ワケあり4人目④
「で、何か言いたい事はあるか?」
少年をお使いに出してから20分後程度。
大層おかんむりな様子のジェーンと、相変わらず無表情のカナエが警備兵のトーマスさんを連れ、こちらへとやってきた。
トーマスさんには先ほどの奴隷商について説明し、国への報告を上げてもらうついでに、被害届を出しに行ってもらう。
「わざわざ来てもらって悪いな」
「シバくよ?」
急な呼び出しをかけて悪い、と軽く頭を下げれば、カナエが少しグーにした右手を挙げたので、俺は両手を上げて降伏の意思を見せる。
さすがにカナエに殴られたら冗談では済まない。
「冗談だ。すまん」
「フン、わかってるならいい」
一応、俺が護衛のいない状況で勝手に動いた事に、悪いという自覚があるのを見せたからか、ジェーンは溜飲を下げたようだ。
とりあえず、俺たちのやり取りを見て、呆気に取られている教会側の方々にはいい加減、再起動してもらわないとな。
「さて、改めて。私はハイト・リベルヤ。一応男爵位を賜っていますが、それはいいでしょう。今回の件、色々と教えて下さい」
「……はい。シスターオルフェは子供たちを……」
「この後に及んで、彼女を当事者から外しても意味はないでしょう。むしろ、きちんと現状を把握させた方がいい」
話を聞くに辺り、神父はシスターオルフェを同席させないようにしようとしたので、それを遮った。
恐らくは、教会の裏側に関わる汚い話なんかも出てくるから、歳若い彼女を関わらせるべきではないと判断していたのだろう。
だが、事ここに至っては、既に彼女は巻き込まれているし、もしも今回の件に関して、もっと事情を知っていれば、無理矢理奴隷に墜とされる事も無かったかもしれない。
「……神父様、私からもお願いします」
「……わかりました」
今まで俯いていた、シスターオルフェが顔を上げ、決心したような表情をしていたからか、神父は諦めたように一度ため息を吐いてから、ようやく心を決めたようだ。
「カイル、お前はみんなを頼むよ」
「任せとけ!」
カイル、と呼ばれたのは俺がお使いを頼んだ、年長と思しき少年。
元気に返事をすると、教会の奥の方でへと駆けていく。
「ジェーン、一応子供たちを護衛しといてくれ。俺の方はカナエだけで大丈夫だ」
「了解。また人質に取られちゃたまらねえわな」
これまでの事情はカイル少年にお願いしたメモで把握しているようで、ジェーンはすんなりと子供たちの護衛を引き受けてくれた。
ちょいと見た目は威圧感があるが、彼女なら子供たちとも上手くコミュニケーションが取れるだろう。
カナエは見た目こそお人形のようだが、無表情すぎて逆に怖がらせてしまうだろうしな。
「では、改めて応接室へどうぞ」
俺たちの方は、神父の案内で応接室へと戻って腰を落ち着ける。
シスターオルフェがお茶を淹れてくれ、それが各々の所に行き渡ってから、話を開始していく。
「さて、シスターオルフェは色々と聞きたい事があるんじゃないでしょうか?」
俺が音頭を取り、彼女に視線を向ければ、彼女は無言で頷く。
「はい。神父様、先ほどの神官服の方はどなたでしょう? 妙に私に執着しているように見えましたが……」
まあ、そりゃあ自分を奴隷に墜とした人物は気になるわな。
というか、鬱陶しいから帰らせたが、あのデブは服装からしてそこそこ高い地位の教会関係者っぽい。
あまりにも三下ムーブがすぎて、鬱陶しかったので気絶させて護衛に連れ帰らせてしまったのだが。
「あの方は、ドラネイ教国所属の枢機卿、ファッツ様です。ここ王都フルードレンの教会統括担当をしておられます」
デブだけにファッツってか。
誰が上手い事言えと。
そんなツッコミが出そうになったが、話の腰を折るわけにもいかんと、グッとこらえる。
