ワケあり4人目⑲
「リベルヤ男爵、逃げ、て……」
足元のフリスさんから、弱々しいながらも声ががかかる。
まだ生きてるな。
だったら、助けようもあるはずだ。
「あいつは前に一回倒した相手です。心配いりませんよ」
彼女を安心させるように、小さな声で囁く。
そもそも、彼女の事だから真相を含めて全武器使いの顛末は知っていそうな気もするが。
「オルフェさん、フリスさんを頼みます。あいつは俺が」
後ろを確認しながら戦える相手ではないため、オルフェさんに声をかけるだけかけ、俺は一気に全武器使いに向かって踏み込む。
そこそこ広い室内ゆえに、剣を振り回すスペースは問題なくある。
あとは、全武器使いの攻撃を捌きつつ、ヤツを倒すだけだ。
言葉にすれば簡単なのだが、それを実行するのは難しい。
とはいえ、やらなければやられるのだから、やるしかないというだけの話。
「クソガキがァ! 今日こソぶッ殺シテやルぜえ!」
唸りを上げて真っ直ぐに飛来する剣、回転しながら上から降ってくる斧、そして全武器使い本体が握る大剣。
なぜか武器が3つしかないようだが、それがこちらにプラスに働くかは未知数。
数が少ない分、操作や動きが良くなるかもしれないし、関係ないかもしれない。
とはいえ、前に比べて圧倒的に手数は減っているし、対応もしやすいのは確かだ。
そんな分析をしながら、剣を弾き返しつつ、上から降ってきた斧を躱す。
「束縛の岩」
床にめり込んだ斧に対し、岩を使った拘束魔術で動きを固めてみる。
すると、ガタガタと暴れるように動こうとはするものの、どうにか動きを止められた。
「てメえ、何しやガる!」
斧の動きを止められた事が気に障ったのか、激昂した全武器使いがこちらに距離を詰め、大剣を振り下ろしてくる。
避けるのは造作もないが、そうすれば岩が大剣で破壊され、せっかく動きを止めた斧が開放されてしまう。
「岩の壁」
咄嗟に魔術で床から岩の壁をせり上がらせ、それで大剣の勢いを殺ぎつつ、ルナスヴェートで受け止めれば、結構重たい感触はあったものの、どうにか受け止められた。
そこからすぐに岩の壁を解除し、受け止めた大剣を横に流せば、俺という目標を逸れた大剣が床を叩き割っていく。
「小癪ナあ、ガキめ!」
大剣の振り下ろしの後隙を埋めるように剣が飛来したので、それを全武器使いに向けて弾き返してやれば、剣は見事に全武器使いの脳天に突き刺さる。
あれ、なんかこいつ弱くないか?
「アが……俺、サまが、こんな、ガキに……」
脳天に剣が突き刺さっても、まだ意識がある事に驚いたが、とにかく全武器使いは仰向けに倒れた。
しばし警戒するものの、起き上がるような気配はない。
呼吸の動きも止まったので、恐らくは死んだのだろう。
念のため、警戒は怠らないようにしつつ、少し意識を背後にいるはずのオルフェさんたちに移す。
「……フリスさんは無事に治療できました。ただ、失った血が多いようですし、意識は戻られていません」
「とりあえず、ここから出よう……ッ!?」
このままこの場に留まる理由もない、と思った所で、地下施設全体が大きく揺れる。
同時に、部屋の入口と出口が崩壊し、閉じ込められてしまう。
「まさか、全武器使いが負けたら崩壊する仕組みか!?」
ハッとして、倒れている全武器使いの方に向き直れば、ヤツの胸元の辺りから、微妙に魔力が漏れ出ている事に気付く。
くそ、油断した!
「ハイトさん、出口が崩落しています!」
「このままじゃ生き埋めだな……」
激しい揺れで転ばないよう意識しつつ、次々と崩落していく部屋内を見る。
このままでは生き埋めになるのは時間の問題。
どうしたものか、と考えようとした所で、全武器使いの死体から漏れ出る魔力が強まっている事に気付く。
これ、もっとマズイな。
「生体爆弾かよ! 趣味悪いな!」
地下施設を崩壊させるだけではなく、爆破処理する事で証拠諸共侵入者を吹き飛ばしてしまおう、って事なんだろう。
確かに崩落させるだけなら、内部の瓦礫を撤去すれば中を確認できなくもない。
自分たちに都合の悪いものは、全部まとめて爆破してしまえ、という事だ。
「ど、どうしましょう……逃げ場もありませんし」
「どうするもこうするも、何とか脱出するしかない」
もう状況が詰んでいる、と思っているのか、オルフェさんはオロオロと周囲を見渡している。
そんな事をしたところで、周囲がどんどん崩落していくのが見えるだけなのだが。
とはいえ、普通ならこの状況は詰みだろう。
「まあ、どっちにしろ無茶はしてるし、また数日寝込むハメにはなるだろうが……命よりは軽い」
また護衛二人に文句を言われ、シャルロットに泣かれるだろうな、と自嘲の笑みを浮かべてしまうものの、やるしかない状況なので仕方ない。
うん、俺は悪くないよ。
だって、無茶でもなんでもやらなきゃ生き残れないんだからさ。
精神的な言い訳をしたところで、俺はこの状況を脱するために術式を組み、魔力を練る。
こんな状況でも、俺たちが助かるために知る魔術はただ一つ。
本当はこれ、使いたくないんだけどな。
後でオルフェさんとフリスさんには口止めしとかないと。
「次元の穴」
発動させた魔術は、今の俺に残るほぼ全ての魔力を喰らい尽くし、小さな次元の穴を開く。
その先は、俺たちが乗ってきた馬車内だ。
色々と馬車には仕込みをしていたが、これをこんなに早く使うハメになるとはな。
混濁しかかっている意識に鞭を打ちながら、フリスさんを抱え上げ、次元の穴を潜る。
俺の後に続いて、オルフェさんも次元の穴を通り抜けて、無事に馬車内へと退避できた所で、次元の穴が閉じる。
よし、これで3人とも生還できたな。
「それじゃオルフェさん、後は任せた」
全身の至る所の血管が千切れるような感覚と共に、俺は意識を失った。
きっと、両目や口、鼻だけではなく、全身から出血した事だろう。
そんな益体も無い事を考えながら。




