ワケあり4人目㉖
「それでは本日は、新たな爵位を持つ者を祝う席として皆、存分に飲み食いするが良い!」
陛下の挨拶に、会場が沸く……というほどではないものの、騒がしくない程度に各々が反応する。
俺が子爵に昇爵するのと、成人前の貴族としてのデビュタントを済ませていなかった事から、改めて俺という存在を国内に知らしめるため、陛下主催のパーティーが行われる事になったのが、昇爵を言い渡された翌日。
俺は療養していたせいでその辺りの情報が一切入ってきていなかったため、寝耳に水であった。
ようやく屋敷に戻ってこれからまた色々と動き出そう、と思っていた矢先に、朝一番で王城からの遣いが来て、夜はパーティーやるぞ(意訳)、という陛下からの書状が届けられたのだ。
超絶しごでき女子のシャルロットも、突然のパーティーの件は知らされていなかったようで、俺が相談するなり、これはさすがに準備が間に合いませんので、素直に陛下へ助けを請いましょうと匙を投げた。
まあ、衣装の仕立てがどうとか、貴族の準備が半日でできるはずも無く。
シャルロットの提案をそのまま俺が文章に起こした書状を遣いの人に持ち帰ってもらい、俺もすぐに登城する事となる。
それからは、王城のメイドさんたちに頭の先から爪先の隅々まで綺麗にされ、なぜか俺にピッタリサイズの衣装が用意されていて、髪型を弄ったりなどし、あれよあれよという間に準備が整っていく。
気付けば、俺は完全に貴族スタイルの装いとなっており、そのままパーティー会場に乗り込むだけの状況となっていたわけだ。
「確信犯、だろうな」
計画そのものは、恐らく陛下たちの方で温められていたのだろう。
ただ、徹底的に俺たちには知らされていなかった。
シャルロットも独自の情報網を持っているようだが、彼女のそれにも引っ掛からなかったし、さすがは王家の人材力、というべきかもしれないな。
当然、主役として陛下から華々しい表彰をされ、集まった貴族たちから、見世物のような興味本位の視線やら、感じた覚えのあるやっかみの視線、あるいは貴族という物件として品定めするような視線。
そういった種々様々な視線に晒されて、俺は開始早々で帰りたくなった。
とはいえ、それが許されない立場なのは間違い無く、ましてや陛下の力を借りてパーティーに出席している以上、それ相応の立ち振る舞いが要求されるのだ。
陛下の宣言でパーティーが始まった瞬間に、俺の元には挨拶にきた貴族がずらりと行列を作ったので、とりあえずメシにありつけるのは当分先そうだな、と現実逃避をしつつ、顔に完璧な笑顔を貼り付けて応対していく。
「おめでとうございます、リベルヤ子爵。直接お会いするのは初めてですが、お噂はかねがね。私はコモン・ニュフェス。同じ子爵でございます」
「こんな新参者をご存じいただけているとは、大変光栄でございます」
俺の元に訪れる貴族たちは、概ね2通りの反応に分かれる。
若手の男爵や子爵といった新興に近い貴族たちは、比較的こちらに好意的で、縁を結ぼうとしている家が多かった。
「貴殿が噂のリベルヤ男爵か。まだ成人も終えておらぬ子供ではないか。このような催し、陛下の主催でなければオルドン伯爵家が来る必要もあるまいに」
「ご足労いただきまして誠にありがとうございます。この身は非才なれど、陛下の期待に応えられるよう、精進していく所存にございます」
反対に、歴史ある大家である高位貴族や、規模の大きい伯爵家などからは、爵位が年齢に合っていないと苦言を呈される事が多く、内心ではうるせーと思いつつも、当たり障りなく受け流していく。
ある意味、貴族という存在を象徴するかのような挨拶の嵐が終わったのは、パーティーが始まってからたっぷり1時間が経過した後だった。
おおよそ最低限の用事は済ませた、とばかりに仲のいい貴族と歓談したり、食事に勤しむ貴族も増え、俺もようやく席から移動できるようになったので、パーティー会場を歩いて時折料理を摘まみつつ、少し人の波から抜け出す。
ようやく一息、といったところだ。
「やあ、しばらくぶりだね。壮健そうで何よりだよ」
優しげだが、太く低い声が背後から投げかけられ、俺は聞き覚えのある声だっただろうか、と思いつつも背後を振り返る。
そこには、声こそ覚えていなかったものの、見覚えのあるダンディズムな男性が。
「これはアーミル侯爵。わざわざ私のような弱小貴族のパーティーにお越しいただいていたとは」
コルハード・アーミル侯爵だ。
確か、帝国方面の国境警備に回されていたはずだが、わざわざ俺のパーティーなんかのために戻ってきたわけではあるまい。
「たまたま陛下から呼び出しがかかって、王都に戻っていたものでね。明日には王都を発つのだけど、リベルヤ男爵……おっと、今はもう子爵だった。ずいぶんと早く子爵になったと思ってね。一言お祝いの声掛けでもしておこうかと思ったんだよ」
たまたま王都にいたのか。
それでも忙しいだろうに、わざわざ俺に時間を割いてくれたんだな。
前に見た時も物腰は柔らかいなと思っていたけど、こうして話してみるとかなり穏やかな人だ。
武門の人間であれば、どこかしら血の気の多さみたいなものを感じる事もあるけど、アーミル侯爵はそういう感じが無い。
隠すのが上手いのか、生来の穏やかさなのかは不明だが、少なくとも威圧感は皆無である。
「お忙しい中、ありがとうございます。国境の方はお変わりありませんか?」
「僕が離れられる程度には、落ち着いているね。帝国側も機は伺っていても、一枚岩じゃないようだから、すぐに攻めて来る様子はないかな。よほどの理由があれば、その限りではないかもしれないけれど、現状では静観していて問題無いと思う」
「そうですか。目先の脅威になり得る帝国が大人しくしてくれているのは、国の地盤を固め直している我が国としては助かりますね」
比較的当たり障りのない話題を振って、どことなくアーミル侯爵と付き合いがあるとアピールしてみれば、遠巻きにこちらを伺っている貴族たちは少し俺たちから距離を置いた。
さすがに国軍を司る立場の高位貴族と事を構えたくはないだろうし、少しの間はこの上無い虫除けになってくれそうだ。
「今回、僕が王都に呼び戻された件については、君が持ち帰った情報についての共有だった。もし、共同戦線を張る事があれば、その時はよろしくね」
虫除けになってくれそう、という俺の思惑とは裏腹に、アーミル侯爵は去り際に、ぼそりと俺の耳元で呟くと、そのまま貴族の波へと消えて行った。
陛下があの情報を話したという事は、アーミル侯爵は信頼できる人物という事で間違い無いだろう。
元より、闇奴隷商人に挑むとなれば、国境の封鎖などが必要になるだろうから、絶対に彼とは連携が必要になる。
そういう点では、現時点であちら側が比較的好意的な反応をしてくれているのはありがたい。
まだ続くこのパーティーだが、もう少し、貴族として頑張らないといけないな。
味方は多い方がいいし、もう少し頑張って愛想を振りまきに行きますかね。




