ワケあり5人目③
「お待たせしました」
「お、お邪魔しますっ」
オルフェさんを伴って、再度客間に入ると、2人横に並んでソファに座っている陛下と側妃様が軽く頷く。
とりあえず緊張しっぱなしのオルフェさんと一緒に、テーブルを挟んで対面のソファへと腰を落ち着けると、控えていた使用人が紅茶とお茶請けを給仕してくれる。
ちなみに、陛下たちには客間に案内した時点で既に給仕済みだ。
「何かあったら呼ぶから、部屋からは出ていい」
「かしこまりました」
入口付近に控えていた使用人を部屋の外に出し、対話の状況を整えた所で、陛下に目線で合図を送っておく。
「さて、オルフェ嬢よ。急に呼び立ててすまぬな」
そう言って、陛下は軽く頭を下げた。
「わわわ私に頭なんて下げないで下さい! 国王陛下がこんな貧民街出身の孤児に頭を下げたのが知れたら大事件です!」
軽くとはいえ、頭を下げた陛下を見て、オルフェさんは悲鳴を上げるようにそれを止める。
まあ、一般市民に国王が頭を下げるなんて、普通はあり得ないからな。
「いや、そうはいかぬ。いかに命令を下したわけでもないとはいえ、オルフェ嬢の身分を大国会議の場で奴隷と明かし、それを材料に教国を訴えるという手法を取るのだ。他国を味方に付けるためとはいえ、褒められた手法ではない。余は国のためなら民を犠牲にして良いとは思っておらぬ。だが、今の国力ではただ証拠を提出するだけの訴えは弱すぎる。国の勝手な事情に巻き込む事を許してくれた相手に、頭を下げずにいるなどという、畜生にも劣る行為は断固としてできぬ」
そう言って、より深く頭を下げる陛下を見て、完全にキャパオーバーとなったのか、オルフェさんは完全に固まってしまった。
なんだか、頭からオーバーヒートの湯気が出ているようにも見えるし、ここらで助け舟を出しておくか。
「陛下、オルフェさんに気持ちは伝わってますから、その辺にしましょう。いい加減、話が進みません」
「わかってもらえて何よりだ。重ね重ねになるが、此度の協力を嬉しく思う」
顔を上げた陛下は、完全に固まっているオルフェさんを見て苦笑い。
とはいえ、オルフェさんもハッとしてすぐに再起動したので、このまま話を進めていこう。
「では、今回の教国会議の流れを詰めるとしようか。イヴァ、資料を」
「はい」
側妃様が資料となる綴られた紙をテーブルに出し、俺たちと陛下にそれぞれ配る。
俺とオルフェさんと陛下の分、合計3部を配ると、そのまま席を立つ。
「では陛下、手筈通りに」
「ああ。イヴァも帰り道には気を付けるのだぞ」
退出前に俺たちにお辞儀をしてから、側妃様は客間から出て行った。
何やら、若干の剣呑な空気を感じたが、フォローした方がいいのだろうか?
「陛下、側妃様にうちから護衛を付けましょうか?」
「いや、それには及ばぬよ。影がたくさん付いておるからな。あの布陣を抜いてイヴァを害せるような勢力があれば、とっくにこの国は滅びておる」
心配いらん、と陛下は苦笑いで答えてくれる。
まあ、何だかんだとクソ親父にやられかけてたとはいえ、本丸そのものは守り抜いていたんだ。
心配するだけ野暮ってもんか。
「それに、イヴァ自身も相当に強いからな。一度模擬戦を見た事があるが、イライザには若干及ばぬものの、かなり善戦しておったぞ」
「それなら心配はいりませんね。王妃様に善戦できるなら、そんじょそこらの暗殺者如きじゃ相手にもならないでしょう」
どうやら、側妃様も相当に武闘派な模様。
あれ、これってもしかして、王室で最弱なのって陛下なのでは?
