ワケあり4人目⑮
「霧が来る……ね。なるほど、風も無いのにこっちに向かってくるのは、間違いなく何らかの意思がある」
サンクリドを経ってから3日。
予定通りに、件の魔物の活動域に入った俺たちの元に、不自然な白い霧が姿を現した。
風も無く、ましてや霧が出るような気候でもないのに、まるで意思があるかのように、俺たちの方に霧がゆっくりと近付いてくる。
「霧に入ったら即アウト、なんて鬼畜難易度じゃなきゃいいが」
何かのアニメだっただろうか。
はっきりと覚えているわけではないが、凄まじい酸の霧が一つの町を壊滅させた、なんて話を見た事がある。
創作上の話ではあるものの、苦しみながら全身を溶かされる人たちを見るのは、なかなかに精神にクるものがあったな。
とはいえ、下手に触れたり吸い込んだりしない方がいいのは、明らかと言わざるを得ないだろう。
「突貫爆風!」
魔術で強烈な突風を、霧に向けて放つ。
霧は特に抵抗も無く、霧散していく。
視界はクリアになったが、その中には何もいない。
「あん? 何もいねえじゃねえか」
臨戦態勢だったジェーンが、拍子抜けだと言わんばかりに、特大剣を地面に下ろす。
ただのめくらましでしかなかったのか、それ以外の何かがあるのか、咄嗟に判断は付かないものの、油断していい状況でないのだけは確かか。
「……何か来る」
ぼそりと、カナエが一言つぶやくと、微かに何かを引き摺るような音が聞こえ始めた。
まるで、巨体を引き摺っているような、そんな音だ。
5分ほど経って、その音の主が視認できたが、かなり嫌悪感を覚える風体である。
「……何ともおぞましい」
思わずオルフェさんが顔をしかめるほど、姿を見せたものは醜悪で、何とも形容しがたい。
白い霧を背中から吹き出しながら、ずりずりと地面を這いずるその姿から、まさしく霧の原因なのが明らかである。
どのような姿かと言えば、一言で表すのならスライムのような不定形の魔物だろう。
だが、その体は明らかに普通ではない。
ヤツが這いずった後には、血のように赤い跡が残り、体の所々から、骨のようなものが突き出している。
肥大化した腐肉の集合体、とでも言えばいいだろうか。
半ばヘドロのようにも見えるが、とりあえず近くに来たら臭いがヤバそう。
「……なあ、どう考えても近寄りたくない相手だな?」
「多分、近付いたら取り込まれるだろうな」
どう見ても触りたくない見た目の相手だ。
そして肥大化した腐肉の集合体、という事はすなわち、今までの犠牲者を全て取り込んで出来上がったものが、アレなのだろう。
どういう原理で動いているのかもわからないし、そもそもあのような魔物情報など、聞いた事も無い。
まだそこそこ距離は離れているが、近付かれる前に魔術で焼いてしまうのが手っ取り早いだろうか。
「試しに魔術で先制してみる。射線を空けてくれ」
相当に的は大きいし、動きもゆっくりである。
外す方が難しいというものだ。
カナエたちに射線を空けてもらい、俺は魔術を構築していく。
「焼夷炎弾!」
命中した相手をしつこく燃やす、焼夷弾のような魔術をぶつけてみれば、肥大化した腐肉の集合体は為す術なく激しく燃え上がる。
恐らく、霧による不意打ちで冒険者たちはやられたのだろう。
匂いがあるかはわからないが、あの霧で視界を奪われていたのなら、不意打ちを防ぐのは難しかったはず。
「割と呆気ない幕切れになりそうだな」
火柱のように燃え上がる腐肉の集合体を見て、ジェーンは完全に臨戦態勢を解いた。
油断するな、と言いたい所ではあるが、まだかなり距離はあるし、もしかすると不意打ちとわからん殺しに特化していただけ、という線もあり得る。
敵の攻撃範囲に入る前に、一方的に攻撃して撃滅できるのなら、それに越した事は無いだろう。
「まだ終わってない」
割と呆気なく終わったな、という雰囲気を醸し出していた所、カナエが大盾を構えつつ少し前に出る。
あれだけ勢い良く燃えたのなら、仮にまだ生きていたとて虫の息だろう。
そんな俺の思惑は、悪い意味で外れた。
いきなり、燃え上がっていた炎が吹き散らされたのだ。
「……よりにもよって不定形の悪夢、ってか?」
炎の中から姿を見せたのは、鈍く黒光りする装甲に覆われた、先ほどの腐肉の集合体だったもの。
魔術の影響が無くなった事を確認したのか、その装甲は溶けるようにして腐肉の中に飲み込まれていき、再び先ほどと同じ腐肉の集合体となる。
最初は動きが鈍くて与しやすい相手がと思ったが、これはなかなかどうして、面倒そうな相手だ。
思考の片隅に、考えなかったわけではない。
某赤いコートの男が悪魔を狩るゲームに登場する、あのボスを。
赤いコートの男でさえ、ギミックの力を借りなければ一切のダメージを与える事ができないほど、厄介な相手である。
それと寸分違わず同じという事も無いだろうが、それに準ずる強敵、と認識した方がいいだろう。
「生半可な攻撃は通用しない、と見ていいだろうな」
先ほどの魔術は、B級相当くらいの魔物であれば余裕で焼却できるだけの威力のものだ。
それを無傷で耐え切ったというのなら、正しくA級以上の脅威と見て間違いない。
幸いなのは、それほど移動速度が速くない事だろうか。
「倒せるのでしょうか?」
聖銀騎士の斧槍を構えつつも、オルフェさんは不安げに呟く。
どう見ても普通な魔物ではないから、不安になる気持ちもわからんでもない。
が、物理も魔術も攻撃手段はそろっている。
あとは弱点を見つけさえすればいいだけだ。
「そればっかりはやってみないとわからない。試せる手は試して、ダメなら大人しく退くさ」
何となくだが、属性がどうこう、というよりは、核のようなわかりやすい弱点があるタイプのような気がしている。
先ほどの炎をものともしない装甲もそうだし、もしかしたら、まだ何かしらの隠し玉もあるのかもしれない。
「とりあえず、まずは属性を総当たりだ。それからダメージが通る条件を探す。カナエ、ジェーン、まずはしばらく直接攻撃はナシで頼む」
「今のトコ、あれに触りたいとは思わねえよ。属性方面はあたしも手伝うぜ」
「直接攻撃が来たら防ぐ」
とりあえず、遠距離からの攻撃手段が敵にあるのかは不明だが、仮にあってもカナエに防御を担当してもらう事にしつつ、俺たちは遠距離から属性系攻撃を中心に、何パターンも放っていく。
鑑定すればいい、という話なのだが、生憎と鑑定が通らない。
鑑定を弾くような何かがあるのか、それとも鑑定できない存在なのかは不明だが、現状はやれる事からやっていくしかないだろう。
「ったく、骨が折れるな、こいつは」
異なる魔術を次々と放ちながら、俺はどうやってあの腐肉の集合体を倒そうか、思案するのだった。




