ワケあり4人目⑯
「こりゃ属性がどうこうじゃなさそうだ」
ずりずりとこちらに向かってくる腐肉の集合体に向け、あらゆる属性の魔術や祈術、ジェーンの特大剣の砲口から放たれる属性砲撃等を試した所、どれも有効打にすらならない。
黒光りする装甲は、物理、魔術を問わずに殆ど全てを無力化してしまうようだ。
あるいは、再生能力が高くて、装甲で軽減したダメージを瞬く間に回復しているか。
いずれにしろ、現状での攻略手段は有効打にならない。
カナエのイカレたパワーなら装甲ごと叩き割れるかもしれないが、できれば近接戦闘は避けたいな。
「とりあえず、あいつを便宜上腐肉スライムと呼ぶ。現状の攻撃手段じゃ有効打にならないから、少し近付いて相手の反応を見るぞ。俺が先行して……」
「当主が先行してどうするこのスカタン」
みんなは後からついてきてくれ、と言いかけた所に、ジェーンからツッコミという名目で後頭部をはたかれる。
少なくとも、俺が一番対応幅が広いんだから、不透明な状況を請け負う方がいいだろうに。
「ちったあ立場ってモンを考えろってんだ。もしそれでお前に何かあったら、あたしらは路頭に迷うし、護衛のクセに主人を守れなかった無能扱いされんだぞ」
「何でも自分でやろうとするの、ハイトの悪い癖」
自覚はあるだけに、ジェーンとカナエのツッコミにぐうの音も出ない。
とはいえ、部下だけを危険な目に合わせるわけにもいかないんだよな、と思ってしまうのは、俺が平和ボケなのか、ただただ傲慢なのか。
「もうちょいあたしらの事、信用してくれてもいいんじゃねえの? まあ、お前があたしらの事を心配してくれてるのも、わかっちゃいるけどよ」
少し呆れたようでありながら、恥ずかしい事を言っていると思っているのか、ジェーンの耳が少し赤い。
とりあえず、俺もいい加減、貴族家の当主という立場に慣れないといけない、という事か。
「すまん。とりあえず、カナエとジェーンで接敵してくれ。ただ、何をしてくるかわからないから、とにかく回避を優先するように。オルフェさんは二人に何かの補助を」
改めて指示を出し直すと、オルフェさんが不思議そうな表情で俺たちを見ている。
多分、俺が貴族家の当主っぽくないと思ってるんだろうなあ。
「それでは、僭越ながら補助の祈術をかけますね」
「おう、頼むぜ」
これから補助をかける、という事で、オルフェさんの左手に魔力が集まる。
祈術はあまり学んでないから、こうして本格的な戦闘で祈術を見るのは新鮮だな。
「竜王への誓い」
オルフェさんを中心に、周囲を祈術の光が円形に走り抜けた。
すぐに身体に力が漲り、今のが効果範囲内の味方を強化する類の術なのだろう、とあたりを付ける。
「拒絶の雷」
続けざまに発動した祈術は、俺たちの身体に小さく雷を宿らせるものだ。
名前からして、あの腐肉スライムにくっつかれた時の保険だろう。
「とりあえず、全身体能力強化と密着拒否の術をかけました。様子を見ながら、必要そうな補助があれば追加でかけます」
「助かる」
能力強化系の魔術もあるにはあるが、やはり祈術の方が上昇幅が高いな。
それに、魔術は他人にかけるのが難しい上に効果が著しく低下するし、やはり祈術使いはパーティーに1人いると安定感が大きそうだ。
他の祈術使いを見た事が無いので、オルフェさんの腕前が高いかどうかは判別できないが、少なくとも詠唱せずの高速発動が可能な所を見る限り、平均以上の腕前ではないだろうか。
「そんじゃ、一当てすっか! カナエ、フォロー頼むぜ!」
「任せて」
ジェーンを先頭に、カナエが後に続く。
素早く腐肉スライムに肉薄したジェーンは、その勢いのままに特大剣を叩きつける。
腐肉が飛び散るか、と思っていたら、ちょうど特大剣を防ぐように装甲が盛り上がり、ジェーンの一撃を受け止めた。
重い金属音が響くも、そこまで全力を篭めていたようではないらしく、ジェーンはすぐに後ろに飛び退く。
「むん」
ジェーンが飛び退いたスペースに、素早くカナエが入り込み、大盾は背中に背負った状態で、両手で握った重力の大鎚斧を振り下ろす。
空気が震え、地面が揺れるほどの一撃。
両手で力を篭めているものの、戦技ですらない攻撃なのがまた凄まじい。
その威力を物語るように、土煙が周囲に巻き上がる。
すぐに土煙から二人が飛び出してきたが、表情からして手応えは芳しくなさそうだ。
「どうだ?」
何となく、返事はわかっていたが、それでも聞いてしまった。
「ダメだ。あの装甲はあたしじゃ抜けねえ」
「私もダメ」
ジェーンとカナエの連続攻撃で抜けない装甲とは、これまたとんでもないな。
少なくとも物理攻撃は無効化されているのではなかろうか。
というか、やはり何かしらの条件で弱点を露出させないとダメなパターンっぽい。
いっそ撤退?