「ハイト、今思った事を口にするなよ?」
「ははは、それくらいの分別はありますよ」
おっと、どうやら俺の思考がバレていたようだ。
若干の怒気を含ませた陛下からの視線に、俺は両手を上げて降参の意を示す。
とはいえ、陛下も普通に強いんだよな。
少なくとも、A級冒険者くらいの実力はあるし。
ギルバート氏ほどではないだろうから、A級下位~中位くらいの実力だろうか。
「……さて、話が逸れたな」
コホン、と咳払いをしつつ、陛下は話の軌道を元に戻す。
何だか最近、陛下と話していると脇道に全力で逸れるような気がするな。
まあ、それだけ変な気負い無く話せているという事にしておこうか。
「資料の1枚目を見てくれ。今回の件で我が国が得た証拠の一覧だ。この中から、主に人的資源における被害を中心に教国を叩く」
陛下に言われるがまま、資料の1枚目に目を通していくと、教国の悪事の証拠がズラリ。
恐喝、賄賂、横領が最も多いが、その次に無理矢理に奴隷化して人を連れ去るというものが多い。
主に見た目が気に入った女性を罠に嵌めて奴隷にし、自らの濁った欲望の対象にしていたようだ。
隣のオルフェさんも、資料に目を通して嫌悪感を露わにしている。
「これに関しては我が国だけでなく、連合国や帝国でも被害があるようなのでな。今回は合同で教国を糾弾する事に同意を得ておる。元々連合国は我々とは同盟関係にあるので問題無いが、帝国が素直に同意したのには驚いたがな」
「もしかすると、帝国も何かワケありかもしれませんね」
「そうやもしれぬ。が、今は我が国も地盤を固め直している最中なのでな。あまり他国にかまけている余裕は無い。結論から言うと、3大国では教国に賠償を分割で支払わせ、国力を削いで飼い殺しにするという形で方向性を決定している。だが、証拠を持っているのは我が国のみゆえに、こちらの主張が弱いと帝国辺りが裏切って教国側に付きかねん。そこでオルフェ嬢の出番、というわけだ」
政治の話がちんぷんかんぷんだったのか、目を白黒させていたオルフェさんは、急に俺たちの視線が自分に集まったのを見て、戸惑っていた。
「そうさな。聞けば貧民街出身の孤児というではないか。その身の上をより悲劇的に語り、教国の者がどのような非道を働いたのかを、オルフェ嬢の目線で盛大に訴えれば良い。そうすれば自ずと周囲の気を引けよう。心配せずとも、そこまでの道筋は我々が整える。オルフェ嬢は、自らの受けた理不尽を堂々と述べれば、それが自然と糾弾となり、役目を果たす事になる」
そんなオルフェさんを見かねたのか、陛下は真面目な顔で噛み砕いた内容を説明してくれている。
それに得心がいったのか、彼女も大きく頷く。
「ある程度話す内容くらいは考えておいた方がいいと思うけど、変な演技や気負いは必要ない。君が受けた理不尽を、その怒りを、その不快感を、堂々と教国のクズ共に叩き付ければいいんだ」
「はい。この身を賭して役目を全うします」
何だかオルフェさんの決意が重くない?
別に命懸けなくていいんだよ。
何ならちょっとくらい誇張してもいいし、ちょっとくらい脚色してもいいけどさ。
「そして、協力の対価として、経験を積んで医療の知識を深めたいと聞いておる。差し当たっては、城の医務官に従事させようと思うのだが、それでいいだろうか? もちろん、担当者にはオルフェ嬢に教育を施すよう言い含めておくのでな」
「はい。陛下の寛大なお心遣いに感謝いたします」
「うむ、それでは教国ではよろしく頼む。ハイト、城に戻るから護衛としてついてこい。イライザも今はイヴァの方についておるのでな」
オルフェさんの付けた協力の条件についても確認が終わり、役目は終わったとばかりに陛下は席を立つ。
しれっと俺を護衛に任命するのはどうなんだ、と思いはしたものの、あの王妃様が陛下の側を離れるなんて、裏で動いている件は相当に大きな案件らしい。
であれば、陛下を城まで護衛するのもしょうがない話で。
今、陛下に倒れられては困るからな。
「わかりました。執務室まででいいですか?」
「うむ。近衛騎士団長に引き継ぐまでで頼む」
「では、城までの道中はうちで馬車を出しましょう。あとはカナエかジェーンがくっついてくるでしょうから、それで戦力は充分でしょう」
サッと即興で打ち合わせをして、俺は客間の外にいる使用人に王城行きの馬車の手配と、カナエかジェーンの都合が付く方を呼び出すよう命じて、オルフェさんには部屋に戻っていいと言い含めておく。
そのまま俺は、陛下を王城へと送っていくために、屋敷を後にしたのだった。




