧が彼女の美貌を際立たせており、スタイルも抜群。
まさしく夜の店のママ、みたいな感じ。
年齢は20代半ばくらいに見えるが、ハッキリとはわからない。
それほど露出のある服装ではないが、ボディラインはくっきりと出るものを着用している辺り、その辺りには自信があるのだろう。
店内に席は見当たらず、カラオケボックスのようにいくつもの扉があるのみ。
全席個室って事だろうか?
「今日はこいつに奢ろうと思ってな」
そう言って、ブライアンさんが親指で後ろにいる俺を指したので、何となくお辞儀をしておく。
女性は俺を一瞥すると、値踏みするような視線を向けてくる。
まあ、一目見て子供だもんな。
そりゃあ警戒もするわ。
「お酒は?」
「まだ未成年だ」
「そ。コースは?」
「退院祝いだから、あまり消化に良くないモンは外してくれると助かる。あと、デザートはとっておきで頼む」
「了解よ。それじゃ、案内するわ」
俺が未成年なのはわかっているはずなのに、特に咎められる事もなく一つの部屋に案内された。
部屋の中はテーブルに4つの椅子があるだけの、シンプルな部屋。
勧められて座ってみれば、シンプルながらも座り心地のいい椅子で、きっといい物を使っているのだろう。
「料理は順番に持ってくるから、ちょっと待ってて。飲み物は先にこれを」
「おう、任せた」
女性は果実水のボトルとグラス二つを置いて、部屋から出て行った。
部屋から女性が出て行くなり、ブライアンさんは勝手知ったるとばかりにボトルを開け、グラスに中身を注ぐ。
ボトルは果実水の物だったが、実は酒だった、なんて事もあるかもしれない。
そんな事を考えていると、中身を注いだグラスを俺の方に置き、もう一つのグラスに中身を注ぐ。
「心配しなくても、酒じゃねえ。実は俺も酒は飲めなくてな。一滴でも呑むとすぐにダウンだ」
「これで酒だったらぶっ飛ばすからな」
渡されたグラスを手に取り、恐る恐ると匂いを嗅いでみれば、アルコールの匂いは全くしない。
どうやら、本当にただの果実水らしい。
俺の反応に苦笑いしながら、ブライアンさんはグラスを持ち上げる。
「ハイトが無事退院した事を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
向かい側に座る彼とグラスを合わせ、中身をちびりと飲む。
上品でくどさの無い甘さと、フルーティな香りが鼻腔を通り抜けていく。
どうやら、リンゴベースの果実水のようだ。
「美味いな、これ」
「だろう? 俺の好物でな。ここに来たら毎回これを頼むんだ」
果実水を肴に、俺たちは再び会話に夢中になっていく。
今日の夜は、長くなるかもしれないな。