ワケあり5人目⑥
「それでは行くとしようか。此度の会議において、教国に諸々の落とし前を付けて貰おう」
オルフェさんの協力を取り付けてから、教国へと旅立つ日はすぐにやってきた。
陛下に同行する政治屋は宰相と外交部長官、護衛としてクスティデル近衛騎士団長率いる近衛騎士が200人、俺とカナエたちの精鋭4人といった構成だ。
ある意味、俺たちはいつも通りのメンツではあるのだが、陛下と共に同じ目的地に向かうというのもそうそう経験ができるものではない。
「では、陣形は打ち合わせ通りに」
「前方の索敵は任せる。陛下たちの安全は我々に任せろ」
事前にクスティデル近衛騎士団長と打ち合わせた結果、基本的に俺たちが先行警戒をして露払いを担当する事になった。
これに関しては冒険者として野外での魔物との戦闘や、夜営の経験がある事を考慮した形だ。
近衛騎士団はかなり対人戦闘に偏った経験を積んだ集団ゆえに、基本的には陛下たちの暗殺等を警戒してもらうのが丸いだろうという事である。
「リベルヤ子爵、此度の旅路ではお世話になります」
「陛下の期待を受けておられるのだ。相応の働きはしてもらうぞ」
出発直前、外務部長官と宰相から声をかけられた。
外務部長官は比較的腰の低い態度だが、宰相は上から物を言う言い方だ。
とはいえ、宰相という立場上、周囲に舐められていると思われるわけにはいかないからこその、こういった態度なのだろう、と何となくは理解していたため、俺は何も言わずに目礼をするに留める。
尊大な物言いでも、陛下がこの人を咎めずに側に置いているという事は、キチンと陛下の機微を理解して、やるべき事をやれる人材なのだろう。
その辺り、陛下はクソ親父一派を処断してからかなりドライであるため、宰相という立場を維持している時点で有能な人物であるはず。
まあ、優秀な人物は何かしら尖っている部分があったりするから、もしかすると宰相もそういう類の人物なのかもしれないな。
「では、教国へ向けて出発する!」
陛下の号令の下、俺たちの乗る馬車を先頭に、近衛騎士団に周囲を守られた陛下の馬車が教国に向けて動き出す。
俺たちが留守の間の事はいつも通りシャルロットに任せてきたし、陛下たちも留守を側妃様に任せてきたとの事で、後顧の憂いは無いだろう。
懸念点があるとすれば、陛下が不在となった瞬間にタイラン侯爵が内乱を起こす可能性があるくらいだが、現状ではその可能性はゼロだと側妃様が豪語していたので、とりあえずは心配いらないようだ。
あとは非公式に王妃様率いる影の精鋭数名がこっそり帯同しているそうで、残りの影は王都の防衛に残してきたとの事。
近衛騎士団の兵もその大半を動員している辺り、陛下が今回の会議にかなり力を入れているのがわかるな。
「主様、しばらくは異常ありません」
「そうか。ありがとう。少し休んでいいぞ」
影と言えば、当然ながらフリスさんもついて来ている。
元より高い索敵能力を持っているため、先行偵察を依頼していたのだが、どうやらしばらくは順調な道のりらしい。
フリスさんの事だから、大した事ない障害は通りがかりでしれっと処理してそうだが。
まあ、深くツッコむとそれも影の仕事です、とか言われそうだし、変につついて藪蛇になるよりは、褒めて労ってあげた方がいいだろう。
「それでは、お言葉に甘えて」
休んでいい、と声をかけられた途端に、フリスさんは俺の隣にぴったりとくっついて座り、俺の肩に頭を預けてくる。
不意に柔らかい感触と、ほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、俺は一瞬腰を浮かせかけたが、ぱたぱたと揺れる彼女の尻尾が座席の背を叩いているのを見て、単純に甘えられているのだろうと判断し、少し遠慮がちながらも、フリスさんの頭を撫でた。
