ワケあり5人目①
「ハイト、教国に一緒に来てもらうぞ」
「陛下、藪から棒ですね」
披露パーティーを終えて1ヶ月後。
俺は陛下から呼び出しを受け、いつもの執務室に入った瞬間、いきなり教国への同行を申し付けられた。
もちろん、必要とあらば命令に従わねばならないが、そうなった経緯というものがあるだろうに。
「教国にて、合同会議が開かれるのですわ。帝国、王国、連合国の3大国と、小国家群の代表が集う大規模な会議が」
俺の疑問に答えたのは、陛下の横で資料であろう紙束を持っている側妃様。
逆に王妃様の姿は見えない。
「この会議というのが、教国に対する抗議の場であるな。最初は帝国か王国に教国を呼び出す予定だったのだが、用事があるなら自分から来いとのたまったのでな。周辺国を巻き込んで乗り込んでやろうという話になった。いつもは敵対的な帝国も、今回の教国の件には妙に協力的だったのでな。すぐに話が纏まった」
多分、俺たちが証拠を持ち帰ってから陛下は動いていたのだろうと思うが、1ヶ月と少しですぐに話が纏まったというのは、国を跨いだ話だからだろう。
隣接しているとはいえ、3大国は領土も広いので、手紙のやり取りをするだけでも数日はかかる。
「となると表向きの護衛ですか」
「うむ。相変わらず察しが良いな」
俺の返答に、陛下が満足気に頷く。
王妃様の事だ。
まず間違いなく影として同行するだろうが、影は基本的に表に出ない。
そうなると、表向きの護衛として兵も必要だが、それ以上に身辺警護も必要だろう。
会議に臨む上でそれなりの貴族であり、信頼の置ける個人が必要だった……と。
で、俺に白羽の矢が立った、というわけだ。
交渉事であれば、より老獪な高位貴族を連れていけばいいのだろうが、場合によっては会議場で暗殺紛いの事が起こる可能性もあるので、護衛としても振舞える必要がある。
俺はそういう点で言えば、魔術も接近戦もこなせるし、状況対応力は高い。
不測の事態における保険としては向いているだろう。
「それと、これは可能ならで構わぬが、お前の所のシスターを同行させてくれんか?」
オルフェさんを同行させてほしい、とな?
「同行させる事そのものはおそらく可能です。ただ、理由を伺っても?」
可能であれば、という条件をわざわざ付けるという事は、あまり前向きな理由ではないはずだ。
陛下の為人であれば、むしろ別で報酬を出すから連れて来いと言うだろう。
であれば、考えられるのは1つ。
今回の件の渦中にいたオルフェさんに、教国を糾弾させる役を任せようとしているのではないだろうか?
ともすれば、それは彼女自身で己が奴隷に墜ちた事を告白する事になるし、そんな事実が大国の要人の前で暴露されるというのは、精神的に負担が大きいはず。
「……やはり気付いてしまうか。聡いのも考えものであるな」
「褒められた、と思っておきます」
陛下の反応を見るに、俺の予測は間違っていないという事だ。
これに関しては、まずオルフェさんに意思を確認しないとだな。
さすがに国王命令だとしても、俺は無理強いはできない。
「本人から了承が出れば同行させますね」
俺のそんな性格を理解しているからか、了承を取れたら連れて行く、という発言に対しても、陛下は無言で頷いた。
そんな陛下を見て、側妃様は不思議そうな表情を浮かべる。
「リベルヤ子爵に対して、陛下がここまで忖度するのですわね。お話には聞いていましたけれど、実際に見ると不思議な光景ですわ」
「まあ、本来なら子爵如きは陛下からすれば顎で使うような存在ですしね」
側妃様は状況や陛下の判断に特に異を唱えたわけではないものの、普通に考えたら大国の王がたかが子爵の部下に忖度するなど、普通はあり得ない話だ。
だからこそ、不思議な表情を浮かべているのだろう。
そんな側妃様を見て、俺は思わず苦笑い。
「こやつは表に出せないものも含めて功績がな……。正直、成人しているのであれば既に伯爵どころか侯爵でもおかしくない。諸事情で表に出せない功績も多いのと、本人の希望もあって、未だに子爵に甘んじてはおるがな」
遠回しに昇爵しないか、と陛下が問うてくるものの、俺は無言で首を横に振る。
伯爵とかまで地位が上がってしまうと、いよいよ領地を持つなんて話が濃厚になってくるからな。
今も人手が足りてないのに、さらに領地貴族になんてなってしまったら、もっと人手不足になってしまう。
この世界に来てまでブラック労働は勘弁願いたい。
「本当に欲がありませんわね。普通は王家から搾り取れるだけ報酬を搾り取ろうとするはずですのに」
まるで珍獣を見るような目で、俺の事を見る側妃様の反応を見る限り、彼女は恐らく、根っからの貴族体質というか、王族体質なのだろう。
あまり連合国の来歴等には詳しくないが、立ち振る舞いや言葉遣い、その気質から、そんな風に思える。
「元々は、冒険者稼業で生計を立てていく予定でしたからね。むしろ、貴族と関わるつもりなんてこれっぽっちも無かったんですよ」
「そうさな、シャルロット嬢を助けたのが転機だったのであろうな」
陛下がしみじみと俺が貴族になるきっかけになった一件について語る。
それに関しては、俺も自分でそう思うから、反論もできない。
シャルロットを見つけていなかったら。
シャルロットを助けられなかったら。
そんな時間軸があったとしたら、俺はきっと今でもただの冒険者として活動していたのではないかと思う。
その時間軸では、恐らく陛下たちは生きていないだろうな。
そして、クソ親父が実権を握っていたに違いない。
「因果というものはわからないものですわ。わたくしも、陛下と愛を育むような関係になるとはこれっぽっちも思っていませんでしたもの」
実感の籠もった側妃様の言葉に、俺は目を丸くした。
陛下とも、王妃様とも仲が良くて、3人も子供ができていて。
そんな彼女が、最初はそんな気が無かったという。
眼なんて特殊な情報機関を率いているくらいだから、その能力でもって王国の内情を探る目的で嫁がされたのだろう、というのは容易に想像が付く。
それが今では、王妃様と一緒に陛下を愛しているというのも不思議なものだ。
「さて、話が脇に逸れたな。教国へは3日後に発つ。準備の方を頼むぞ」
「わかりました。オルフェさんから了承が得られたら、連絡した方がいいですか?」
「その時はすぐに彼女を連れてきてくれ。余が直接話したい」
「わかりました。では、そのように」
「うむ、頼んだぞ」
こうして、俺は再度教国へと向かう事になったのだった。
今度は何事も無ければいいが、果たしてどうなるか。
相手が教国、という時点であまりいい予感はしないがね。
できれば、大事なく終わりたいものだ。
そんな事を考えながら、俺は陛下の執務室を辞した。
今回から新エピソードです。
先に言っておくと今度こそオルフェさんの回です。
誤字報告をいただきましてありがとうございます。
修正させていただきました。




