ワケあり5人目⑦
「よし、これで終わり、っと。周囲の状況は?」
「特に何もありません。進行再開して大丈夫です」
もうじき国境という辺りで、俺たちは発見した魔物の処理をしていた。
出発から2週間。
俺たちだけなら10日で国境まで来れるが、200人超えの大所帯ゆえに、歩みは遅い。
とはいえ、陛下の身の安全を最優先に進んでいるため、致し方ないという所か。
「ここまでは数えるくらいしかトラブルは起こらなかったが、国境を越えたらまたうじゃうじゃと盗賊だの山賊だのがいるんだろうな」
馬車に乗り込みつつ、ジェーンが顔をしかめる。
前回の教国入りの際も、国境を越えてからが大変だった。
おそらくは今回もそうなる……どころか、悪化する可能性する可能性すらあるのだ。
教国側がどう考えているかは知らないが、前回俺たちが持ち帰った証拠は確たるもので、まず間違いなく今の教皇は責任を取る事になるだろう。
もしかすると、教皇だけではすまない可能性すらあるが、さすがに証拠がこちらに渡った事くらいは把握しているだろうし、何かしら対策は打つはず。
手っ取り早いのは、陛下を含む俺たちを亡き者にしてしまう事だ。
あの地下研究所の成果で俺たちの知らないものがあれば、わからん殺しもできるだろうし、正直あまり敵地に行くのは乗り気ではなかったのだが、何度か話し合っても陛下が教国行きを取り下げる事は無かったので、魔物と人間、どちらも対抗できるように可能な限りの備えをしてきた。
それが俺たちと近衛騎士団200名であり、王妃様率いる影の精鋭なのだ。
「ま、備えられる備えはしてきたからな。あとは現状の戦力でどうにかするしかないさ」
期待してるぞ、と言外に伝えてみれば、カナエ、ジェーン、フリスさんの3人は力強く頷く。
まだ緊張が抜けきっていないのか、オルフェさんはまだ随所に硬さが見られる。
魔物との戦闘時も少し動きがぎこちなかったし、あまり無理はさせない方がいいだろうか。
「陛下よりリベルヤ子爵へ、招集がかかっております。至急対応されたし!」
オルフェさんの配置をどうしようか、なんて頭を悩ませていた所、馬車の外から兵士であろう青年の声が。
何やら陛下が俺に用事らしいな。
さすがに待たせるわけにもいかないし、すぐに行かないと。
「かしこまりました。至急身支度を整えて向かいます。馬車の方へ行けばよろしいでしょうか?」
「はい。団長が馬車の近くに付いておりますので、声を掛ければ良いと伝言を承っております」
馬車の窓を開けて応対してみれば、近衛騎士団の鎧を纏った兵士が馬車に並走しながらこちらに向かって会釈してくる。
そこまで早足ではないとはいえ、鎧を纏って馬車に並走するのは大変だろうに、青年兵士は顔色一つ変えていない辺り、しっかりと鍛えられているのが一目瞭然だ。
そんな彼にすぐに行くと伝えれば、青年兵士は一礼をしてから踵を返し、駆け足で引き返していく。
「さて、それじゃカナエは一緒に来てくれ。ジェーンはこのまま馬車を頼む」
「わかった」
「おう、頼まれたぜ」
先ほどの戦闘で返り血を浴びたりはしていないものの、気付かないうちにどこかしら汚している可能性もあるので、念のため全身を確認。
特に問題も無かったので、一緒に行くカナエの状態も確認し、こちらも問題なし。
2人で馬車を降り、そのまま駆け足で陛下の馬車へと向かう。
ちなみに、同行者にカナエを選んだ理由だが、ジェーンは貴族的なやり取りですんなりキレそうなのと、言葉遣いがあまり公衆の面前に出せる感じではないからである。
カナエも言葉遣いに関しては怪しい所があるが、少なくとも悪意や害意が無ければ、基本的には黙って様子を見てくれるので、同行者兼護衛としては都合がいい。
あとは防御力的にうちのメンツの中では最も頼れるという部分もあるか。
「ハイト・リベルヤ子爵、陛下の要請に応え、参上いたしました」
他人の目もあるので、クスティデル近衛騎士団長に余所行きの態度で話しかける。
すると、彼は多くを語らずに馬車の扉を開いた。
ただし、その目には、随分と見事な猫を被っているな、という揶揄いの色があったので、俺は余計なお世話ですよ、と目線で返しておく。
「陛下、お待たせ致しました。ハイト・リベルヤ子爵、只今罷り越しました」
馬車内には陛下に加えて、宰相と外務部長官も同乗していた。
さすがにいつもの身内ノリで話すわけにもいかないので、敬虔なる陛下の臣下を演じておく。
「うむ、大儀である。まずはこちらへ乗り込み、腰を下ろすが良い」
「陛下のお心遣いに感謝いたします」
陛下もしっかりと余所行きの態度なので、合わせて大仰に礼を取り、馬車内部に乗り込むと、外から馬車の扉が閉められる。
さて、俺が呼び出されたのは何の要件だろうか?
一番ありそうな線だと、これから国境を越えるので、その後の動きの打合せと最終確認か、もしくは一度教国に足を踏み入れている俺に何か聞きたい事があったか、この2点だろう。
「……さて、ハイトよ。もういつも通りで良いぞ。この中にいる者たちは信が置ける。特別仕様で外に音も漏れんしな」
一体何を話題にするのか、と思えば。
いい笑顔を浮かべた陛下がニヤついた顔でこちらを見ている。
同乗している宰相と外務部長官も同じ顔で。
「……ええと、状況をお伺いしても?」
「ふはは、戸惑っているな。先ほどの口上と貴族の皮の被り方は見事だったが、やはりまだ子供か」
俺が疑問の声を上げると、呵々大笑しながら反応したのは宰相だ。
出発の時に見た、嫌みっぽそうな貴族という感じは全く無く、むしろ豪快なおっさん、といった雰囲気で、その温度差に戸惑いを隠せない。
「あなたほど普段とプライベートの雰囲気が違う人もそういないわ。初対面のイメージのままなら戸惑いもするでしょう? まあ、それは私も人の事を言えないけれどね」
そんな宰相に言葉を返すのは、外務部長官なのだが、思いっきり男の声で女言葉なので最高に頭にバグる。
え、外務部長官ってオネエ系おっさん?
見た目は小綺麗で地味なおっさん、って感じなんだけど。
仕草も特別女っぽい感じは無くて、ただただ言葉が女言葉なだけ。
もうマジでわけがわからん。
「はっはっは、久々にいい顔が見れた。そうやっている方が、歳相応ではないか」
完全にキョトン状態の俺を見て、陛下は楽しそうで何よりといった所。
マジで俺、なんで呼ばれたん?
気付いたら国の重役の方々が濃ゆいキャラになっていたでござるの巻。
おかしい。
書いている時はサラッと名前だけ出す程度のモブの予定だったのが、気付いたら女言葉のおっさんと豪快なおっさんが爆誕していた。
その間、僅か10分である。