そうしてみれば、フリスさんの狼耳がぴこぴこと動き、座席の背に当たる尻尾の勢いが増したので、とりあえずの対応としては間違っていなかったらしい。
「フリスだけずるい」
そんな俺たちの様子を無表情で眺めていたカナエが、俺の対面に座っていた状態から、フリスさんを挟んで反対の俺の隣にぴたりとくっつき、彼女も頭を預けてくる。
少しだけ高いカナエの体温と、フリスさんよりも格段に柔らかい感触に俺はどきりとするものの、生憎と左右を2人に挟まれていて逃げ場が無い。
「あーもう、二人してくっつかれたら暑いわ!」
このままでは下半身が良くない反応を示す所だったので、2人を引き剥がして追い払うと、渋々といった様子で対面側の席に揃って腰を降ろしてくれた。
ふう、危ない危ない。
部下に欲情する危ない当主の烙印を押される所だったぜ。
「あんま中で暴れんな! 馬が嫌がるだろ!」
一連の騒ぎで馬車がそれなりに揺れたらしく、御者を担当しているジェーンからお叱りが。
すまん、俺が早めにフリスさんを引き剥がしておけば良かったよな。
少しだけ彼女を甘やかしてあげよう、と思ってしまったのが良くなかった。
まあ、そこでカナエが乱入してくるのは予想外だったのだが。
「主様は将来女難の相が出てますねえ」
「しょうがない。ハイトはモテる」
正面でいけしゃあしゃあとそんな事をのたまうフリスさんとカナエ。
妙に息ぴったりというか、いつの間にそんな仲良くなったんだい君たち?
カナエを迎えた当初は、人間関係とか大丈夫だろうかと心配していたくらいなんだけど、俺が思ってるよりもカナエって社交的なんだろうか?
「今は子爵ですけど、恐らくは将来的にはもっと上に行きますよね。そうなったら、私以外にも影が欲しくなります。今はこうして主様だけを守ればいいですが、近い未来にもっと人手が必要になるでしょうし」
「もっと人材は必要。警備兵も100人くらいは欲しい」
かと思えば、今度は使用人方面じゃない人材が欲しいと言い出す始末。
確かにかなり大きい屋敷だけど、警備兵100人はそれもはや私兵団なのよ。
そもそも100人も動員して、交代で休みは取らせるとしても、そんな大人数にどこ守らせるのかと。
表門と裏門、屋敷の出入口とテラス辺りに各2~3人くらい当てれば充分だろうに。
「あはは……皆さん、緊張とかされないのですか?」
良くも悪くも平常運転、より悪く言うのなら緊張感の無い会話をしている俺たちを見て、座席の隅っこで小さくなっていたオルフェさんがガチガチに固まった様子で俺たちを見回す。
「緊張した所で俺たちのやる事は変わらないしな。オルフェさんはこれから国際会議の場での大立ち回りが待ってるから緊張するのかもしれないけどさ」
「大丈夫。何かあってもハイトが何とかしてくれる」
「それはそうなんだが、カナエは少しくらい俺の事を敬え?」
「いつもお腹いっぱい食べさせてくれてありがとう?」
「そうじゃないけどどういたしまして!」
「あはは、カナエさんはブレないですねえ」
騒がしい馬車内の会話に、緊張していた様子のオルフェさんも、徐々に笑顔になっていく。
普段通りに馬鹿な会話をしているだけだが、どうやら彼女の緊張を解くのに一役買った様子。
ここにジェーンが混ざれば、なおの事騒がしくなるけど、これがリベルヤ子爵家の形、なのかもな。
どう考えたって、俺には一般的な貴族家の形なんて取れないし。
どうせなら、ここで働くみんなにとって、居心地のいい職場にしたい。
案外、こんな風に馬鹿やってられるのが一番いいのかもしれないな。
そんな事を考えながら、俺たちは馬車に揺られて一路教国を目指すのだった。




