ワケあり0人目⑪
「ハイト、さっきは本当に助かった」
一度ハイオーガたちから距離を離し、走りながら退却していると、ギルバート氏がしみじみと呟いた。
まだ追手はいるが、まばらで散発的なので対処ができている。
俺の魔力も残り4分の1程度まで回復したので、この調子ならこの場を脱する事ができるだろう。
「いえ、間に合って良かったです」
言葉少なに無詠唱魔術を後ろに放つ。
俺の放った無属性の魔術が、追い付きかけていたハイオーガの足を撃ち、転倒させる。
片足をやられ、苦悶に呻くハイオーガの脳天を、ギルバート氏の大剣が間髪入れずにかち割った。
死線を共にしているからか、もはや言わずともお互いに動けるようになってしまって、A級冒険者の順応力の高さに驚く。
「馬車が見えたよー! あと少しー!」
少し先を走るリディアさんが言うように、視界の先には馬車が見えている。
既にカインさんが御者台に乗り込み、すぐにでも出せる状態だ。
あとは、俺たちが乗り込めばいいだけ。
「先は見えた! あとは乗り込めば……」
あと少し、という所で、背後から雄叫びが響く。
ハイオーガたちの群れが、急に速度を上げて迫り来る。
まるで、絶対に逃さんとでも言いたげだ。
「このままだと追い付かれるな……やむを得ないか」
「ギルバートさんだけ残る、なんて話は無しですよ?」
俺がギルバート氏の考えを読んだ発言をすると、彼はばつが悪そうにそっぽを向く。
「だが、現に追い付かれそうだ。それ以外に方法があるか?」
代案があるなら言ってみろ、とばかりにギルバート氏が凄むが、俺は迷い無く言い切る。
「俺の魔術で足止めできます。ただ、間違いなく魔力切れで気絶するので、気絶したら運んで下さると助かりますね」
あえて少し茶化すような言い方をしつつ、長短杖を長杖状態に変え、急いで魔力を練り上げていく。
茶化す余裕がある事で、一週回って俺の発言に嘘が無いと理解したのだろう。
ギルバート氏は、無言で頷く。
「さて……残りの魔力分、全部くれてやる。覚悟しとけよ……」
術式に魔力を配分しつつ、二つの上級魔術を並列構築する。
瞬間的にかかる脳味噌への負荷で、鼻と口と目から血が出た。
が、そんな事は気にも掛けず、二つの魔術をほぼ同時に起動。
「水平斬弧! と、岩城塞!」
僅かに先出しした魔術は、ただただ水平方向の馬鹿広い範囲を切り裂くだけの、無属性魔力のカッター。
残る魔力の半分を籠めたそれは、進路上のハイオーガたちをまるで豆腐のように真っ二つにしていく。
そして、残りもう半分の魔力を全ツッパして、僅かに遅れて起動したのは、広範囲に分厚い岩の壁を展開する魔術。
左右1kmずつに及ぶ範囲に、厚さ1m、高さ5mの岩壁を現出させた。
仮に壊すとしても、迂回するとしても、しばらくは時間を稼げるだろう。
馬車の足があれば、確実に安全圏まで逃れられるはず……。
あ、もうダメだ。
意識が保たん。
急に視界がブラックアウトし、ここで俺の意識は途切れた。
…
……
………
『魔術の才能があるというから家庭教師を付けたというのに……魔術学院の試験に落ちるとはどういう事だ!? 決して安くない金を出していたのだぞ!』
親父殿が怒鳴る声。
ああ、半年前の事だな、と他人事のように思い起こす。
こういうの、明晰夢って言うんだっけ。
あるいは、走馬灯なのかもしれない。
走馬灯なら、物心付いた辺りからじゃないのかよ、とツッコみたいところだが。
『この無能が!! 貴様の存在が王に知られていなければ、この場で殴ってやりたい所だ……!』
ハッ、王と知り合ったのはこっちの計画通りだっての。
それに、魔術の才もあって、武芸にも秀でた麒麟児だ、とか言って舞い上がったのは親父殿だろう。
公爵位という高い地位かつ、王家の血を引くあんたが、有能な子を持ったら自分が王になるって考える愚物なのは、物心付いた頃からよーく知ってる。
だからこそ、生前の知識から何から、総動員してそうなるように仕向けた。
案の定、お前は俺を王に見せびらかしただろう。
むしろ、想像以上に鼻高々だったのは、最高にピエロだったぜ。
『貴様のような無能に、公爵家を名乗る資格は無い! 王の口出しが無ければ、奴隷として売り出して損失を少しでも回収できたのに……ええい、無能共が鬱陶しい! おい、こいつを部屋に閉じ込めておけ! 正式に追放するまでな!』
………
……
…
「……生きてる、か」
意識を取り戻したはいいものの、見覚えの無い場所だ。
ベッドに仰向けに寝かされた状態で見えるのは、石造りの天井で、部屋の中が少し消毒液くさい気がする。
ゆっくりと上半身を起こそうとしてみれば、身体が軋み、全身を針で刺すような痛みに、悶えそうになった。
「こりゃ、身体がボロボロだな……まあ、無理も無いか。あれだけ連続で高負荷の魔戦技と魔術を連発してたしな」
身体を起こす事を諦め、フィティルの面々は無事だろうか、と考えを巡らせる。
いや、無事なはずだ。
でなければ、俺がこうしてどこかの施設のような場所に担ぎ込まれている説明が付かない。
「お、荷物は無事だな」
ゆっくりであれば首は動かせたので、ベッドに寝転がったまま、左右に首を巡らせてみれば、ベッドの傍らに俺の荷物と装備があった。
長短杖も最後に使った長杖状態のまま、壊れたりもしていない。
多少地面に転がったりはしたらしい、若干の汚れはあったが、後で拭けば綺麗になるだろう。
「おや、お目覚めですか」
部屋の扉が開く音がして、聞き覚えの無い男の声がした。
穏やかそうな声で、カツカツと靴の音がこちらに近付いてくる。
やがて、中肉中背の、ギルド制服に白衣を羽織った男が視界に入り、ここがギルドの医務室なのだと把握。
恐らく、あれから逃げ帰ったギルバート氏たちが運び込んでくれたのだろう。
「全く、ここまで身体の内側がズタズタの状態で運び込まれた患者は初めてですよ」
男は呆れた表情で俺を見下ろしながら、俺の額に手を当て、熱は無いですね、と呟く。
「俺は一体どのくらいここに?」
「運び込まれて2日目です。とりあえずは意識が戻って良かったです」
あれから2日か。
フィティルの面々は、一体どうしているだろう。
方々への報告だ何だでてんてこ舞いしてそうなのは想像に難くないが。
「今日はもう夜ですから、このまま寝て下さい。意識もハッキリしているようですし、明日はフィティルの方々が面会に来るでしょう。色々と確認したい事もあると伺っていますから」
「わかりました」
男のいう事に素直に頷き、俺は目を閉じる。
散々寝ていたはずなのに、やはり身体は回復していないのだろう。
すぐに眠気がやってきて、再び俺は意識を手放した。