ワケあり0人目⑩
「……苦戦してるな」
他人に聞こえない程度の声で、一人ごちる。
あれから現地に到着し、端の方から徐々にオーガの群れを削る作戦で動き出した。
……までは良かったのだが。
前衛のギルバート氏とリディアさんがかなり苦戦を強いられている。
それをフォローする遊撃のカインさんも余裕が無さそうだ。
時折、ローザさんが強力な魔術を撃ち込んで、敵を怯ませているが、あまりオーガの数は減っていない。
ぶっちゃけて言うと、攻撃力が足りていなかった。
「マズイわね……これは出直す方が良さそうだわ」
敵集団に魔術を放ちつつ、ローザさんが悔しそうな声色で呟く。
もう五回は中級魔術を使っただろうか。
上級魔術も何発が使っているので、恐らくはそろそろ魔力が尽きる頃合いだ。
このまま魔術の援護が無くなれば、前線は支えきれない。
そうなれば、退却せざるを得ない……どころか、前線の三人は逃げる事さえ難しいだろう。
今でさえ相当押されているのに、そこから下がるとなれば、敵も勢い付く。
ここから状況を覆すには、新たな一手が必要だ。
「……やるか」
本当は、あまり変な注目を受けたくなかった。
ここでこの状況を覆せば、俺は間違いなく目立つ事になる。
けど、このままここでフィティルの面々を見捨てる事は、できそうにない。
だったら、やるしかないだろう。
最悪、手柄を全部ギルバート氏に投げて俺の功績を隠すように交渉したいが、きっとあの人は受け取らないだろう。
……腹、括るか。
まずは、敵を知ってからだ。
―――――――――
ハイオーガ変異種
5歳
状態:健康
生命力:70
精神力:1
持久力:35
体力:40
筋力:60
技術:15
信念:1
魔力:1
神秘:1
運:1
特殊技能
・属性遮断
―――――――――
鑑定能力でオーガを確認してみれば、一匹一匹が上位種たるハイオーガだった。
しかも属性をカットする特殊技能付きである。
そりゃあ、ローザさんの魔術をモロに浴びても数が減らないわけだ。
となると、この場でローザさんは一番足手纏いかもしれない。
「ローザさん、無属性魔術は使えますか?」
双曲剣を弓の形にしつつ、ローザさんに問い掛ける。
問いかけの答えを待たずに魔力を通して弦を形作り、同じく魔力で形成した矢を番え、狙いを付けつつ引き絞っていく。
「無属性魔術? この状況でそんな初歩の魔術なんて役に……」
「できないならあなたは戦力外です。詳しい事は後で話しますが、初級でも何でも、無属性魔術が使えるなら一発でも多く撃って下さい。このままでは前線が保ちません」
少し残酷な事を言っているな、という事を自覚しつつも、今は問答している時間が惜しい。
限界まで引き絞った弓を、解き放つ。
放たれた矢は、狙い過たず、一体のハイオーガの脳天ど真ん中を貫いた。
そのハイオーガはどうと倒れ、起き上がる事は無い。
「よし、効果あり」
「嘘、私の魔術で傷一つ付かない相手を一発で……?」
後ろから戸惑いの声が聞こえるが、攻撃に加わる様子がないので、無視して次の矢を番える。
無属性魔術が効果ありと実証できたので、次は面制圧に移ろう。
このまま前線に圧力がかかり続けるのが一番まずい。
「雨撃ち・拡散矢」
武器に魔力を籠めて矢を射放ち、事象を捻じ曲げる。
魔術剣士の得意とする独自戦術、魔戦技。
魔力を使ってのそれは、個々人により大きく変わる。
詠唱不要、発動は一瞬。
しかし、魔力のコントロールが難しい。
これを実戦でミスせずに使えて、魔術剣士は初めて戦場に立てる。
今回使ったそれは、上空に打ち上げた一本の矢が、空中で分裂して本数を増やし、それが敵に着弾する直前でさらに拡散するものだ。
一度上に矢を打ち上げたのは、前線の三人を誤射しないため。
かなり大規模な魔戦技を使用したので、ごっそりと魔力が減ったが、まだ半分にはギリギリ満たない程度。
購入しておいた装備のおかげで魔力の回復が早まっているので、まだ継戦に問題はない。
「あなた、本当に新人冒険者なの……?」
