ワケあり6人目③
「それでは、少しこちらから罠をかけてみましょうか」
シャルロットとフリスさんが中心となって、血染めの月取り込み作戦の話が進行していたのだが、思い付いたようにシャルロットがポンと手を叩いた。
彼女の説明によれば、屋敷に大きな家具を搬入するのに業者を入れる手続きをする。
そうして、人手が必要な状況を作り、そこに血染めの月が乗ってくるかを試す、というものだ。
確かに単純な肉体労働なら、日雇いのような形式を取りやすいだろうし、そこに調査員を紛れ込ませるのも難しくない。
業者側もわざわざ日雇い人員の身元なんて調べないだろうしな。
「いいんじゃねえの? 悪くねえ作戦だと思うが」
「相手の能力を計るにはちょうど良さそうですね」
特に反対意見が出る事もなく、実際に元々屋敷にあった家具の一部は入れ替える話も出ていた。
一挙両得というのはこの事だな。
仮に血染めの月側が乗ってこなくとも、こちらは特に損もしない。
「とはいえ、充分な安全策は取らないとな。不要な犠牲は出したくない」
各人員の配置、業者を屋敷のどこまで入れるか等、あれやこれやと話し合ううち、太陽は中天ほど、要するに昼になっていた。
カナエが空腹を訴えたので、会議は一度お開きとなり、全員で食堂に移動。
昼食を摂ってから、実際に手続きや家具の買い物やらに各々動く事に。
俺はシャルロットと一緒に、貴族向けの家具屋へ行く事になり、身支度をしてから2人で馬車に乗り込む。
護衛のために御者はカナエが務めているが、実際に移動中に襲われる事も考慮し、追加で影のフリスさんにも護衛を頼み、他の使用人は外してもらった。
その代わり、ジェーンとオルフェさんが中心となって、実際に業者に紛れた血染めの月が来た場合の対処、諸注意等を使用人や警備兵に周知してもらう。
「2人でお出かけするのは久しぶりですね」
馬車に揺られている中、シャルロットが微笑みながら声をかけてきた。
これから大きな作戦があるというのに、特に緊張が見られない。
さすがは根っからの貴族の娘、というべきなのだろうか。
とはいえ、そんな返しをするのはあまりにもセンスが無い気がするので、無難な返事をしておくべきだろう。
「この所、あれこれ忙しかったからな。今は陛下が教国の再建に係りきりだから、そっちが落ち着くまでは俺たちにお鉢が回ってくる事は無いだろ。報告を上げた側妃様からも先に暗殺者の方をどうにかしろって言われたし」
そういえば、側妃様で思い出したけど、眼の方でも血染めの月を探るとか言ってたっけ。
本業の片手間だから過度な期待はするなと言われてもいたけど。
こうして思い出してみると、進捗は少し気になる。
「血染めの月を取り込んだとして、王家に不信感を与えないかは少しばかり不安要素ですね」
シャルロットがその可能性に気付いていない、という事は無かったのだろうが、王家側がそれで俺たちに叛意ありと見るかどうかは別の話だ。
王家に知らせず、こっそり血染めの月を運用するのも無しではないが、国内外に広く監視網を伸ばす眼という情報組織の存在から、隠し通せるとも思えない。
どちらにせよ、血染めの月の脅威が消えた暁には、それを王家に報告しないといけないし、隠し通すのは無理だ。
だったら、最初から手勢に入れました、と報告する方がマシだろう。
まあ、考えられる妥協点としては、血染めの月全員に終身奴隷の契約をさせる、とかだろうか。
そうすれば俺自身が王家に叛意を翻さない限り、血染めの月が敵に回る事もないわけで。
まあ、この辺りは俺が最後にやる仕事だ。
今はまず、最初の作戦を成功させる事に集中しようか。
「その辺りは無事に血染めの月を取り込んでから考えよう。シャルロットに知恵を借りる事もあるかもしれないけど、そこは俺の仕事だしな」
「それもそうですね。まずは目先の事に集中しましょうか。あまり先の事ばかり見て足元が疎かになっても良くないですし」
まずは血染めの月との対決を制してしまおう、という方向で俺たちの意見は一致したので、2人で談笑しながら馬車に揺られつつ、商業区へと赴く。
とりあえずは移動中に襲われる事も無く、無事に新しい家具の買い付けも終了し、後日屋敷に配達してもらうよう手続きもした。
あとは血染めの月が乗ってくるかどうかだ。
「失礼、リベルヤ子爵様とお見受けしますが、今少し、お時間はおありですか?」
シャルロットが家具屋の店主と、あれこれ書類の手続きをしているのを少し離れた位置で見守っていたら、不意に声をかけられる。
声の主は、まだ年若い男性だ。
お忍びなのか、服装はかなり平民に寄せたものになっているが、随所に貴族っぽい部分が見て取れる。
はて、どこかで会った事のある人物だろうか、と記憶を掘り返してみるが、該当する人物が思い浮かばない。
整っている部類の顔だが、どこか特徴が無く、記憶に埋もれやすい感じで、会った事があるとするなら、俺が子爵に昇爵した時のパーティーだろうけど……やはり記憶には無い。
「どういったご用件で?」
やはり記憶に無いな、と結論付けて、ならば要件を聞こう、と男性に話しかけてみれば、彼はニヤリと口角を上げた。
「後で指定する場所に、あなた1人で来て下さい」
男性がそんな事を口にすると同時、殺気が周囲に満ちる。
傍らに控えていたカナエがすぐに反応し、男性を捕まえようと動いたが、彼は素早い身のこなしでカナエの伸ばした手をすり抜け、そのまま姿を消した。
俺はすぐにハッとして、先ほどまで店主とやり取りをしていたシャルロットの方へと視線を巡らせる。
そこには、おろおろしている店主だけがいて、俺と視線が合った瞬間に顔を青ざめさせた。
「クソ……やられた……!」
考えなくてもわかる。
シャルロットが攫われた。
ご丁寧に、俺とカナエの意識を逸らした上で、恐らくは隠れているフリスさんの足も止めているだろう。
想像以上に早く、向こうが仕掛けてきたのだ。
そして、俺の弱点を良くわかっている。
別に人質はシャルロットでなくても良かっただろうが、最も効果的なのは彼女なのも間違いない。
こうなってしまっては、俺がシャルロットを見捨てるという事はあり得ないからだ。
本来の貴族家なら、もしかすると見捨てるという選択もあるのかもしれないが。
「カナエ、一度屋敷に戻るぞ」
「……ごめん、ハイト。私、また役に立たなかった」
「いいから戻るぞ。今は後悔する時じゃない」
事情を知らない店主を問い詰めた所でどうにもならないし、今はとりあえず態勢を立て直し、対策を練るのが先だ。
目に見えてしょんぼりしながら謝るカナエを促し、俺は急いで屋敷へと戻った。
不思議と焦る気持ちは無く、ただただ冷たく燃える怒りが心中に渦巻くのみ。
どうやって血染めの月に落とし前を付けさせようか。
そんな事を考えながらも、とにかく今は敵からの連絡を待たないといけない。
冷静な自分と怒りに燃える自分がいるのは、少しだけ違和感があったが、今はこの状態を維持すべきだと直感的に感じ、そのまま馬車に揺られて屋敷へと急ぎ戻るのだった。
ヒロインは攫われるものです。
いわば様式美ですね。
これから、ハイトがどんな対応をするのかをお楽しみにしていただければと思います。




