ワケあり4人目⑩
「次の者、前へ」
リアムルド王国とドラネイ教国の国境。
ここまでは特にこれといった障害もなく、時折遭遇する魔物も特に苦戦せずに来れた。
日数としては、ここまでで10日かかっている。
ここからさらに3日ほど進むと、ドラネイ教国の首都サンクリドへと辿り着く。
討伐対象の魔物はサンクリドから南に3日くらいの地点という情報だ。
そのため、国境を越えたらまずは首都サンクリドへ入り、先にある程度の情報収集をしてから討伐に向かう。
長旅の疲れもあるので、まずは1日を休息と情報収集にあてて、その後の経過を見つつ疲れが抜け切らなければ、もう1日を休養に宛てる。
まあ、予定は未定であるのだが。
そんな現実逃避をしながら、俺たちは国境を越える順番を待つ。
午前中から列に並んで、ようやく対応している人の声が聞こえてくるくらいの場所まできたところである。
リアムルド側からの出国は、それはもうスムーズにいったのだが、こればっかりはお国柄とかもあるから、待たされるのはしょうがない。
「まーだ順番は来ねえのかよ。いつまで待たせる気だ」
御者台のジェーンは、あんまり待たされるものだから、すっかりご機嫌ナナメだ。
まあ、列に並んでからかなり時間が経っているので、無理もない。
リアムルド王国側の出国がスムーズだっただけに、なお時間が長く感じる。
「さすがに5時間近く待たされていますからね。焦れてくるのも無理のない事かと」
そんなジェーンに苦笑いしているのがフリスさんで、夜番だったオルフェさんは座席で眠っているのだが、入国審査待ちの列はなかなか進まない。
後ろの荷馬車の御者台のカナエはといえば、器用な事に御者をしながら船を漕いでいる。
睡眠自体は浅いみたいだから、何かあればすぐ気付くだろうし、とりあえず放っておいても大丈夫そうか。
「次の者、前へ」
そうして、順番を待つ事5時間半。
ついに俺たちの順番が回ってきた。
一体何にそんなに時間をかけているのかという話である。
入国審査に並ぶ人は確かに多かったが、俺たちのように大仰な荷物を持っているのはごく少数だったし、一組にかかる時間はせいぜい10分くらいだろう。
しかし、実際にはもっとかかっていたし、中には追い出されてとぼとぼと帰っていく人もいた。
そこはかとなく不安を覚えつつも、俺は馬車を降りて入国審査官の元へ。
「代表者のハイト・リベルヤです。人数は全員で5人、荷物は荷馬車込みで2台、教国内で討伐依頼の出ている魔物の討伐に来ました、冒険者です」
ギルドマスターからの手紙と、リアムルド王国側からの通行手形を見せると、入国審査官は怪訝な顔をしてから、後ろで御者をしているジェーン、その次に俺が腰に佩いているルナスヴェート、そして後続の荷馬車の御者をしているカナエをそれぞれ見渡してから、ニタリと笑う。
「荷物と持ち物、服装を検めさせてもらおう。服の中まで全て、な」
なるほど、そういう事か。
今までの入国審査に時間がかかっていた理由に納得した。
こいつら、通行人から毟り取れるものは毟り取っていやがるな。
これ、下手したら闇奴隷組織関連の話が出て来るまである。
マトモに取り合うだけ無駄だ。
「急いでるんだ。これで足りないか?」
そう言って、俺は入国審査官に白金貨1枚を握らせた。
「話のわかる坊ちゃんだ」
なお、もっと寄越せと言い出したら、その時は相手に立場をわからせてやるつもりだったが……彼は素早く白金貨を懐にしまい込むと、すんなり俺たちを通す。
入国審査官の勘が働いたのか、はたまた白金貨に欲が出たのか不明だが、俺たちは待たされた時間の割にはすんなりと国境を抜ける事ができたわけだが、入国審査でこれでは、教国そのものはまるで期待できないな。
きっと、上の立場になればなるほど、汚職や賄賂が横行しているのだろう。
「……まあいい。とっとと役目を果たそう」
荷馬車の方も無事に国境を越えたのを見届けてから、俺は馬車内に戻り、再び馬車に揺られる。
「怖い顔をされていますね」
「……まあ、あれだけ露骨に悪事を働かれれば、イラつきもしますよ」
馬車内に戻ってみれば、眉間に皺でも寄っていたのか、フリスさんにツッコミを入れられてしまった。
いかんいかん、貴族の端くれたるもの、もっと表情を隠さないと。
「まあ、入国審査の段階であれでは、先が思いやられるというものではありますね」
入国審査官との会話も聞いていたのだろう。
彼女も苦笑いを浮かべている。
「ったく、胸クソわりいな。この国は」
御者台の方からも声が飛んできて、そういえばジェーンは真っ先にキレそうだよな、と思い直す。
普段の彼女を見ていると、ああいう筋の曲がった連中は大嫌いだろうに。
「よく我慢したな」
「フン、あたしの考えナシの行動で、ハイトに恥かかせるわけにゃいかねえだろ」
とりあえず、色々と我慢してストレスを溜めていそうなので、次に野生の魔物と遭遇する事があれば、ジェーンにストレス発散がてら暴れてもらう方が良さそうだ。
そんな事を考えながら、馬車に揺られる事数時間。
本日の野営地点に馬車を停め、食事の支度に取り掛かる。
今日の夕食は、干し肉と干し野菜のスープに、道中で出た食べられる魔物の肉を使ったソテーだ。
あとは堅焼きのパンを添えてあげれば完成である。
「さて……と。メシの前に、ゴミ掃除でもしてくるわ」
「私もお手伝いしますね」
もうすぐ完成、という所で、武器を持ったジェーンとフリスさんが立ち上がった。
国境からずっと俺たちにくっついて来てる気配があったのは気付いていたのだが、恐らくは盗賊か、欲のままにカモを襲う国軍崩れといった所だろう。
「生け捕り……にはしなくていいけど、逃がすなよ」
「ったりめーだ。ゴミは残さずキレイにしなきゃ、だろ?」
殺意を隠しもせず、ジェーンは野営地を離れていった。
それに続くようにして、フリスさんも宵闇に溶けるようにして姿を消す。
最初は1人くらい生け捕りにしてもらおうかとも思ったのだが、その後の扱いと処理に困るので、やる気満々のジェーンのストレスの捌け口になってもらう事にしたのだ。
そもそもこの教国という国自体が終わっている可能性を考慮すると、変に生き残りを出した方が面倒になる可能性が高い。
「ま、フリスさんもいるし、任せて問題無いだろ」
恐らくは、殺気全開のジェーンが敵の気を引いて、フリスさんが闇討ちを仕掛けるのだろう。
この数日間でフリスさんの戦いぶりを何度か見させてもらったが、大型のダガー二刀流で、目にも留まらぬ速さで敵をズタズタに斬り刻んでいたかと思えば、味方の影から致命の一撃を入れたりと、完全にスピード型の技量特化スタイルだった。
実力のほどは、流石は王妃様の弟子というだけあって、相当に手練れだ。
直線のスピードや瞬発力ならジェーンの方が僅かに速いだろうが、フリスさんは小回りも効く。
模擬戦であのカナエが、大盾の防御の内に入られたのを見て、ビックリしたのは記憶に新しい。
とはいえ、そうなった時点でカナエは大盾を棄てて、体術でフリスさんと渡り合っており、結局は引き分けたのだが。




