ワケあり4人目㉕
「この所、何かある度に倒れるのが恒例行事になっておるな」
「嫌な恒例行事ですが、否定はできないですね……」
俺が教国で意識を飛ばしてから半月程度。
夏も最盛期を迎えようとしている頃だ。
日常生活ができるようになるまで、えらく時間がかかった。
意識を取り戻したのは1週間ほど前だが、案の定、身体がボロボロだったので、今日まで病室暮らしである。
無論、カナエとジェーンにはお説教されたし、見舞いに来たシャルロットには泣かれた。
もはや恒例行事になりつつあるのは自分でもどうにかしたいな、と思うものの、そうしないといけない場面になるのだから仕方ない。
半ば開き直るように自分の心に言い聞かせ、今日は陛下と教国の件でお話である。
「まあよい。お前がフリスを守ってくれたおかげで、相当な物証を得られた。結論から言えば、これから周辺国と協力して国単位で教国に圧力をかける。少なくとも今の枢機卿や教皇には退場してもらい、各国に相応の賠償をしてもらう。そこまでは既定路線だ」
「汚職やら脅迫やら、えらく物証が出ましたもんね」
各国に派遣されている枢機卿を始めとした聖職者たちの汚職の補填だけでも、恐らく教国は数回潰れるくらいの額らしい。
とはいえ、額が額なだけに、一括で取り立てるのは不可能だし、それで国そのものを潰してしまえば、難民が増えて結果的に各国が負担を強いられる事になってしまう。
なので、これから向こう数十年は教国は各国に飼い殺しにされるそうな。
もちろん関係の無い人もいるのだろうけれど、上が無能でそれを良しとしたのだから、自業自得である。
「むしろ、国としての処遇よりも地下の施設で行われていた研究の方がよほど問題よな」
「まさか、ここで闇奴隷商が関わってくるとは思いませんでした」
教国が地下で研究していたのは、人工的に操れる魔物を生み出す研究だ。
強い魔物を人間の知能を移植する事で操ろうとする、というのが研究の主題であったらしく、俺たちが倒した腐肉スライムはその副産物であったらしい。
あんな化け物を量産された日には、周辺の大国に向けて侵略をする事も不可能ではなかっただろう。
当然、材料になる人間はたくさん必要になるので、そこで闇奴隷商が大きく関わっていたようだ。
全武器使いもその関係で教国に渡り、人体改造を施されたとの事。
フリスさんが回収してきた資料によれば、本能や強い感情による行動が中心となるため、知性は相当に落ちており、実質の失敗作であったらそうな。
そんでもって、研究所を守らせるついでに、負けたら証拠ごと侵入者と心中する、という使い捨ての駒だったらしいので、全武器使いが弱いと感じた俺の感覚も間違いではなかった模様。
「今回の件から、研究のノウハウは闇奴隷商にも伝わっていると見ていいだろう。実現するかはわからぬが、闇奴隷商に対し、各国で一丸となって協力体制を取れれば、と思っておる。もしかすると、お前に各国との調整役を頼むかもしれぬが、その時はよろしく頼むぞ」
「男爵なんかにそんな大役任せていいんですか」
各国との調整役なんて、面倒に決まってるでしょうが、と遠回しに抗議してみるものの、陛下はニヤリと笑みを浮かべるばかり。
「心配するな。今回の功績で子爵に昇爵する」
「そんなしれっと爵位を上げていいんですか」
「椅子はたくさん空いておるからな。望むなら、伯爵でも構わんが?」
「いえ、子爵で充分ですはい」
リアムルド王国だけに限らない、大事件の元になるような情報を事前に持ち帰ってきたのだ。
それ相応の報酬になるのは理解できるが、あまり高い爵位は面倒なだけなんだよなあ。
そんな思いでやんわりと昇爵をお断りしようとしたら、いっそ一足飛びに伯爵にしてやろう、と言われてしまっては、俺も素直に子爵への昇爵を受け入れねばならない。
確かに高位貴族が軒並み処された後だから、椅子が空きまくっているのも確かなのだが。
「そういえば、昇爵するに当たりまして、私からお祝いを贈らせていただきたいと考えています」
もう子爵への昇爵が確定事項であるからか、少し嬉しそうな雰囲気の王妃様が、俺へと一枚の書類を手渡してきた。
今日は珍しく、いつもの黒装束ではなくドレス姿で、正しく王妃としての姿だ。
もしかすると、これから何かしらの催しでもあるのかもしれない。
まさか、娘と婚約、なんて言い出さないよな、と少し不安になりながらも、王妃様から手渡された書類に目を通してみれば。
「特殊奴隷、フリスを譲渡する……?」
「ええ。爵位が上がればあなた自身が動けない事も多くなるでしょう。そんな時に影がいれば、いざという時の護衛にもなりますし、備えにもなります。フリスにはもう、教えられる事は全部教えましたし、あなたの影になるのは彼女たっての希望なのですよ」
ね、と王妃様が物陰の方に声をかければ、少し赤い顔をしたフリスさんが縮こまりながら姿を現す。
ケモミミがぺたんと寝ていて、俺に受け入れて貰えるかどうか、不安なのだろう。
顔が赤いのは、俺に仕えたい、という所を勝手に暴露されたからだろうか。
「ええと、フリスさんは俺でいいのかな?」
勝手に暴露された形ではあるものの、俺としては腕利きの人材が増えるのはありがたい限りだ。
あとは本人の意思に間違いが無いのであれば、この話を受けたいと思う。
「はい。あなたに仕えたいのです。主様」
顔が赤いままだったが、フリスさんは跪いて頭を下げつつ、俺の方に右手を差し出した。
受け入れてくれるのなら、この右手を取れ、という事なのだろう。
「わかった。それなら、これから俺に仕えてほしい」
差し出された右手を取り、グッと握ると、フリスさんは嬉しそうな表情で立ち上がる。
尻尾もぶんぶんと勢い良く暴れているので、とりあえず取り繕ってるとか、そういうのは無さそうだな。
「契約成立ですね」
王妃様から渡された奴隷名義の変更書類にサインをして手続きを終え、正式にフリスさんが俺に仕える事になった。
まさか、たかだか子爵で影を持つ事になるのは想定していなかったが、王妃様の免許皆伝という事だし、能力としては申し分ない。
フリスさんが俺に仕える気になった理由は良くわからんが、優秀な人材はいくらいたっていい。
子爵になる以上、これから間違いなく大変にはなるが、貴族間でのやり取りでは爵位があるならその方がいい事も増えるだろうし、一概にデメリットばかりでもないから、一長一短といったところか。
ともあれ、これからもどんどん人材を集めていかないとな。
俺の勢力の拡大に人材の確保が追い付いてないし。
幸い、使用人の方はもう目途が立って、陛下から借りた人材は返却できそうだし、一応は順調、といった所だろうな。
あとは俺のぶっ倒れ恒例行事が無くなれば、盤石だけど……。
この事に関してだけは、深く考えない方がいいだろう。
どうせ、無茶をしないといけない場面が来たら、俺はまた無茶をするだろうから。
祝!
ハイトくんが子爵になりました!(後日昇爵式)




