ワケあり5人目⑤
「新しい孤児院を屋敷の敷地内に建てる事になったのはオルフェさんも知ってるだろうけど、詳しい話はしてなかったね」
私がハイトさんへ仕える契約をした時に約束はしていたし、その約束を果たしてくれたのは私としても嬉しいけれど、むしろ部下の一人でしかない私に、わざわざ細かい事まで説明する必要など、あるのだろうか。
仮にするとしても、書面で知らせるなり、他の部下経由で伝えるなりいくらでも方法はあるのに、本人自らがするなんて、時間の無駄のようにも思えてしまう。
「事情の説明を俺がわざわざ自分でしてるのが、不思議そうだね」
「すみません、顔に出ていましたか」
そんな私の考えが表情に出てしまっていたのか、ハイトさんは苦笑いを浮かべてこちらを見ている。
頑張ってしっかりと猫を被ったつもりだけれど、どこか甘かったのだろうか?
「いや、顔には出てないけど、反応で何となくね。わざわざ俺に仕える契約をする時に、孤児たちの事を条件に盛り込んでたのに、その話をするって言っても反応が薄かったから、そもそもこの会話に意味があるのか考えてるのかなって」
「すっかり見通されていますね」
そんな彼からの指摘に、人をよく見ているんだな、という感想を抱く。
最初は私を奴隷にした事で何かを企んでいるのかと思っていたけれど、そんな事は一切無くて、ただただ純粋な心配をしてくれていただけらしい。
私の知る貴族像とは大きく乖離しているし、話し方もかなり距離が近い感じなので、時々距離感を間違えそうになる。
カナエさんやジェーンさんはその辺りはもう意識していなさそうだけれど、雇い雇われる関係にも最低限の礼儀は必要だと私は思う。
「話を戻そう。今、屋敷内の敷地に新しい孤児院を建ててる事についてだけど、これについては俺と陛下で話し合った結果なんだ。というのも、元あった場所はあまりにも治安が悪いし、そもそも今は竜然教が正常に機能していない。それと、俺の方からやりたい事を陛下に上申した結果、ひとまずは俺の管理下で孤児院を運営する事になった。おおまかな経緯としては、そんな所かな」
「ハイトさんのやりたい事、ですか」
これがこの国の一般的な貴族であったなら、やりたい事、というのがロクでもないという結末が透けて見えるけれど、彼についてはその限りではない。
むしろ、何をやろうとしているのか、興味すら沸いてくる。
無論、チビたちに危害を加えるような事であれば承知する気は無いし、いざとなったら奴隷魔術の縛りにすら抵抗して暴れよう、と思ってはいるのだけど。
「うん。俺のやりたい事っていうのは、子供たちの将来を見据えての事だ。文字の読み書きや計算、礼儀作法なんかを新しい孤児院で教える。そうやって、色々な知識と経験を積んで、悪い大人に騙されたりせずに強く生きていけるように、子供たちを導いてあげられればと思ってる。これはまだ内々の話だから決定ではないんだけど、神父様には孤児院の管理者として、リベルヤ子爵家で雇おうと思ってる。で、他に勉強を教える人と年少の子供たちを世話する人も何人か追加で雇う予定だ」
子供たちに勉強を教える。
最初は違和感しか感じなかったが、実際に体験しているから知識の有無が大切なのは身に染みてわかってしまう。
計算ができれば買い物の時にぼったくられる事も無いし、知識があれば口八丁手八丁でがらくたを買わされる事も無い。
生きていく上で、適切な警戒ができる。
けれど、それはそれで孤児たちを洗脳する事もできるのではないか。
こんな思考に行き着いてしまう辺り、私の心は汚れきってしまっているのかもしれないが、警戒は必要だ。
「あとは、もしも将来の目標ができたら、それを応援してあげる事も考えてる。金銭援助をするのか、関係者に口利きをするのか、目標に向けた勉強をさせるのか。何を以って応援とするのかは、陛下と協議中だけどね。ああでも、希望する子がいたら戦闘訓練もしようとは思う。冒険者や兵士になるんじゃなくても、最低限の自衛手段くらいは覚えておいて損は無いだろうし。実際に孤児だった身として、オルフェさんはどう思う?」
まだ本格的に決まっているわけではなくても、ある程度の草案はまとまっている様子で、この会話をしている目の前の私の雇用主が、まだ14歳なのだというのが信じられない。
国王陛下も交えての話になっている辺り、少なくとも最終的には国全体を見据えての話になっているのは、さすがに私でも理解できる。
ここまで賢い14歳の男の子が、果たして世界に何人いるだろうか。
そう考えると、相当すごい人の元で働いているのだろうな、と他人事のように思う。
「もし、今の言葉が本当なら、それは本当に素敵な事だと思います」
「まだ話し合いの域は出てないけどね。一応、建物の完成が大体1カ月後の予定だから、その時までには最低限動き出せるように話を進める予定だ」
……少なくとも、ある程度の信用は置いてもいいだろうと思う。
今の時点で私が得られている情報でしか判断できないけど、それだけで彼が普通の貴族でも子供でもない事はわかるし、ある程度の信頼が置ける人間なのだろう、と判断できる。
未だ全幅の信頼を置く事はできないけれど、少なくとも彼の方から裏切る事が無ければ、私も期待に応えるべく頑張ろう。
念のために、急に放り出されても大丈夫なよう、可能な限りの知識は盗んでおこうとは思うけど。
今回の教国会議の件もその一環で、今の私に無い医療の知識を身に着ける事ができれば、今後の稼ぎがより安定する。
安定すれば、それだけチビたちにいい暮らしをさせてあげられるし。
まあ、半分くらいは大衆の面前で教会の偉い人に文句を言ってやりたい、という気持ちもあるけれど。
「教国の件はどうだ? 気持ちは変わりないか?」
「はい。どこまでお役に立てるかはわかりませんが」
「もし、直前で気持ちが変わるようなら、遠慮しないで言ってくれ。陛下からも許可は貰ってるからね」
ああ、一つだけ懸念点がある。
このハイトさんの底抜けに優しい性格だけは、いつか誰かに騙されるんじゃないかと疑ってしまう。
きっと、それをさせないためのカナエさんやジェーンさんなのだろうけれど。
ともあれ、協力する事が決まった以上は全力を尽くさないと。
「現時点では大丈夫です。当日まではわかりませんが」
「そっか。そう言ってくれるのは、ありがたいけど、本当に無理だけはしないように。それじゃ、キリもいいし、今日の面談はここまでにしようか」
今日の会話で、ハイトさんという人がより鮮明になったけれど、やはり底は知れないかな、と思う。
とはいえ、悪だくみをしているわけではないし、国王陛下を巻き込んで孤児たちをどうにか救おうという気概も感じる。
世の中の貴族や偉い人が、ずっと彼のようであればいいのに。
ただ、そう思わずにはいられなかった。
今回もオルフェさん視点でした。
虐げられた経験のから、なかなか真に心を開けない彼女ですが、今後どう変わっていくか、お楽しみに!




