ワケあり5人目⑭
「……い」
なんだ?
深く眠りに入っていた所から、急に意識が半覚醒状態に移行した。
どのくらい寝ていたのか、今はどういった状況なのか。
状況はハッキリと把握できないが、俺の身体は何かを感じ取り、意識を覚醒させようとしているのは確かだ。
「……あら、勘がいいのね」
右手にはルナスヴェートを掴みつつも、まだ剣は抜かず、上半身だけを起こす。
すると、そこには暗闇の中であっても、怪しげに光る深紅の双眸を持つ女性が、こちらに馬乗りになろうとしている様子があった。
俺に姿を見られたからか、動きこそ止めているものの、その表情に僅かな驚きこそあれど、余裕の表情だ。
「あんた、よく無傷でここに入れたな」
「あの護衛のお嬢ちゃんと正面からやったら勝てないもの。無力化させてもらったわ」
無力化した、という事は、命は奪えていない、という意味か。
カナエがひとまず無事っぽい事は理解できたが、安否が気になってしまい、目の前の女性から一瞬だけ目線を外す。
寝る前にカナエがいた場所をちらりと見れば、そこには直立不動でボーっと立ち尽くすカナエの姿があった。
目が虚ろで、一時的に催眠のような状態にあるのかもしれないが、とりあえず命に別状は無さそうだ。
そんな事を考えた所で、この状況と侵入者の女性、全てが繋がる。
「あんた、あの時のシスターか」
「せいかーい。良くできました♡」
一瞬の間に再び女性へと視線を戻す。
俺が彼女の正体に行きついた事に対しても、女性は焦る事なくこちらを見据えている。
直後、視界が揺れた。
そうだ、彼女は魔眼を……。
「私の魔眼を弾いた!?」
俺へと馬乗りになろうとしていた状況から一転、女性は弾かれたように後ろに飛び退き、自らの双眸と同じく、怪しげに光る深紅のレイピアを構える。
どう見ても、傷を付けられたらタダじゃ済まなそうな見た目だ。
「……これでも、魔力量には相当な自信があってね。それでも足りないと思う事が最近は多いけどな」
一瞬とはいえ、彼女の魔眼にかかりかけたせいか、僅かな違和感があったものの、それを振り払うように頭を振ってから、ベッドを飛び出しつつルナジアムを抜剣。
女性と睨み合いつつ、ここで大声を上げるかどうか考える。
どう考えても援軍を呼ぶべきなのだが、果たしてそれが援軍以上の敵を呼ばずに済むのかどうか。
ここが敵地の中枢である事を鑑みれば、何か味方にだけわかる合図をするのが最も丸いだろう。
とはいえ、だ。
先ほどは魔眼に対する抵抗を決めた事で動揺させる事ができたが、今は目を細め、こちらの隙を見逃すまいとしている女性の様子を見るに、余計な事をした瞬間にはあの深紅のレイピアがこちらを傷付けるだろう。
この状況からして、相手がこちらを暗殺しに来ているのは間違い無い。
であれば、見た目からして普通でない武器に毒があるのは想像するに難くないわけで。
「……とはいえ、状況はそっちも同じだよな?」
「ええ、悔しいけれどね」
そう、相手も動けないのだ。
今はカナエを無力化しているものの、隣の部屋にはフリスさんやジェーンたちがいる。
彼女らが援軍に来れば、女性に抗う術は無いだろう。
恐らくは、足止めの用意なんかもしているだろうけど、俺を直接狙うという大胆な行動を取る辺り、俺の護衛についているメンバーとは直接やり合いたくはないという事だ。
何かの隙で俺が合図を送ったりできてしまうと、自分の不利が確定してしまう。
かといって、この場で大きな戦闘をすれば、その存在がバレて不利になる。
ゆえに、お互いに動けない状況。
「何であなたのような子供が、ここまでの戦力を持っているのか、不思議でしょうがないけれど……とはいえ、この場からすんなりと逃がしてはくれないわよね」
「そりゃあな。こっちとしてもあんたは大事な情報源だ。とっ捕まえて情報の1つや2つは取らせてもらいたいね」
最悪、この場で殺すしかないかもしれないが、可能であれば情報を引き出したい。
最終的には陛下に身柄を渡して、搾り取れるだけ情報を搾り取ってもらうのがベターだろう。
