ワケあり4人目㉗
「ハイトよ、初めての社交の場はどうだった?」
「できれば金輪際、同じ事はしたくないのが本音ですね。まあ、立場上そうも言っていられないのはわかってますけど」
俺がまだ未成人という事もあって、パーティー自体は夜8時には終了し、そのまま解散……とはならず、文官経由で陛下から声がかかり、少し重い足取りでいつもの陛下の執務室へ。
そこには余所行きの王族の恰好をした陛下と、同じく華やかなドレス姿の王妃様がいた。
普段は黒装束だから、こうして普通の女性の恰好をしている王妃様は、ちょっと新鮮だな。
艶やかな銀髪に、色白の肌、優しい目元に年齢を感じさせぬ肌艶。
見た目にはまだ20代と言っても差し支えないくらいだ。
メリハリの効いたボディラインも相まって、大胆にも胸元や背中を大きく露出したデザインのドレス姿は相当に目線を引く。
とはいえ、この王妃様のドレス姿は、しっかりと武装されているのを俺は知っている。
以前にたまたま目にする機会があったのだが、太腿には数本の投げナイフや戦闘用の短剣の巻かれたベルトがあり、コルセットは下手な革鎧よりも頑丈な一品だ。
それ以外にも胸の谷間に諸々の道具が収納されていたりするのだが、当時は実際に胸元から何か取り出すなんて事あるんだな、と驚いた。
「嫌がっている割には上手く対応していたではないか」
「そりゃあ陛下たちの顔に泥を塗るわけにもいかないですからね。全力で頑張りましたとも」
陛下はしたり顔であるものの、俺は途中から何となく、今回のパーティーにおける陛下の思惑には気付いていたため、今は無茶ぶりをしやがって、というような嫌悪感は無い。
まあ、話を知らされた直後とか、パーティーの開始した辺りとかは全然クソが、と思っていたけども。
「で、陛下としては、狙い通りに今の貴族のふるい分けはできましたか?」
「あら、やはり気付かれましたか」
「ふむ、やはり気付きおったか」
俺の投げかけた問いかけに、陛下と王妃様が同時に反応する。
まあ、さすがにあそこまで露骨だとね。
ここぞとばかりに俺の事を持ち上げるから、最初は驚いたけど、途中から露骨すぎて心の中で真顔になったよ。
「そうさな。おおよそは恙なく済んだ、とだけ言っておこう。やはり国としてはなるべく一枚岩でありたいと思いはするが、難しいものよ」
俺が多少でも文句を言う事に期待していたのか、陛下は俺の反応を見てつまらん、という感じに表情をしかめた。
まあ、選別した貴族の今後の扱いを考えると、頭が痛いというのもあるかもしれないが。
「多かれ少なかれ、貴族という立場に増長する人はいますからね。領地の運営が最低限真っ当にされてて、余計な悪だくみをしていなければ、現状では目を瞑るのがいいでしょう」
「ふふ、リベルヤ子爵は既にかなりの将来を見据えていますね。元々は公爵家の出身とはいえ、その年齢でここまで察しのいい子は、まずいませんよ?」
対照的に、王妃様は上機嫌そうな微笑みで俺の事を見ている。
あ、これますます娘の婿にはちょうどいいとか考えてそう。
王妃様の方は反応に困るな、と思っていたら、部屋をノックする音が。
陛下が中に入れ、と声をかけてすぐに、執務室の扉が開く。
「陛下、頼まれていた貴族家の交友関係を纏め……あら、あなたは今日のパーティーの主役ではありませんか」
部屋に入ってきたのは、王妃様に負けず劣らずな美人の女性。
これまた王妃様に負けず劣らずの豪奢なドレスに身を包んでおり、その存在感は大きい。
まあ、体型がとてもスレンダーだったり、肌が褐色系だったり、ツリ目で勝気そうだったりと、色々な意味で王妃様とは対照的な姿であるこのお方は、何を隠そう(別に隠されてはいないが)陛下唯一の側妃様である。
細かい出自は知らないが、確か連合国との政略婚で嫁いできたはず。
長く尖った耳から、彼女がエルフの系譜であるのは確かだが、いかんせん他国にはそこまで詳しくないので、細かい事情とかは知らない。
とはいえ、陛下との夫婦仲も良好で、王妃様とも普通に仲良しであるため、良くある継承権で揉める、とかいう王族特有のゴタゴタは無いようだ。
王妃様も側妃様も、能力的に相応しい子が王位を継げばいいというスタンスかつ、どうやら決定権は同等らしく、意見がぶつかった際には3人で多数決をするらしい。
「陛下からお呼びいただきまして、こうして歓談させていただいてます」
側妃様とはあまり面識が無いので、自然と言葉遣いも固くなる。
実は、姿こそ見かけた事はあるものの、実際に話したりしたのは今日が初めてだった。
初対面は今日、俺がパーティー向けにメイドさんからあれこれ施されるタイミングだ。
というのも、メイドさんたちを手配してくれたのは彼女である。
「わたくしに対してもそこまで固くなる必要はありませんわ。陛下とイライザが認めているのですもの」
ついつい、対応が固くなってしまった俺を見て、側妃様は苦笑いしつつ、陛下の方へと歩いていく。
そして、手に持っていた書類を陛下に渡すと、こちらへ歩いてくる。
そのまま俺の腰掛けていたソファの対面に座ると、こちらをしげしげと眺めてきたので、俺はどうすればいいのかわからず、王妃様と陛下に視線で助けを求めたが、苦笑いを返されるのみ。
「確か、イライザと陛下は娘たちをリベルヤ子爵に、と考えているんでしたわね」
俺をてっぺんから爪先まで眺め、何か納得したように頷くと、側妃様は王妃様と陛下にそう声をかけた。
陛下たちが小さく頷くと、側妃様は獰猛な笑みを浮かべる。
「でしたら、わたくしの娘も貰って下さらないかしら? あなたほどの魔力と実力を持つ方でしたら、娘も納得すると思いますわ」
側妃様の口から出てきた言葉に、俺はずっこけそうになった。
確か、側妃様と陛下の間には、男2人と女1人の子供がいたっけ。
人間とエルフ……いや、エルフに限らず、人間と亜人種は子供こそできるけど、かなり確率が低い。
種族ごとに確率は変わるけど、エルフはかなり子供ができにくい部類のはずだ。
確か、人間側が一生かけて子供が1人できるかどうかくらいのはず。
そう考えると、既に子供を3人も授かっているのは、相当に運がいいな。
「大変に光栄なお話ではありますが、現状で私は釣り合いません。それに、王女様方の事も存じ上げていませんので」
言葉遣いは陛下たちと同じでいい、と言われはしたものの、そこではいそうですかとすぐに合わせられるものでもない。
そんな俺の反応を見て、側妃様は獰猛な笑みから挑戦的な笑みに代わる。
どちらにしても、いい予感はしないぞ。
「でしたら、知り合えばいいのですわ。確か、イライザの娘たちもリベルヤ子爵に会いたがっていましたわね?」
水を向けられた王妃様は、苦笑いを浮かべつつも、無言で頷く。
やっぱ俺、ここではアウェーだよな。
目線で陛下に助けを請うてみても、こうなったら止められないから諦めろ、と返される。
この場の最高権力者に匙を投げられてしまっては、俺に抗えるはずもない。
え、まさかこのまますぐに王女様方に会え、とか言わないよね?
俺が一抹の不安を覚えていると、側妃様は挑戦的な笑みをより濃くしたのだった。
もう少しだけ王族側の思惑回が続きます。




