ワケあり4人目⑬
「で、どう見ます?」
注文の品が来るのを待つ間に、俺はフリスさんに問いかける。
どっちみち、俺は一般人視点でしか調査ができていない。
これから何か新たな調査をするにしろ、同じ調査をするにしろ、何が正しいかもわかっていないので、指針が無いと手詰まりなわけだ。
「正直、色々と異常な状況だと思います。教皇か、それに準ずる立場の人かはわかりませんが、隠し方がよほど巧妙なのか、他に何か要因があるのか、見当も付きません」
専門家もわからないとくれば、俺なんかに調査ができるはずもなく。
まあ、正しい事がわからないという事がわかった、という感じだろうか。
「ですので、私はここの調査に専念したいと思います。リベルヤ男爵には、その間に魔物討伐の方に行って頂ければと」
簡単な調査で尻尾が掴めるほど、甘くない相手だという事だな。
しかし、それほどの相手となれば、単身で調査というのも危ない感じがするが。
「一人で大丈夫ですか? 一応、戦力としてならお役に立てるかと思いますが」
隠密行動やら調査やらは難しくとも、戦力としてなら一級品な人材が揃う俺たちなら、と思ったのだが、フリスさんはゆるゆると首を横に振った。
「お気持ちは嬉しいですが、元々私は単独行動の方が得意ですので。心配されるお気持ちもわかりますが、私も死にたくはありませんからね。そこまで深入りはしませんよ」
「わかりました。それならこちらの調査はお任せします。一応、これを渡しておきますね」
現状、俺たちでは役に立てる事が無い、とはっきり言われてしまったので、俺は潔く身を引きつつ、フリスさんに一つの石を手渡す。
「これは?」
見た目は何の変哲もない、ただの石ころ。
それをしげしげと眺めつつ、彼女は素直に疑問を呈してくる。
「何かあったら、その石を割って下さい。絶対に、助けに来ますから」
「……使う機会が無い事を祈っておきます」
石の効果をなんとなく理解したのか、フリスさんは苦笑いしながら石を懐にしまう。
あの石ころは、俺が魔力を込めたものだ。
割れた時点で、外に大きな魔力が放出されるため、すぐに場所がわかる。
一応、カナエとジェーンにも同じ物を持たせてはいるものの、今まで使用された事は無い。
まあ、いざという時の備え、というやつだな。
使わないに越した事は無いんだが。
「あとこれも」
「いえ、こんなに頂けません」
フリスさんの前に置いたのは、金貨の入った袋。
今回の遠征にあたって、陛下から持たされた経費の一部だ。
一応、先払いで金貨300枚を持たされているので、その半分を分けてある。
「調査を進める上で、金銭が入用になる事もあるでしょう。私たちは自前で費用を用意していますし、念のため半分は持っています。もし追加で金銭が入用なら、相談頂ければと」
ちなみに、今回の遠征にあたって、シャルロットが用意してくれた予算は白金貨50枚だ。
現在のリベルヤ男爵家の予算殆どを充ててはいるが、それだけ今回の件が大きな山場だという覚悟の現れである。
とはいえ、もちろん予算の全てを使う気は無いし、無駄使いは避けるつもりだ。
今までに無い規模の案件だし、万が一、大きな費用が必要になった場合、即座に即金で出せる用意が必要だろう、というシャルロットの判断で、この金額を持たされるに至った。
なお、今回の遠征の支出内容によって、今後の予算組みを決めていくとの事。
これは今思った事だが、そもそも入国の時点で賄賂を渡さざるを得なかったくらいだから、本当にお金はあって苦労する事は無いはず。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
ちょっと雰囲気が重くなっていた所に、おばあさんが注文の品を持ってきてくれた。
香りのいい紅茶と、色とりどりの野菜が使われたサンドイッチ。
おばあさんにお礼を言ってから、代金の銀貨を2枚渡す。
少し多めだが、釣りはいらないと伝えると、おばあさんは少しだけクッキーのおまけを付けてくれる。
いい人だなあ。
今まで会った教国の人間が軒並みゴミだったから、少し新鮮だわ。
「……師匠の事があるとはいえ、どうしてここまで?」
おばあさんが奥に引っ込んでいくのを見送ってから、フリスさんは困ったような顔で俺を見ていた。
師匠……ああ、王妃様の事か。
一瞬誰の事だかわからんかったわ。
「一言で現すなら、私の個人的なおせっかい、ですかね。細かく言うのなら、フリスさんが心配になったからです。どこか、生き急いでいるような、死に場所を探しているような……いや、違いますね。自分の命をどうでもいいと思っている、が一番近いでしょうか。先ほどおっしゃっていた、死にたくない、というのも本音ではあるんでしょうが、どこか建前っぽいというか、そんな感じがしたので」
俺の推測は、恐らく当たらずとも遠からずだろう。
とはいえ、それが何に端を発するかといえば、多分彼女の生まれ育ちに関わる部分だろうな。
でも、生憎と俺はそこまで踏み込む事ができる立場じゃない。
今、彼女の過去に踏み込んでいけるのは、王妃様くらいなものではないだろうか?
「……おかしいですね。特段感情を表に出したりしたつもりはないのですが」
困惑の表情で、フリスさんは紅茶を軽く口に含む。
味が良かったのか、僅かに相好を崩すも、相変わらず表情は困惑の色を浮かべている。
「まあ、これでも私の部下はワケありばかりですからね。どことなく、フリスさんもワケありそうな感じがしたんですよ。こればっかりは、経験測、ですかね」
シャルロットを始め、カナエ、ジェーン、オルフェさん、と諸々の事情持ちばかりだ。
なんとなく、雰囲気でわかる事もあるという事で。
「そう、ですか……そういえば、リベルヤ男爵は私の事を色眼鏡で見ないですね。なんとなく予想されているかもしれませんが、この見た目なので、両親から捨てられて、奴隷に堕とされた身なのです」
「……しれっと激重な過去を明かされても、反応に困るんですが」
まだ他に客がいないとはいえ、誰に聞かれるかわかったもんじゃないというのに。
「いけずですねえ。かよわい乙女が辛い過去を打ち明けているというのに」
よよよ、とわざとらしく泣くフリをする彼女の本意が、どこにあるかがわからないので、俺も困惑しきりである。
もちろん、話を聞いてほしいという事なら聞くし、俺に解決できる事なら手を貸すのも吝かではないのだが。
まあ、眉一つ動かさずに魔物を屠る彼女が、かよわい乙女という事は絶対に無いと断言はできるな。
乙女である事は否定しないが、かよわいは絶対に無い。
「冗談だとしたらさすがに自虐が過ぎますよ? 真面目に聞いてくれというなら聞きますが」
「……今日はやめておきます。ですが、もしも他の女性に同じように言っているのなら、やめた方がいいですよ。いつか騙されます」
苦笑いでこちらを見るフリスさんからは、しょうがないなあ、という感じが溢れている。
俺も、誰にでも構わず優しくしてるわけではないんだけどな。
「騙されたなら、それでいいんです。その時はきっちりと落とし前を付けてもらいますので。ですが、まずは信じる事で、救える人もいると私は思うのです」
「……なるほど。しっかりとした信念があるのですね」
少し意外そうな表情を浮かべたのも束の間、微笑みを浮かべたフリスさんと、雑談に興じながら紅茶とサンドイッチを楽しんだ。