「問答している暇はありません。ローザさんはここで大人しくしていて下さい。俺は今から前線に合流しますから」
ローザさんをこの場に置き去りにし、俺は駆け出す。
先ほど放った魔戦技はハイオーガの集団に大打撃を与え、統率を大きく乱していく。
前線の三人が、どうにか持ち直しているが、物理にはかなり耐性があるし、そもそもの生命力が相当高い。
相手が混乱しているうちに退却する必要がある。
とはいえ、前衛を誤射しないように攻撃範囲を設定したため、前衛近くにはかなり元気なハイオーガが15体ほど残っていた。
恐らく、一対一で時間をかけられるなら、ギルバート氏とリディアさんもヤツらを倒せるだろう。
しかし、今は一人が複数を相手取らなければならない状態で、カインさんは1体を受け持ってヘイトを散らすくらいしか参加できていない。
前衛の三人がほぼ防戦一方で、攻撃に回れていないのだ。
状況を打開するため、俺は弓状態の双曲剣を分解して納刀。
右手に封じられた剣、左手には短杖状態の長短杖を新たに握る。
俺が前線に着く頃に、リディアさんが左手の盾でハイオーガの攻撃を受け、大きく体勢を崩した。
「リディア!」
「クソ、こっからじゃ援護できねえ!」
ギルバート氏、カインさん、どちらもすぐには動けない。
俺も間合いからは少し遠いので、切り札を一枚切らないといけないか。
「リディアさん、伏せて!!」
俺が大声で叫んでから、それに反応したリディアさんが身を屈め始めたのが、およそ0.5秒。
マイペースな割にいい反応速度だ。
これなら、余裕で間に合う。
全身に魔力を漲らせ、一時的に生体電流を加速させる。
「瞬雷の閃刃!」
ほんの一瞬だけ、10倍に増幅された生体電流は、俺の一歩を雷と同等に押し上げた。
俺が右手の封じられた剣を振り抜くと同時、動きがビタリと止まる。
リディアさんに追撃を加えようとしていたハイオーガは、武器である棍棒を振り上げた体勢のまま、固まったまま。
「ふぅー……間に合った」
俺が吸い込んだ空気を吐き出すと同時、動きを止めたハイオーガはちょうど縦半分に真っ二つに。
戦場への新たな闖入者に、この場の全員の動きが一瞬止まる。
「援護します。まずはこの場を脱しましょう。詳しい話は後で」
「わかった」
俺が多くを語らずとも、ギルバート氏は状況を理解してくれたらしく、一つ頷いて、手近な所で未だ動きを止めていたハイオーガを一体、大剣で豪快に斬り捨てた。
大きく変化した戦場の状況が呑み込めず、浮き足立つハイオーガたちを尻目に、ギルバート氏が完全に体勢を崩していたリディアさんのフォローに回る。
「リディア、立てるか?」
「うん、ハイトくんが助けてくれたから、怪我してないよー」
相変わらずのマイペースな話し方とは裏腹に、リディアさんは素早く立ち上がって構えを取った。
とりあえず、戦えはするみたいだな。
「とりあえず、回復するねー……癒しの円陣!」
リディアさんが右手のメイスを振り上げると、彼女を中心に円形の魔術陣が広がり、大きな光を発する。
円陣内の味方と認識した者をまとめて回復する上位回復魔術だ。
ダク○風に言うなら大回復、F○風に言うならケアルダ、くらいだろうか。
詠唱破棄でこれだけの魔術を使えるのは、正直すごい。
そして、先ほどの瞬雷の閃刃を使った反動ダメージが、このまま戦闘を継続するのに無視できない程度にはあったので、俺にとってもこの回復はありがたかった。
「よし、退却!!」
ギルバート氏の鶴の一声で、前線の三人が退却姿勢に移る。
ギルバート氏を殿に、そのすぐ近くに俺、その少し後ろにリディアさん、先行して後退しているカインさんと続く。
カインさんは進行方向の安全確認をしてくれているので、任せていいだろう。
俺はギルバート氏と組んで、どうにかこの退却を成功させないと。
残り魔力は5分の1といったところか。
節約しながらいけば、まあどうにかなるかな?
まばらに追ってくるハイオーガたちをいなしつつ、俺たちの退却劇が始まった。