ワケあり4人目⑳
『混ざりものじゃないか。縁起の悪い』
『災いをもたらす前に殺してしまえ』
『お前らができないのなら、我々がやる』
私が、生まれて物心が付いたくらいの頃。
両親の特徴を等しく半分ずつ受け継いだ身体を見て、周囲の人々は気味悪がった。
最初のうちは、ただ気味悪がるだけだったけれど、村に飢饉が起こったり、夜盗に襲われたりすると、私のせいだと言うようになった。
誰が言い出したのかは知らない。
幼いながらに理解できたのは、自分が酷く疎まれている、という事だけ。
こんな殆ど忘れかけていたような記憶を思い出すなんて、いよいよ死んで走馬灯を見ているのかも。
敵地の深くに侵入して、引き時を間違えて死ぬ。
判断を間違えた影の、妥当な末路だろう。
『フリス、ごめんな。俺たちの力では、お前を守れない』
『あなたを奴隷として売るしかない私たちを、許してとは言わない。でも、これだけは忘れないで。あなたは望まれて生まれてきたの。決して忌み子なんかじゃないし、不幸を呼ぶ存在じゃない。きっと、あなたの事を大事にしてくれる人がいる。その時まで、辛いだろうけど耐えるのよ』
……忘れていた。
今際の際になって、自分が奴隷として売られた時の事を思い出す。
両親は、自分たちで私を守る事ができないから、最低限でも命を保証してくれる奴隷として売るしかなかった。
無理に村で匿おうとしていたら、いつか私や両親は殺されていたかもしれない。
あの時は、両親に捨てられたと思っていたから、最後の両親の言葉を記憶から消し去ってしまっていた。
今ならわかる。
両親ができる限りの手を尽くして、私を手放さずに済むように努力したけど、無理だった。
笑顔で私を送り出そうとしているのに、悔しさの滲んだ、言い表しようのない表情で。
当時は、ただ単に私の事が邪魔だったんだろう、としか思っていなかったけれど、こうして今になって思い出してみれば、両親の心情がよくわかる。
妙にクリアな記憶なのも、より走馬灯らしい。
『よろしくお願いします。あまりにカッコイイ見た目でしたので、見惚れてしまいました』
今度は何を思い出すのだろう、と考えていたら、一気につい最近の出来事まで飛んだ。
初めてリベルヤ男爵とお会いした時だ。
最初は、努めて冷静にしていたのだろう。
最初の挨拶は、貴族らしいおべっかだろうと思っていたけれど。
『その、興味本位で聞くので気分を害したならすみませんが、その手首の付け根辺りの部分って、動かせるんですか?』
1回目の質問の時は、冷静に表情を取り繕おう、という努力は見て取れたが、隠しきれないワクワク顔だった。
まさかな、なんて思ったものの、貴族は演じる事が上手い。
今までの来歴もあって、きっとリベルヤ男爵は演技が相当に上手いのだろう、と希望を持たないように意識した。
『ありがとうございます! 本当にカッコいいですね! それって戦闘にも使えるんですか!?』
2回目の質問の時は、もう取り繕う事を忘れて、年相応どころか、真に少年のようなワクワク顔で興奮を隠しきれていなかった。
忌避感のきの字もないくらい、純粋に私の事がカッコいいと思っているのが伝わってきて、私は戸惑った表情で、照れを隠すのが精一杯だった。
あんなに心が温かくなったのは、いつ以来……いや、初めてかもしれない。
今この瞬間こそ、両親の思いや昔の記憶を思い出したから、色々と整理が付いているけれど、両親に奴隷として売られた日から、私は感情を殺して生きてきた。
そうするのが、処世術なのだと、思っていた。
『死ネ! 侵入者は、逃がサねエ!』
油断はしていなかった、はずだった。
それでも、決定的な証拠を確保できて、ほんの一瞬だけ、警戒が緩んだのだろう。
死角から音も無く飛来した剣に私は気付けず、背中から腹部にかけてを貫かれて、咄嗟に逃げようとした時には、足を斬り付けられていて、もうどうにもできなかった。
私が逃げられないと判断したのか、異形の両腕を得た全武器使いは、興味を失ったようにとどめを刺す事をしなかったけれど、その隙にどうにかして逃げようと、身体の向きを変えた瞬間、凄まじい反応で私の胸元を斬り付けた。
その際に、偶然にもリベルヤ男爵から貰った、あの石ころが斬撃を受けてくれたため、致命傷は免れたけれど、最初に剣で貫かれた傷が深く、どのみち血が止まらない。
ああ、このまま動けずに死ぬんだな、と半ば生きる事を諦めて、身体から熱が失われていくのに任せていたら。
彼は来た。
相当な無茶をしたのだろう、というのは何となくわかった。
その時は止まっていたけれど、両目と鼻、口元に出血した跡があったから。
恐らくは、シスターオルフェの治療で何とか保たせていたのだろう。
『あいつは前に一回倒した相手です。心配いりませんよ』
最後に聞いたのは、自信満々に見える、リベルヤ男爵の言葉。
それっきり、私は意識を失った。
ああ、死ぬとしても、最期に一言だけでもお礼くらいは言いたかったですね。
私に、最初で最後の希望をくれた、あの人に。
願わくば、許されるのなら、奇跡的に一命を取り留めたのなら、あのお方の影として、生涯を捧げよう。
「……私、生きていたんですね」
急に浮上した意識。
仰向けに寝かされていたのか、見上げるのは見覚えのある天井。
リベルヤ男爵の馬車の座席だ。
血を失ったせいか、意識が朦朧としている所がある。
多分、大人しく寝ていないといけない。
「……が! 血が止まりません! このままでは失血死してしまいます!」
悲鳴のようなシスターオルフェの声が聞こえてきて、大人しく寝ていようか、と思った意識が急激に浮上。
怠く、重い身体を無理矢理起こし、馬車を降りる。
声の近さからして、そう遠くない位置のはず。
力の入らない身体に鞭を打って、どうにか馬車の扉を開け、よろめきそうになりながら馬車を降りてみれば、焚き火の傍に作られた簡易ベッドにリベルヤ男爵が寝かされており、その周囲を囲むようにシスターオルフェ、カナエさん、ジェーンさんがいた。
当然、馬車から降りてきた私に3人の視線が向くものの、即座にその視線はリベルヤ男爵へと戻される。
今この場で見える状況では、寝かされているリベルヤ男爵は意識が無く、全身から緩やかではあるものの出血中。
カナエさんとジェーンさんが必死に止血を試みているものの、結果は芳しくない。
シスターオルフェが祈術で治療を試みているものの、こちらも効果は芳しくないようで、どうやら術の効果が弾かれてしまっているようだ。
「ハイト! ふんばれ! ここで死ぬようなタマじゃねえだろ!?」
「オルフェ、どうにかならないの?」
「できたらどうにかしているに決まっているでしょう! 集中の邪魔をするなら包帯を口にぶち込みますよ!?」
3人が3人とも、完全に焦っているようで、このままでは有効な手段も見つからないでしょうに。
どうにかして、落ち着いてもらわないと。
鈍痛の残る頭を回転させながら、よたよたと彼女たちの近くに歩いていく。
この時ばかりは、思うようにならないこの身体が恨めしいですね。
むしろ、一命を取り留めただけ儲けものなんですけど。
今回はフリスさん視点でした。
前回、妙にアッサリと全武器使いさんが退場していますが、その辺りは後に話が出てきますので、その時までお待ち頂ければと。