少なくとも、移動はすっとろい。
逃げるだけなら簡単なはずだ。
「……いや、そういうわけにもいかないか」
仮に俺たちが退いたとして、すぐにギルドに情報共有できるわけじゃない。
その間に、あの腐肉スライムに挑む冒険者や、何も知らない一般人が犠牲になるかもしれない。
退却するにしても、もっと情報収集ができるはずだ。
弱点を露出させるとして、一体どうやってやるか。
一番わかりやすいのは、捕食の瞬間が無防備になるという生物は多い。
あの腐肉スライムがそれに当てはまるかどうかは別にして、可能性で考えるのなら一番あり得るか。
とはいえ、そうなると少なくとも誰かが食われる係を担当しないといけないし、もし取り込まれたら一瞬で終わり、という可能性もある。
さすがにそんな博打を打つわけにはいかないな。
「っ!? 何か来る!」
珍しく、大声を上げたカナエが、俺たちを庇うように大盾を構える。
その直後、重い金属音が響く。
カナエの大盾を、何かが強かに打った音だ。
その低い音からして、相当な質量の一撃だろう。
「大丈夫か!?」
「平気。多分、向こうは攻撃態勢に入った」
うぞうぞと蠢いている様子が見て取れたが、あの腐肉スライムが一体何をしたのか、前にカナエがいたので見えなかった。
見えたとすれば、防御したカナエか近くのジェーンだろう。
「一体何の攻撃だ?」
「多分、あの装甲を槍みてえにして突き出したな。殆ど一瞬だったが。あの硬さの装甲と同じ材質の槍と考えたら、生身は一発で穴空きだろうな」
しれっと恐ろしい発言をしつつ、ジェーンは腰を低く落とす。
グッと力を溜めてバネを作っている辺り、飛び出すタイミングを見計らっているのだろう。
「カナエ、次はあたしにやらせてくれ。試してえ事がある」
「ん、了解」
最前列にいたカナエが少し後ろに下がり、ジェーンが最前列となる。
下がったカナエはカナエで、何かあったらすぐにフォローできる立ち位置に陣取っている辺り、二人の息もかなり合ってるな。
いつの間にここまで連携を深めていたのやら。
「そこ、だあっ!!」
溜めていたバネを使って、ジェーンが特大剣を掬い上げるように降り抜くと、先ほどと違って高めの金属音が響く。
はっきり言って、腐肉スライムの初撃は俺の動体視力で捉えられなかったが、その後の展開はかろうじて見えた。
ジェーンが振り上げた特大剣と、腐肉スライムの槍がぶつかり合い、真っ直ぐに突き出されていた槍の一撃は、上にかち上げられたのだ。
そのまま、腐肉スライムは後ろにひっくり返り、もぞもぞと動いている。
これはチャンスかもしれない。
俺は即座に双曲剣を弓の形にして持ち替え、一矢を射放つ。
その一矢は吸い込まれるようにして、腐肉スライムの裏側へと突き刺さった。
「螺旋徹甲砲・スパイラルブラスト!」
続いて、ジェーンが特大剣の仕掛けを展開させつつ、剣先を腐肉スライムに向け、魔力の砲撃を撃ち出す。
その名の通り、ドリルのような形の魔力弾が、腐肉スライム裏側のド真ん中に命中し、その肉体を抉っていく。
ビチャビチャと濁った体液が飛び散り、腐肉スライムもそれを嫌がるようにもぞもぞと動いている。
どうやら、裏面が弱点らしいな。
攻撃が通る方法さえわかれば、こっちのものだ。