「……今日の所は退かせてもらうわ。どう考えても分が悪いもの。血の霧」
女性が己の腕をレイピアで突くと同時に、その血が爆発するように赤い霧となった。
一瞬で視界を奪われ、女性が逃げるとわかってはいるものの、しかし俺は左手で自らの口と鼻を覆い、咄嗟に防御行動を取らざるを得ない。
赤い霧は、恐らく女性自身の血を媒介にした血魔術。
他人に対しての毒を含ませている、なんて事は容易に想像できる。
あわよくば、それで暗殺が成立すれば儲け物、自分と仲間が逃げ出せれば目標達成、というわけだ。
俺が防御姿勢を取ったのと同時、窓ガラスが割れるけたたましい音。
女性が窓ガラスを破って逃げたのがわかったが、視界を奪われており、追撃は不可能。
ましてや、彼女の血という、魔力をたっぷりと含んだものが周囲に漂っているせいで、魔力での追跡も困難。
とはいえ、俺自身とカナエの身を守るためには防がないわけにもいかない。
しかしながら、窓ガラスが割れた事で霧を逃がす先ができた。
即座に風の魔術を起動し、部屋から赤い霧を外へと逃がす。
薄目で視界が開けた事を確認し、すぐにカナエの様子を伺えば、彼女は片膝こそついているものの、顔色もいいし、毒にやられている様子も無い。
とりあえず、命に別状は無さそうで一安心だ。
「カナエ、無事か?」
「ごめん、役に立たなかった」
彼女の元に近寄り、声をかけてみれば、カナエは俯いてしょんぼりとしてしまった。
護衛としての役割を果たせなくて、ショックだったのだろう。
ましてや、大概の事象は己の理不尽ともいえるフィジカルでもって乗り越えて来ているのだから、それが通用しなかったのもまたショックなのかも。
「いや、あれは相手が悪い。相性の問題だな」
装備で補強してはいるものの、カナエの能力的に魔術的な方面の防御はどうしても脆い。
直接的なダメージであれば、その圧倒的タフさでもって乗り越えられても、状態異常や魔術による束縛のようなものにはどうしても抗えない場合がある。
ましてや、今は護衛とはいえフル装備ができていない。
大部分の防御が失われている状態で、あの魔眼に抗えという方が無理があるのだ。
そもそも、体感でしかないが俺ですら意識して抵抗しないと魔眼にかかりそうになったの辺り、相当強烈だろう。
最近魔力切れやらで倒れまくっているから薄れてはいるが、俺の魔力量は相当にバカみたいな容量をしている。
それこそ、陛下曰く国内で並び立つ者はいないだろうというくらいだし。
前に会った奇異の魔術師ですら、港街シトランで俺の治療をする傍らで、魔力量では及ばないと言っていたくらいだ。
「ハイト! 無事か!?」
カナエの様子を見ながら物思いに耽っていたら、ドアを蹴破らんばかりの勢いで、ジェーンが部屋の中に飛び込んできた。
相当に焦った表情だったが、俺とカナエの無事な姿を認めるなり、ホッと息を吐く。
「掠り傷1つ無いさ。犯人には逃げられたけどな」
肩を竦めつつ、壊れた窓を指差すと、納得したようにジェーンは頷いた。
それから、恐る恐るといった様相でオルフェさんが部屋に入ってくる。
「申し訳ありません、肝心な時に役に立たなくて……」
すっかり眠っていたのだろう。
顔色はとてもいいが、オルフェさん本人はすっかり恐縮してしまっている。
まあ、これからの会議で嫌でも負担はかかるから、変にこのまま緊張させておくのも良くないか。
「今回は相手が相当に上手だった。フリスさんの警戒もすり抜けてきたみたいだしな」
「面目次第もありません」
どこからともなく、室内に姿を現したフリスさんが、壊れた窓の近くで土下座をしている。
おそらくは、先ほどまで女性の痕跡を追っていたのだろう。
彼女がすぐに姿を現さなかったのは、恐らくそういう事だと思われる。
「切り替えよう。今の俺たちじゃ十分な対策を打てる相手じゃなかった。そういう事さ」
切り替えて、会議の方を無事に終わらせないとな。
多分、あの女性はまた襲ってくる。
それがこの教国内かどうかはわからないが、俺にはそんな予感がしていた。




