ワケあり5人目⑯
「まあ、貴国が不正に取得した財産を放出すれば、各国への賠償を半分くらいは賄えるだろうな」
陛下が使用人に、次なる資料を配らせる。
それは各枢機卿や大司教の不正取引等の証拠一覧。
こちらもリアムルドで原本を保管しているものだ。
「教皇、お前の不正も証拠が挙がっておるぞ。さて、どうやって責任を取る? よもや教皇の地位を退くだけで済まそうなどとは思っておらぬだろうな?」
諸々の不正の証拠を提示され、教皇は贅肉を震わせながら、青ざめた様子で各国のお偉いさんを見ている。
これは、勝負あったか。
「写しは一部だが、同様の証拠があるのなら、証拠能力としては申し分無いな。だが、違法な奴隷契約については、当事者が死亡しているとなると若干証拠能力に乏しいのではないか?」
完全に青ざめた顔でフリーズしている教皇の脇から、1人の男が声を上げた。
恰幅はいいが、教皇ほど贅肉まみれではない様子だ。
恐らくは、枢機卿の中でも高位の存在なのだろう。
どうにか証拠能力についての論点で、賠償等を軽くしようとしたいと見えるな。
「そう言うと思っておったのでな。こちらで実際に奴隷に堕とされた者を連れてきておる。オルフェ嬢、頼む」
あわよくば、と思っていたのだが、オルフェさんの出番が来てしまった。
だが、このまま教国が少しでも罪から逃がれる余地があるのはよろしくない。
場合によっては止めようと思っていたが、この場面ではさすがに無理だ。
そう思い、俺は横に座るオルフェさんに目配せをする。
すると、彼女は決心をした表情で頷き、立ち上がった。
「私はリアムルド王国にて、竜然教のシスターをしておりました、オルフェと申します。神父様と共に教会と孤児院を運営しておりました。私がシスターになった頃には既に上納金が必要となっていましたが、神父様は上からの圧力に屈する事無く、少ない資金でどうにか運営を行っていたのですが……リアムルド王都、フルードレンの担当であったファッツ枢機卿から、上納金が払えないのなら私を奴隷に堕とすと脅され、その際に孤児院の子供を人質に取られ、私は奴隷契約を一方的に受け入れざるを得ませんでした。たまたま、その際に現在の雇い主であるリベルヤ子爵が居合わせてくれたおかげで、私はそのまま連れて行かれるという、最悪の状況は逃れる事ができたのです。あの時のファッツ枢機卿の欲望に滾った表情は、今でも夢に見る事があります」
一通り、自分の体験した状況を語った後、オルフェさんは両手で顔を隠し、俯いてすすり泣く声を上げる。
「事実だとすれば、人間の風上にも置けないな」
そんなオルフェさんの話を聞いて、帝国の皇帝が相当な威圧感でもって教国サイドを睨みつけた。
巨体も相まって、その迫力は相当なものだ。
とはいえ、隣で座ってる俺はそんなオルフェさんの表情が少し確認できて、両手で覆った顔は泣いているわけではなく、ざまあみろとばかりに笑みを浮かべているのだが。
オルフェさん、あんた大した役者だよ。
これだけの大物が集う場で、堂々と迫真の泣き演技をやり通すとは。
昨日まで緊張してガチガチだったのがウソみたいだ。
もしかすると、緊張こそするものの、本番にはとっても強いタイプなのかもしれない。
「さて、今は貴殿が雇い主だと言うが、貴殿はどう思うかな? リベルヤ子爵」
急に、皇帝から話の矛先を向けられたものの、どのみち俺が喋る事もあったので、返事をしつつ、特に慌てる事なく席を立つ。
「先ほどのオルフェ嬢の話の通り、私は現場に居合わせましたが、それはもう卑劣な手段だったと思います。その場で見過ごせないと思い、その争いに介入した次第です。違法な手口で強制的に奴隷契約を結ばせたのもそうですが、彼女に刻印された奴隷印は、契約者の命令には絶対服従、かつ肉体すら操られてしまう違法奴隷印が使われています。本来、違法な奴隷となれば、その契約は解除する事が可能ですが、あまりに強力なものゆえに、解除が難しく、未だに彼女は奴隷印に縛られております。違法奴隷印の使用は、共通奴隷法でも規制されておりますので、我がリベルヤ子爵家からも教国を訴えたいと存じます」
「だそうだ。教国よ、よもやここまで言い逃れができるとは思うまいな?」
皇帝から威圧をさらに重ね掛けされ、教皇は青ざめた顔を通り越して蒼白であり、今にも気絶しそうである。
先ほど発言をした枢機卿と思しき男も、話を覆すのが無理そうと判断したのか、歯噛みした表情でこちらを睨み付けていた。
「さて、もう証拠も出揃いましたし、もう教国の有罪は揺るがないでしょう。各地の教会でもかなりの不正が横行しているようですし、竜然教という教義に罪は無いとしても、それを利用して私腹を肥やした聖職者たちに慈悲は必要ないと言えます。我々からは白金貨5000枚の賠償と、今回関わっている高位神官の死罪、各地の教会の汚職者の終身刑を要求します」
「我々帝国は賠償として白金貨1000枚、大司教以上の地位の者の全員を死罪とし、残る汚職者の終身刑を要求させてもらおうか」
「王国は白金貨3500枚の賠償、今回の汚職に関わる者全員の死罪を要求する」
もはや格付けは済んだ、とばかりに無慈悲な要求が教国を襲う。
賠償額は連合国が一番高いが、他の内容は一番軽い。
帝国は人的被害が一番少ないからか、賠償額は少ないが、求刑は結構エグイ。
陛下が出した王国側の意見は賠償額こそ連合国と帝国の中間くらいだが、関係者への求刑がヤバい。
もはや完全に教国を亡ぼす勢いじゃん。
「ここまで来ると、もはや教国軍も信用なりません。我々3大国の連合軍で全てを抑え、余罪を追及すべきと提案します」
「帝国は賛成だ」
「王国も賛成する」
口を挟めない状況ではあるが、どんどんと話が物騒な方向に進んでいき、3大国が手を取り合った以上、ましてや言い逃れのできない罪を犯した教国に、救いなどあるはずもなく。
最初こそ、教国がイニシアティブを握っているかのように見えたが、もはや今は完全に3大国のペースだ。
「では、まずはこの場にいる者どもを捕縛するとしようか。どうせ潔白な者はほとんどおらんだろう」
皇帝が合図を出すと、外に待機していたのであろう、帝国兵が会場に続々と入場してきて、手際良く教国の関係者を捕らえていく。
多分、この辺は3大国で事前に役割分担をしていたのだろうな。
「では、我々は外を抑えましょうか。伝令を」
連合国が外に伝令を走らせたので、軍やら他の脱走者を見るのはそちらの役割なのだろう。
「要人護衛は我々王国が担当しよう。主要人物はなるべくこちらに集めてくれ」
陛下が声をかけると、帝国側の人たちと連合国側の人たちがこちらに集まってくる。
どうやら、このままこの部屋を臨時の対策本部とするらしい。
まあ、変に色々な場所に散らばっているよりは、固まっていた方が護衛はしやすいか。
「ハイト、お前の部下もフル装備でこちらに合流させてくれ。私が許可する」
「かしこまりました、陛下」
陛下からカナエたちを呼び寄せろとのお達しがあったので、指をパチンと鳴らす。
これでフリスさんが伝令を担ってくれる事だろう。
さて、大事になったし、これから忙しくなるぞ。




