ワケあり4人目㉒
あともう1回か2回くらい、フリスさん視点が続きます。
「それでは、カナエさんとジェーンさんで手分けして素材を集めてきて下さい。私は調合の準備をしておきます。シスターオルフェはリベルヤ男爵の容態を看ていて下さい」
必要な素材をメモに書いてカナエさんとジェーンさんへ渡し、シスターオルフェにはリベルヤ男爵に付いていてもらうように指示を出し、各々散ってめいめいの作業へ移りました。
私も必要な準備をしておかないといけませんね。
「……フリスさん、なぜハイトさんの治療に毒を用いようと?」
調合に必要な準備をしていると、少し控えめながらも、シスターオルフェから声がかかりました。
その声には困惑の色が濃いです。
「これでも、そこそこ情報通なんですよ、私。知っているリベルヤ男爵の情報を精査したら、今の状況を打開できそうな選択肢が1つしかなかった、というだけです」
「だったら、それを説明すれば良かったのでは?」
準備の手を止めずに、投げかけられた疑問に答えれば、もっとわかりやすい理由を付けてくれれば、賛成もしやすかったのに、と彼女は呟く。
「私の知る情報は、一般的にまず知れないものも含まれていますからね。迂闊に表に出せないんですよ。シスターオルフェも余計な情報を知って、消されたくないでしょう?」
半分は冗談で、微笑みを浮かべながら彼女を脅してみれば、青い顔で首を縦に振った。
これは少々やりすぎたかもしれません。
「まあ、消される云々は冗談ですが、おいそれと情報を出せないのは本当です。立場的に、私は色々と機密に触れる機会が多いので。どちらかと言えば、何かあった時に消されるのは私ですかね」
影の裏切りは命をもって償いとなる。
それが、故意にしろ過失にしろ、どれだけ些細なものであったとしても。
「……どうして、フリスさんはそんなお仕事を?」
戸惑いを隠せない声で、シスターオルフェはそう問うてきた。
どうしてこの仕事をしているか、ときましたか。
確かに、普通の人からしたら、そういう風に感じるものなのかもしれないですね。
「実は私、これしか生き方を知らないんですよ。師匠から才能を見出されて、たまたま拾われたのですが、なにぶん幼い頃でしたので、あまり分別も付いていませんでしたし」
今になって考えれば、師匠の教育はもう、厳しいなんてものではなかったですが、それでも使い潰すようなものではなく、ちゃんと私の体調や精神状況は考慮してくれていました。
もしかすると、師匠は師匠なりに私に愛情を持ってくれているのかもしれませんね。
今回の件が初めての実戦ですし、そう考えると一人前として認められるまで、長かったです。
10年とまでは言いませんが、かなり長い期間を厳しい修行に費やしたわけですし。
もしかすると、師匠に拾われなかったら、もっと他の仕事をしていた世界線もあるのかもしれませんが。
「苦労されてきたのですね。辛いとは思わなかったですか?」
瞬間的に辛いと思った事は何度もありました。
それ以上に、当時は両親に捨てられた絶望感でいっぱいでしたので、感覚が麻痺していたのでしょうけど。
ただただ、師匠から課せられた訓練が肉体的に辛いと思った程度ですね。
そもそも、命の危険があるような訓練ばかりでしたし、達成できなければ死ぬと思っていました。
ただ、今になって良く考えてみれば、訓練の時は必ず師匠は側にいましたし、何かあっても助けられる状態にはしていたのだろうと思います。
きっと、当時の私は放っておけば精神的に壊れてしまったでしょうから、厳しい訓練を課す事で、余計な思考をさせない方がいいだろうという、師匠なりの愛なのかもしれないですね。
「訓練が肉体的に辛いとは思った瞬間はありますが、精神的に辛いと思った事は無いですね。師匠は厳しかったですが、絶対にできない事をやらせようとはしませんでしたから。でも、それで言うとシスターオルフェも苦労はされているのでは?」
彼女について、私はあまり情報を持っていない。
把握しているのは、貧民街出身の孤児で、竜然教の孤児院で育った、という事くらいなものですね。
「確かに私は孤児ではあります。決して裕福と言える環境ではなかったですが、それでも孤児の仲間たちがいて、神父様がいて、犯罪を犯すほど生活に困る事も無くて、孤児としては恵まれている部類だと思いますよ」
「孤児が生活に困って犯罪に手を染めるのは、珍しい事ではないですからね。しかし、なぜシスターに?」
なんとなく、彼女の人となりに興味が湧いたので、話をシスターオルフェに向けてみれば、彼女は少し考えるような素振りをしてから、ぽつぽつと語り始める。
「1つは神父様の元で育った影響かと思います。神父様はかなり敬虔な竜然教徒ですから。私自身には、そこまでの信仰心があるわけではないですが、気付けば生活に自然と竜然教の教えが根付いていました。だからこそ、シスターになる事には抵抗もありませんでしたし、むしろ自然な事でしたね。もう1つは、仲間の孤児たちを守りたかったからです。両親がいなくて辛い時期を一緒に乗り越えた仲間たちですから、それこそ全員が家族のようなものですし」
そう語るシスターオルフェの表情は、僅かながら恥ずかしそうでした。
あまり自分の過去を語る機会は無かったのでしょう。
ですが、年齢を考えれば、かなり大人びた考えなのは確かです。
精神的な年齢と実年齢が乖離しているのは私も人の事は言えないですが。
「ただ、シスターになるに当たって、言葉遣いを直すのには苦労しましたね。孤児という事で、まともな教育は受けていませんから。簡単な計算や文字の読み書きは神父様が教えてくれましたが、礼儀作法といった分野にはそれほど明るくなかったようです。実際、ある程度大きくなってから、シスターになりたいと神父様に話した時には、頭を抱えられました。今でこそ、それなりには丁寧に喋れていますが、元は孤児の中でも相当にやんちゃな子でしたし、言葉遣いも汚かったですから」
「さっきも包帯を口にぶち込みますよ、なんて言ってましたしね。戦闘中も気分が昂ると言葉遣いが元に戻っている時がありますし」
「あれに関してはお恥ずかしい限りで……」
最初こそ少し重かった雰囲気も、かなり打ち解けたものとなったでしょうか。
こうして彼女の経緯を聞いていると、環境の割には真っ直ぐに育ったのではないかな、と思います。
私なんてロクな女じゃないですが。
「材料、集めてきたぜ」
「全部揃った」
準備をしながらシスターオルフェと雑談に興じているうちに、材料集めに出ていたカナエさんとジェーンさんが戻ってきましたね。
さて、あとは私が毒を調合するだけです。
「……うん、全部揃っていますね。品質も問題無いです。それでは、これから調合をしますが、絶対に作っている所を覗かないように。製法を知られたら、漏れなくその人物を消さないといけなくなりますので」
笑顔と殺気でお三方を脅してから、私は受け取った材料ともども馬車の中へ。
わざわざ脅すまでもないとは思いましたが、作る物が物なので、念には念をというやつですね。
さて、それではちゃちゃっと作ってしまいましょうか。
リベルヤ男爵を助けるために。




