ワケあり5人目⑬
マズイ……!
陛下たちは、どう動いてる!?
「よろしければ、こちらの飲み物をどうぞ。落ち着きますよ」
気持ちが逸り、焦りを生んだ所に、先ほどの妙齢のメイドとは違うメイドから、飲み物を手渡される。
それどころじゃない、という思いはあったものの、ここで感情に任せた行動をしても、いい結果にはならないのがわかりきっているので、グッと堪え、意識して少し大きく呼吸を行う。
ありがとう、と差し出されたグラスを受け取ろうとして、そのメイドを見た瞬間に、逸っていた気持ちが急速に落ち着きを取り戻していく。
「では、良きお時間を」
グラスを手渡してきたのは、他でもない。
メイドに変装したフリスさんであった。
頭の狼耳と触覚はシスターのフードで抑えているのか隠れていたし、分厚い眼鏡で目立つオッドアイもフォローしていたのは、さすがと言うべきか。
スカートの中に尻尾も隠していたのだろうし、そういう意味ではゆったりとしたシスター服は変装にもってこいだったのかもしれない。
確かに彼女と目が合ったし、その際に目線で落ち着いて下さい、と確かに伝えられた。
俺と接触できて、目的を達成できたからか、最後に一瞬だけ目配せをしてから、一礼と共にフリスさんは人混みの中に消えていく。
彼女の目配せで示された先を確認してみれば、いつの間にか陛下の近くにはシスターに変装した王妃様がピッタリとくっついているではないか。
なるほど、この場にはフリスさんや王妃様を始めとした、精鋭の影たちが護衛に紛れ込んでいるってわけね。
ふう、1人でバカみたいに焦ってた俺が恥ずかしい。
各国の要人たちは、めいめいに交流をしており、陛下も重役を引き連れて、連合国のお偉いさんっぽい人と何かを話している。
「……ん? あいつ、どこ行った?」
完全に気持ちを落ち着けた所で、俺は先ほどまで近くに控えていた妙齢のメイドの姿を探す。
恐らく、フリスさんと会ったタイミング辺りで離脱したのだろうが、見失ったのはマズイな。
ああでも、フリスさんが人混みに消えていったのは、あのメイドを追っていったのかもしれない。
逆に言えば、俺は本来の仕事に注力するべきか?
とはいえ、クスティデル近衛騎士団長と王妃様が陛下を護衛しているのであれば、俺の手はなくても大丈夫そうではあるな。
この場で、どういった行動が俺の取れる?
さっきのメイドを探してみるか?
それとも、独自に他国とのパイプを作ってみるか?
予定通り護衛に徹するか?
考えてみても、しっくりとくる答えが浮かばない。
「少年、あまり社交の場には慣れておらぬようだな」
背後から、聞き覚えの無い男性の声。
思考の海に潜っていた意識が急激に浮上し、振り返って声の主を見てみれば、見上げるような大男が立っていた。
豪華な仕立てのコートを纏っており、そこはかとなく軍人のようなミリタリーな雰囲気を感じる服装だ。
「これはお恥ずかしい所を。とはいえ、こうして周囲の会話を拾っているだけでも、色々と勉強になるものです」
「そうかそうか。少年からは強者の風格を感じるし、歳に似合わずしっかりしておるようだ。ウィズリアルの秘蔵っ子だけあるな」
陛下の事を名前で呼ぶ大男に、俺は果たしてどう返事をしたものか、と思考を巡らせる。
かなりフレンドリーな話し方をしているものの、相手は恐らくはやんごとなき身分のお方だ。
服装から察するに、帝国の皇帝様ではなかろうか?
「おっと、向こうから睨まれたな。今日はここで退散しておくとしよう」
俺が返事に迷っていると、大男はコートを翻し、そそくさと去っていく。
帝国って、確かリアムルド王国とは仲悪かったような?
けど、さっきの推定皇帝様であろう大男が陛下の名を口にしたときは、妙に親しげだった。
国政に参加してるわけでもないし、ある程度情報が無いのはしょうがないとはいえ、その辺りはもう少し情報を得ておくべきかもしれない。
なんだかんだで子爵に繰り上がったし、俺が望む望まないに関わらず、ゆくゆくは伯爵位くらいまでは上げられる事だろう。
そうなってきたら、より情報戦は大事になる。
ああもう、また今後の必要人材の優先度が変わってきたな。
とにかく人手が足りない。
新興貴族だし、しょうがない部分もあるにしろ、やはりこういう部分はわかっていてもやきもきしてしまうな。
「ハイト、さっきの男に何を吹き込まれた?」
気付けば、少しだけ眉間に皺を寄せた陛下がこちらに声をかけてきていた。
どうやら、先ほど大男が睨まれたと言っていたのは陛下の事だったらしい。
「いえ、ただ声をかけられただけです。私の事を知っていたようではありましたが」
「……全く、あの大狸め」
ぼそりと発された陛下の呟きに対し、特に誰かが反応する事は無かったが、どこかしょうがない、という空気を感じられる。
もしかして、あの方、相当に自由人だったりするのだろうか?
「……今日は引き上げるぞ。用事は済んだからな」
少しだけ不機嫌そうな陛下と共に、俺たちは歓待会場を後にした。
俺たちの部屋が固まっている区画に来たら、各自明日に向けて休むよう言い渡され、そのまま解散。
慣れない貴族の皮を比較的長い時間被っていたせいか、どっと疲れが押し寄せてくる。
疲れを自覚してしまったら、急に眠気が襲ってきたので、俺は自分の部屋の扉を開けて中へ。
「おかえり」
「おう、ただいま」
部屋の中には、相変わらず平常時は無表情のカナエがいた。
少しは休めたのか、目の下の隈も取れており、元気そうに見える。
「他のみんなは?」
「寝てる」
俺から投げた問いかけには、相変わらずの淡泊な返答。
まあ、こういう時に平常運転なのを見ると、少し日常に戻った感じがして落ち着くな。
「そっか。オルフェさんは明日が本番だから、少しは落ち着いてくれてるといいけど」
何となく、会話のタネを投げかけながら、貴族らしい衣装を着替えてくのだが、カナエはオルフェさんと違って恥ずかしがったりはしない。
むしろガン見してくるくらいなのだが、何だかんだと奴隷の中では一緒にいる時間も長いので、すっかり慣れてしまった。
「多分、大丈夫。オルフェは強い子」
「強い子って……カナエより年上だろ」
カナエらしいっちゃらしいが、基本的に誰と話すでも口調が変わらない。
どこかすっとぼけてるというか、天然というか。
多分、キャラを作ってるとかじゃなくて単純に素なんだとは思うけど、結構な不思議ちゃんなんだよな、カナエって。
価値観が独特というかなんというか。
「ま、とりあえず今日は寝るから、護衛頼むな」
普段の服に着替えて、明日も使う貴族服を部屋に備え付けの衣装掛けにぶら下げてから、ベッドの中に入り込む。
何かあった時のために、ルナスヴェートも一緒にベッドの中だ。
パッと見は布団に隠れるし、寝込みに奇襲をかけてきた相手を逆に奇襲できたりもするからな。
欠点は、寝返りを打った時に身体をぶつける事がある点だが、身の安全には変えられない。
カナエの事を信用していないわけではないのだが、いざという時に俺がパッと動けた方が色々と都合もいいし。
「任せて。おやすみ」
溜まっていた疲れと睡眠不足から、意識が飛ぶのに時間は必要無かった。
もはや気絶レベルというくらいに。
あとは明日が勝負だな……。




