ワケあり5人目②
「お呼びとの事でしたが、どういったご用件でしょうか?」
屋敷に戻り、さっそくオルフェさんを執務室に呼び出してみれば、彼女はすぐに応じてくれた。
個人的にはあまり話したくない内容ではあるが、陛下からの頼みを無下にもできないので、さっそく本題に入る事にしよう。
「あー、先に言っておくけど、これからする話には強制力は一切無いし、あくまでオルフェさんの自由意思に任せる。それを念頭に置いて聞いて欲しいんだけど、陛下からオルフェさんに協力要請が来てるんだ。内容は、教国を訴える役を担って欲しい、と言われてる」
「教国を訴える、ですか?」
どうやらあまりピンと来ていない様子なので、もう少し具体的な説明をしないとな。
あまり婉曲的な表現になっても上手く伝わらないだろうし、その辺りは彼女を傷付けるかもしれない、という気遣いをしすぎても却って逆効果か。
「順を追って話そう。まずはこの間の教国での1件で、色々と物証が出たのは知っての通りなんだけど、陛下は周辺各国に今回の件をある程度共有して、そのまま教国を糾弾するための場を設けた。で、実際に証拠があるから、オルフェさんが今回の件で受けた被害を訴える事で、周辺国に教国のしでかした事を周知して、他国からの余罪を追及しやすくする狙いがあるんだと思う。当然、各国のお偉いさんの前でオルフェさんが奴隷になった事なんかを晒す事になるし、俺個人としては、わざわざ辛い思いをしなくていいと思ってる」
「……1つだけ条件がありますが、それを受け入れてもらえるのなら、私は協力したいと思います」
俺の提案を聞いて、オルフェさんは少し考える素振りを見せてから、ぽつりと呟く。
条件、ときたか。
俺が安請け合いするわけにはいかないが、内容を聞いておいた方がいいだろう。
「ちなみに、その条件ってのは?」
「私に、医療知識を学ぶ場を提供してほしい、と思っています。この間の件で、私だけではハイトさんを助けられませんでしたから。治癒の祈術には独学なりに通じていると思っていたのですが、それ以外の知識が足りていませんでした。今後、何かが起こった時に、ハイトさんに限らず助けられる命があれば、それを救えるだけの力が欲しいんです」
彼女が言う条件を聞いて、なるほどと思った半面、その意識の崇高さに驚く。
孤児で、ロクな教育を受けられるような環境でもなかっただろうに、相当な祈術の使い手だとは思っていた。
独学であれだけの実力を有している事にも驚きだが、その状態を良しとせず、もっと上を目指している。
しかも、己のためではなく、他者を救うために実力を磨きたいという。
全く、教国の連中に見習ってほしいくらいだ。
「わかった。条件付きで前向きに協力を検討してるって陛下には伝えるよ。すぐに返事は来ないだろうから、とりあえずは待機で」
「わかりました。何かあれば遠慮なく仰って下さい」
オルフェさんの意思は確認したので、一度下がってもらってから、陛下に予定のお伺いを立てるために手紙を認め、使用人を通して王城へと手紙を送る。
明日辺りにオルフェさんを連れて再び王城へと向かう事になるだろうか。
そんな事を考えながら、シャルロットから渡された俺にしかできない書類仕事を黙々とこなしていると、慌てた様子で使用人の1人が部屋に飛び込んでくる。
「ハ、ハイト様、ご来客です」
少し顔が青い使用人の表情を見て、俺は不思議に思いつつも誰が来たのかを訪ねた。
「それが、その……国王陛下がお越しになっております」
「は?」
陛下がうちに来たって?
なんだってそんな事を、と考えた瞬間に、陛下の二つ名が脳裏に過ぎる。
放蕩王。
その名の通り、異様なフットワークの軽さであちこちに出歩く陛下の異名だ。
もっとも、これには王妃様というとてつもなく有能が影が護衛に付いているからこそできる事なのだが、始末の悪い事に、陛下はたまに本気で王妃様を撒いて勝手に出かける事もある。
ここ最近は国の立て直しに奔走していて、なりを潜めていたせいですっかり忘れていた。
「すぐに客間に通して、最上級のおもてなしをするように。俺もすぐに行く」
少し気が動転してそうな使用人に指示を出し、俺も手早く身支度をして客間に向かう。
ノックしてから客間に足を踏み入れれば、そこには来客用のソファで寛ぐ陛下と、側妃様の姿が。
姿は見せていないものの、まず間違いなく王妃様もいるだろうな。
「ハイト、邪魔しておるぞ。この客間、なかなかどうして、いいセンスではないか」
側妃様の膝枕でリラックスしきっている陛下のお眼鏡には叶ったようで何よりだが、態度のせいで国王としての威厳は皆無だった。
恐らく、半分は本気なのだろうが、もう半分は俺に対する信頼の証のようなものなのだろう。
「陛下、どうして俺の屋敷にわざわざ顔を出したのですか?」
「なに、オルフェ嬢が協力してくれるというのなら、余が頭を下げるのが道理であろうと思っての事よ。半分は、お前の屋敷のセンスを見たかった、というのもあるがな」
主目的に対して、ついでの用事が至極どうでもいい。
部屋の内装も、過ごしやすいように家具の使い心地なんかは考慮したものの、それ以外は下品にならない程度に最低限整えただけだ。
良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景。
貴族として相応しいかと言われれば、ギリギリではあるだろう。
屋敷が侯爵クラスの大きさである事を考えるのなら、ギリギリアウトかもしれん。
「……せめて先触れくらいは出して下さい。使用人たちも戸惑っています。というか、国王の身分でホイホイ出歩かないで下さい」
「リベルヤ子爵、もっと言ってやってほしいですわ」
「お前ら、余に対して遠慮が無さすぎではないか?」
俺が陛下に対して苦言を呈すれば、味方と思っていた側妃様に後ろから刺されて、陛下は不承不承といった様相でだらけていた姿勢を正す。
恐らくは、ここ最近の仕事で溜まったストレスもあるのだろうが、それはそれとしてご自身の身分についてはもう少し考慮してもらいたい所だ。
「とりあえず、今オルフェさんを呼びますから、少し待ってて下さい」
フットワークが軽快すぎるのも困りものだよなあ、と考えつつも、一度客間を出てからオルフェさんの部屋へと向かう。
「オルフェさん、陛下が屋敷まで来てるから、今から話せるか?」
扉をノックしてから声をかけると、すぐに行きます、と中から声がしたので、そのまま部屋の前で待っていると、程なくして彼女は部屋から出てきた。
身だしなみは整えられているし、大丈夫だろう。
「緊張……はしてそうだな」
「国王陛下と話すなんて、普通ならありえない立場ですからね、私」
緊張するなという方が無理だ、と言外に伝えてくるオルフェさんに苦笑いを零しつつ、俺は彼女を伴って再度客間へと向かう。
とりあえず、オルフェさんが緊張で変な事をしないといいけど。
そんな事を考えつつ、恐らく陛下は気にしないだろうけど、何かあったらフォローはしてあげよう、と考えながら、俺は客間の扉をノックするのだった。




