ワケあり0人目⑬
「色々とお世話になりました」
「いえいえ、時には必要なのかもしれませんが、あまり無茶はしないで下さい。医者なんて暇なくらいがいいのですから」
フィティルの面々が面会に来てから2日後、俺は無事に回復し、退院の運びとなっていた。
費用に関してはフィティルの方で持つ、と既に話が付けられていたようで、費用の支払いは不要と言われてしまったので、俺は荷物を持ってギルドホールの方に移動する。
「ハイトさん、少々よろしいですか?」
一度宿に戻ろうか、と考えながら歩いていると、後ろから声をかけられたので足を止めた。
振り返ってみれば、そこには見覚えのある受付嬢がおり、こちらに小さくお辞儀をしてくる。
釣られるように小さくお辞儀を返して、用事があるようなので彼女が話し出すのを待つ。
「A級冒険者パーティー、フィティルの皆様が、あなたとお話をしたいという伝言を言付かっております。今、お時間は大丈夫でしょうか?」
「ええ、構いません」
「それでは、こちらへ」
フィティルの面々が改めて話したい事、ねえ。
お礼ならもう受け取ったし、他に話すような事あったっけ?
俺にどういった用事だろう、と考えながら受付嬢についていくと、会議室に通される。
通された先には、俺が依頼を受けた時の担当だったイケオジと、フィティルの面々が待っていた。
「足を運んでもらってすまんな」
代表して、ギルバート氏が軽く会釈をしていきたので、俺も慌てて会釈を返す。
視線で椅子に座るよう促されて、そのまま近くの椅子にすとんと腰を降ろし、ついでに床に荷物を置く。
「いえ、問題ないです。しかし、改めてお話とは?」
ここに来るまでに考えてみたものの、特に話題の内容が思い浮かばず、素直に聞く事にする。
「それについては、私からお話しましょう」
イケオジが話を引き継いだので、俺はそちらに視線を移す。
「今回、ハイト様が受注した依頼は、A級冒険者パーティーの、討伐遠征において雑用を行う。というものです。これについてはハイト様、フィティルの皆様、相違ありませんね?」
イケオジの問いかけに対して、俺とギルバート氏が無言で頷く。
結構、とイケオジが先を続けた。
「ですが、実際にはハイト様が討伐に参加し、あまつさえ危機に陥った。実際には、ハイト様の働きでフィティルの皆様が無事生還できたとの事ではありますが……ギルドとしては、疑わしいものとして見ています。ですので、今日この場はそうした事実の確認を行う場と認識して頂ければと」
イケオジの話からして、確かに言われてみればそうだろうな、と他人事のように思った。
どこの新人がハイオーガを相手取れるんだって話である。
元であるオーガですら1体でC級上位相当、その上位種たるハイオーガともなれば、1体でB級相当かそれ以上だろう。
まあ、できてしまったのだから、しょうがないと言えばそれまでなのだが、それで納得できますかという話だ。
これで筋骨隆々の大男がそれをやった、というなら見た目からしても頷けるかもしれないが、俺はまだ14の子供である。
身長もまだ伸びきってないし、身体も出来上がってない。
一応声変わりは終わっているが、見た目は子供相応だろうし、多少鍛えていたとて、ジャイアントキリングが信じられる見た目では、到底ないと言える。
「では、俺は何を話せばいいですか?」
「ただ、こちらの質問に答えて頂ければと。真偽は魔道具が判定しますので」
そう言って、イケオジはテーブルの上に台座付きの水晶玉のような物を置く。
俺が嘘を言ったら、あれが光ったりするのだろうか。
まあ、とはいえ、本当の事を話して困る事なんて何もないしな。
そう考えつつ、俺はひたすらイケオジからの質問に答えまくる。
イケオジは、チラチラと水晶のようなものを見ながら、こちらに質問を繰り返すが、最後まで特に変化は見られなかった。
「……なんと、全て真実だったとは」
「だから言っただろう。俺たちに嘘を吐く利点など無いとな」
心底驚いた、という表情のイケオジに対し、ギルバート氏は呆れた表情でそれを見ている。
いや、これに関してはギルド職員の反応が正しいと思います。
俺が担当でもそんなバカなってなるわ。
「……失礼、取り乱しました」
咳払いをして、イケオジが表情を取り繕うと、ギルバート氏の方に顔を向けた。
「さて、フィティルの皆様の申告が真実であるとわかった以上、今回の依頼については内容を見直した上で、正確な報酬を出さなくてはいけません。元の報酬では今回のハイト様の働きに対して少なすぎますので」
「当然だ。先にこちらの提示としては、基本報酬として金貨20枚、追加で特別手当を金貨10枚、合わせて30枚が妥当と見ている」
金貨30枚?
おいおい、元々の報酬の何倍だよそれは。
いくらなんでも吊り上げすぎだろう。
しかも入院費まで出してもらってるんだ。
一体いくらの出費だよ。
「さすがに貰いすぎじゃないかと……」
「いえ、妥当な金額です。何なら、もう少し吊り上げてもいいくらいです」
もうちょっと減らしてもいいんじゃない?
なんて俺の思いは、イケオジの一言で粉砕されてしまった。
むしろ吊り上げてもいいとまで言われるなんて……。
「入院費用も出してもらってしまってますし……」
「それ込みで、です」
何を当たり前の事を、みたいな顔でイケオジに睨まれた。
とはいえ、俺はこれ以上貰っても恐縮しきりである。
「それと、ギルドへの支払いは金貨30枚といったところか」
「そちらも妥当なところでしょうね」
え、ギルドにも金貨30枚?
一体どういう事?
事情が呑み込めていない俺に、イケオジがいいですか、と前置きをしてから話し始める。
「ギルドを介した依頼というのは、ギルドに仲介料が必要です。私たちも慈善事業ではありませんから。仲介料は、依頼の難易度によって大きく変わりますし、虚偽の内容を依頼した場合は罰金を頂きます。今回は直接確認はできなかったですが、蓋を開けてみればA級冒険者パーティーが命からがら帰ってくるような相手です。そんな相手に新人を戦わせるなんて、普通はありえません。予測ができなかったとて、雑用という仕事内容を結果的に変えてしまったのは事実です。厳密な虚偽ではありませんが、規約違反であるのは事実ですから、払う物は払って頂く。それだけの事です」
それはそうか。
冒険者ギルドも事業である以上は、利益がないといけない。
いわば、ギルドの人的資産である新人冒険者を不当に死なせる所だった、という所だろう。
「まあ、いい加減な調査をしたパーティーにはもっとキッチリと落とし前を付けて頂きますがね」
そういや、事前調査がどうとかって話をギルバート氏としたな。
その事前情報が割といい加減だったから、今回の事件が起きたわけで……。
恐ろしい話である。
よくよく考えてみれば、冒険者ギルドは、冒険者にとって雇い主のようなものだ。
雇い主にとって不利益な事をすれば、罰せられるのは当たり前。
故意にしろ過失にしろ、不利益が大きくなれば、罰則も重くなる。
そういう所は前世の会社と同じだな。
とりあえず、イケオジの目が本気で怖かったので、事前調査を担当したであろうパーティーの方々のご冥福をお祈りしておこう。
あの様子だと、相当にたんまりと絞り取られるだろうし。
明日は我が身とも言うし、俺も冒険者ギルドを通した依頼を出す事があれば、気を付けないとな。