ワケあり4人目⑭
「ハイトさん、私がついてきた意味、あるのでしょうか?」
フリスさんに本格的な調査をお願いして、一度馬車へと戻った後、そのまま件の魔物の討伐に向かう、と方針を説明し、移動している時の事だった。
馬車内でオルフェさんから不安そうな顔でそう聞かれてしまう。
はて、何か不安にさせるような事をしただろうか?
「こちらとしては助かっていますよ。戦闘時の人手も増えましたし、祈術の使い手はいませんでしたから」
彼女の不安を煽らないよう、笑顔を浮かべながらそう答える。
実際、今はまだ祈術のお世話になってはいないが、同じ回復の術でも魔術と祈術では効率が段違いだ。
攻めの魔術と守りの祈術、といった形だろうか。
そもそも、術としての体系が全くもって違うので、比べるものでもないのだが。
「そういうものでしょうか? 危ない橋を渡る事になるかもしれない、というお話も聞いていましたから、てっきり潜入捜査でもする事になるのかと……」
「必要であればお願いしていましたが、今回は色々と特殊なケースのようなので、その必要が無かっただけですよ。フリスさんが専門の調査をしてくれている間、私たちは待つ形になってしまうので、こうして魔物の討伐に向かっているわけですし。ただ、件の魔物ですが、相当に強力な個体のようですので、そういう意味ではこれからが本番ですよ。調査があまり進まず、ギルドが付けた強さの基準はAA級ですからね」
AA級。
S級にまでは満たないものの、かなり危険性の高い魔物で、指標としてはA級の冒険者パーティーが複数で事に当たる必要があるとされている。
今回の件では、教国方面に対応できるパーティーがおらず、ちょうど教国に行く用事のあった俺たちに白羽の矢が立ったわけだ。
とはいえ、単独での対応となるので、充分に万全を期すように、とギルドマスターと陛下の両名から言われている。
どうしても単独パーティーで無理そうなら撤退してもいい、とも言われているが、果たしてどうだろうか。
うちのパーティーであれば、よほど特殊な個体でなければ対応は可能だと踏んでいるが、その辺りは出たとこ勝負になるな。
「そうなのですか……ちなみに、討伐対象の魔物については、わかっている事はありますか?」
そういえば、オルフェさんにはまだ魔物についての細かい説明をしていなかったか。
……いや、そもそもカナエとジェーンにもしてないな。
とはいえ、事前調査に送った冒険者パーティーは悉く壊滅したと聞いてしるし、現状ではそこまで詳しい情報は無い。
どんな容姿なのか、どんな動きをするのか、といった基礎的な情報すら無いのだ。
現時点でわかっているのは、小さいとはいえ村1つをたったの半日で壊滅させ、その村の人間たちを悉く喰い尽くした、という事くらいである。
この魔物に挑み、あるいは調査に行った冒険者たちは誰一人として無事に帰る事は無く、唯一生き残った人は精神崩壊していたという。
曰く、霧が来る、とうわごとのように呟いているとか。
「……まさかな」
改めて脳内で情報を纏めていたら、とある特撮ヒーローのお話を思い出す。
割とシンプルに子供のトラウマになる回だったように思う。
そのお話でのそもそもの原因は、地球外から降ってきた隕石のようなものだったわけだが、果たして今回の件はどうなんだろうか。
件の話では霧に紛れて小さな寄生体を放ち、寄生体が取り付いた人間を隕石へと誘導し、その人間の生命力を奪う、という割とえげつない手法を取っていたわけだが。
本体はその隕石からの生命力の供給がある限りは無敵で、某光の巨人もかなり苦戦していた。
被害の場所が一定範囲内であり、そこから動いていない、という辺りは絶妙に共通点を感じなくもないが、まさかな。
「実はあまり情報がないんです。唯一生き残った人物は霧が来る、とうわごとのように呟いていたそうですが、それ以外は何も。調査に向かった冒険者たちも誰一人として帰らなかったそうです」
「……相当危ない相手じゃないですか、それは」
俺の説明を聞いて、オルフェさんは顔を青ざめさせる。
まあ、俺としては警戒していないわけじゃないが、そこまで大袈裟に警戒はしなくてもいいか、といった所。
というのも、カナエもジェーンも対魔物という観点で見れば、大型かつ強力な相手ほど相性がいいからだ。
特にフィジカルお化けのカナエは、海中で身動きが制限される中でも大海蛇を素手で撃退するくらいデタラメなので、物理的な攻撃を頼りにするような魔物には無類の強さを誇る。
ひたすら遠距離から攻撃してくるような相手は苦手だが、そういう相手には逆に強襲が得意なジェーンの特性が刺さるので、実は結構対応幅の広いメンバーが揃っているのだ。
ここに近接戦もこなしつつ、色々な魔術を扱える俺と、祈術が使えるオルフェさんと、結構スキが無い。
なので、よほど特殊な相手でもない限りはそこまで過剰な警戒は不要だと考えている。
「まあ、いざとなったら撤退します。手に負えないようなら撤退してもいい、と許可も貰っていますしね。刺し違えてでも敵を倒せ、なんて言いませんよ」
「……どうして、奴隷相手にそこまで? ここまで一緒に行動してきて、ハイトさんが色々と気遣ってくれているのはわかっていますが、そこまでする価値など、私には無いように思うのですが」
この世界での奴隷の扱いは、一応最低限の法律はあれども、いいとは言い難い。
ただ搾取されるような扱いでこそないが、人権という意味ではいかがなものだろう、と思う。
逆に言えば、そういった扱いが浸透しているからこそ、奴隷なのに、って話になるのだろうな。
「これは大体他のメンバーにも話していますが、私は奴隷という扱いであっても、雇用主と雇用者の関係は必要と考えています。だからこそ、オルフェさんにも契約書を書いていただきましたし。というか、奴隷という制度そのものに、私は疑問を持っています」
これについては俺が転生者であり、現代日本の考え方を持っているからに過ぎないのだが、やはりこの世界の人間には珍しく映るのだろう。
現に、オルフェさんも困惑と驚きが入り混じったような表情をしている。
どう反応すればいいのだろう、といった感じだ。
「無理に理解しようとする必要は無いです。私の考え方が異常なのはわかっていますから」
「……すみません、私のような浅学の身には理解できず」
「気にしないで下さい。1つだけ言える事は、奴隷だから、なんて自分を卑下する必要は無いという事です」
馬車内に、沈黙が漂う。
若干の気まずさを感じつつも、俺たちは件の魔物が活動する区域へと近づいている。
サンクリドから、およそ3日程度の時間がかかる位置であるため、今日中の着くという事はあり得ないが、何かしらの変化は起こりうるだろう。
少なくとも、人間の襲撃者は減るはずだ。
馬車に戻ってきた時に報告を受けたら、俺とフリスさんがサンクリドに入っている間にも数回の野盗襲撃があったとか。
教国の治安、終わってるだろと思う。
とはいえ、何が起こるがわからない部分もあるので、必要な警戒は緩めないようにしつつ、俺たちは馬車に揺られるのだった。




