ワケあり4人目㉘
「ふふ、そんなに怖がらなくても、悪いようにはいたしませんわ」
側妃様はそう言うものの、その目は完全に獲物を狙う狩人の目である。
これを見て安心できるであろうか。
「イヴァ、あまり無理強いしてはいけませんよ。それでリベルヤ子爵に娘を嫁にやる機会が無くなっては、本末転倒ですから」
さすがに見かねたのか、王妃様から側妃様に注意が入る。
間に入ってくれたのはありがたいが、娘を嫁に出す方は諦めていないご様子。
現状では、俺にそんなつもりは無いし、そもそもまだ嫁を取る気も無いんだよなあ。
さすがに18くらいになったら、真面目にそっち方面の事も考えようとは思うものの、今はまだ貴族としての地盤固めが最優先だ。
貴族になったのも特例だし、中位~上位貴族に舐められたままというのもよろしくない。
見返す、というわけではないが、最低限は侮られない程度の実力を示しておきたい所。
まあ、場合によっては侮られていた方が色々とやりやすい事もあるが。
「イライザの言う事もわかりますわ。けれど、あまり慎重になりすぎても機を逃しますわよ?」
「イヴァキア、その辺にしておけ。少なくとも、今日はハイトと知り合えた事で良しとしておけ。こやつは貴族の中でも相当に変わり種だ。今、ハイトに愛想を尽かされて国を捨てられたら、間違いなく我が国は滅ぶ」
なおもゴリ押そうとした側妃様だったが、ここでようやく陛下が重い腰を上げるように彼女を諌めた。
やはり、俺が取る最終行動を良くわかっていらっしゃる。
「……わかりましたわ。今日の所は引き下がります。ですが、わたくしは諦めませんわよ」
「その気概そのものはありがたいが、ハイトの機嫌を損ねすぎないようにな。我々の立ち位置は、お前が思う以上に危ういという事を忘れるな」
少し納得できない、という様相ではあるものの、側妃様は今回は引き下がってくれるようだ。
とりあえずは助かった、というべきか。
とはいえ、側妃様が俺を見る目は、狩人が身を隠して必殺の一撃を狙っているような感覚を覚える。
あまり楽観視はできないだろう。
これはフリスさんに王家方面、特に側妃様の動きをしっかり見ておいてもらうべきか。
しかし、情報戦において俺の手勢が少ないのは、嫌でも思い知らされる。
陛下が最終的に手綱を握ってくれているのなら、少なくとも俺が一方的に不利になるような事は無いはず。
もしかすると、教国側が報復を狙ってくる可能性も無いとは言い切れない今、身内を警戒している余裕は無い。
「今宵ももう遅い。ハイトも今日は帰って身体を休めるがいい。細かい話はお互いに仕事が落ち着いたら、またしようではないか」
「そう言ってもらえると助かります。俺も今は貴族としての地盤をしっかりさせたいので」
ちょうど帰れる雰囲気になった所で、俺はすぐに陛下の執務室を辞して、屋敷への帰路に着く。
城の敷地内に待たせていた馬車に乗り込み、ガタゴトと揺られながら、ようやく気を張る時間が終わったとばかりに大きく息を吐く。
「お疲れみたいですね」
少し気を抜いた所で、音も無く俺の目の前に現れたのは、つい数日前に影として仕えてくれる事になったフリスさんであった。
そんな彼女に苦笑いを零すと、彼女は俺の対面の座席に腰を降ろす。
「ま、さすがにパーティーから陛下の執務室と続けてになると、さすがにね。今日は側妃様もいたし」
「イヴァキア様ですか。それは珍しいですね。ですが、陛下たちからの信頼の証かもしれません」
フリスさんの言葉に首を傾げると、彼女は少しばつの悪そうな表情で俺から視線を逸らす。
完全に、やべ、やっちまった、みたいな反応なのだが、どういう意味があるのだろう。
話してくれないかなー、と彼女を見つめていると、やがて観念したように息を吐く。
「いけませんね。本当は機密事項なのに、うっかり口を滑らせてしまいました。ですがまあ、陛下と師匠がイヴァキア様の姿を主様に見せたという事は、今までよりも信頼している、という証だと思うんですよ。なぜかと言うと、イヴァキア様は現状のリアムルド王国のほぼ全ての貴族の交友関係や領地運営について、かなりの情報を持っています。師匠が率いる影が特殊な護衛であれば、イヴァキア様が率いる眼は特殊な情報工作員ですから。特にイヴァキア様本人は、まるで王国全土を同時に見渡しているのではないかというくらいの情報量をお持ちです。師匠曰く、イヴァキア様は陛下が相当に気に入った人物にしかその姿を見せないそうですよ」
俺の視線に観念したフリスさんが話してくれた内容は、聞いてみればなるほどと思うものだった。
そこまで広い情報網を持つ組織の纏め役ともなれば、万が一にでも暗殺されようものなら国が大混乱になる事うけあいだ。
それでなくとも、連合国との関係にヒビが入りかねない。
ある意味では、王妃様よりも重要人物と言えるかもしれないな。
「あー、これってさ。俺、相当マズイ情報を握らされた気がするけど?」
だいぶやべー部類の国家機密を知らされて、これ大丈夫なん?
そんな思いでフリスさんをジッと見つめてみる。
彼女から返ってきたのは、満面の笑み。
「ふふ、死ぬ時は一緒ですよ。主様」
「それはシャレになんないと思うんだけど?」
言い方こそ冗談めかしているのの、フリスさんの目は割とガチだ。
不用意に聞いてはいけない事を聞いてしまったな。
まさかこんな身近にパンドラの箱があるとは思うまいて。
「大丈夫です。私と同じく、墓の中までこの情報を明かさなければ平気ですよ」
「そりゃあもう聞いちゃったからな!」
「まあ、冗談なんですが。ちゃんと師匠経由で話す許可をもらってますよ。今日は本題に入る前に脱線して、それが本筋になってしまったからって」
「……その冗談、マジで心臓に悪いからやめてくれないか?」
「あは、私の主になった以上は、大目に見てほしいですね。普段はかなり神経尖らせてる時間多いですし、ちょっとした息抜きくらい付き合ってもらわないと」
とっても楽しそうな顔で笑うフリスさんを見て、俺はかなりゾッとすると同時に、陛下が王妃様に割と甘い理由がわかったような気がする。
多分、陛下も裏でこの冗談のような何かをされているのだろう。
それがただ甘えられるくらいならいいだろうけど、もしかするともっと性質の悪い冗談かもしれないし。
ある意味、師匠に似た弟子、という事なのかもしれない。
ていうか、これから定期的にこれクラスの冗談という爆弾投下されるって事?
俺の寿命、絶対縮むだろこれ。
なるべく早めに自分が死んだ時の事を考えて備えないといけないな、と密かに心に誓った帰り道だった。
今回でワケあり4人目は終了になります。
最初はオルフェさんと見せかけて、フリスさんがメインだった回でしたが、いかがでしたでしょうか?
ちょっと今回は実験的な話の動かし方をしてみたのですが、次エピソードは多分今までと同じ感じに戻ると思います。
というか、本来はちゃんとオルフェさんの回だったはずなんですが、いつの間にかフリスさんが主役に交代していました。
気付いたらこれなんていう種運命?
しかもフリスさんが最終的にハイト大好きになってるのがシンっぽい終わり方で草生えますね。
おかしいな、種運命も種自由も見たの、だいぶ前のはずなのに……。