「リベルヤ様には先ほどお話しましたが、ここ10年ほどの教会は業績報告として上納金を払わなければ、存続していくのが難しいのです。元よりこの教会は、私の意図で上からの指導を無視し、以前通りに住民の皆様に寄り添った運営をしてきました。私はそれこそが竜然教の正しき教えであり、形であると信じています。ですが、ファッツ枢機卿は、そんな私の態度が気に入らなかったのでしょうね。ここ最近は事あるごとにここに訪れ、どうにか上納金を納めさせようと躍起になっていました。いつかはわかりませんが、シスターオルフェの姿を見てからは、彼女を差し出せば教会を存続させてやろう、の一点張りで。ですので私は、日中はなるべく教会から離れておくよう、シスターオルフェに言い付けていたのですが……」
「今日はたまたま依頼が早くに片付いてしまったのが、裏目に出てしまったというわけですね」
彼女が以前から狙われており、そしてたまたま今日の依頼が早めに片付いたのが裏目に出た、というのが今日の顛末、という事か。
しかし、奴隷商を自前で用意したり、遠慮無く欲望の目を向けたり、あのデブはやりたい放題だな。
あれが教国の枢機卿だなんて、すっかり堕落しきってるゴミクズじゃん。
あんなのが上にいる国に調査に行かないといけないのか……。
これから教国に行かなければならないのを想像して、思わず顔をしかめてしまう。
「私にもっと力があれば……申し訳ありません、シスターオルフェ。私が至らないばかりに、あなたに辛い思いを……」
ずっと罪悪感を感じていたのか、神父はシスターオルフェに頭を下げながら、泣き出してしまう。
「神父様……」
そんな神父の様子に、どうすればいいのだろう、といった様子のシスターオルフェ。
うーん、状況が混沌としてきたな。
とはいえ、この状況を考えるに、この教会はだいぶマズイ状況だ。
今日は実力行使で叩き帰したが、相手が教国の枢機卿ともなれば、この国で公爵に準ずる立場の人間である。
あちらが地位と権力を全力で使ってきたのなら、ここのような場末の教会は吹けば飛んでしまうだろう。
というか、下手をすれば国際問題に発展する。
「……とはいえ、チャンスと言えばチャンスか。先に違法カードを切ってきたのは向こうだ。こっちには証人もいて、恐らく犯行に関わった奴隷商も捕まる。面倒はあれど、正面から抗議するだけのカードはある。陛下には面倒をかける事になるが、教国を切り崩す一手にもなるかもしれない」
どちらにしても、早めに陛下に相談が必要だろう。
既に状況は動いてしまっている。
先ほど気絶させたデブがどのような行動を取るか不明だが、まず間違いなく危害を加えてくるはず。
「神父様、シスターオルフェ、この教会を捨てる覚悟はありますか?」
俺の言葉に、泣いていた神父と困り果てていたシスターオルフェは、同時にこちらを見た。
どちらも困惑が見て取れるが、今は素早い判断が肝要だ。
「端的に言えば、私の保護下に入れ、という事です。本拠地が相手に割れていて、これだけ建物がボロくて、極め付けは目立たない奥まった立地。生憎と、まだ貴族になりたてなので、私の手勢でここの防衛は不可能です。ですが、私の屋敷であれば、少なくとも貴族街という警備のしっかりした立地であるのに加え、個人的に陛下とお付き合いがありますので、その辺りでも向こうが国を通しての攻撃を仕掛けて来ても、恐らく皆さんを守り切れるでしょう」
無論、陛下に許可を求めてはいないので、完全に事後承諾になってしまうが、あのデブが過激な行為に走るであろう事は想像に難くない。
であれば、対処は早ければ早いほどいいだろう。
幸い、うちの使用人たちはカナエとジェーンによるスパルタ教育により、最低でもC級冒険者程度の能力は身に着けている。
武力という面においては数こそ少ないものの、1使用人が各々戦えるとなれば、兵力としては申し分無いはずだ。
警備兵たちも徒党を組めば、カナエの暴力的フィジカルをしばらく抑え込める程度には実力を上げている。
カナエを魔物に見立てるのなら、恐らくはA級上位以上の脅威があるはずだから、それを抑え込めるというのなら、警備兵たちは少なくともA級冒険者クラスのはず。
多分、下手な軍よりも強いのではないだろうか?
「……なぜ、私たちのためにそこまで?」
色々と処理が追い付かなくなっている神父に代わり、シスターオルフェが疑問を口にする。
彼女からすれば、変に執着を見せる俺が、あのデブと重なって見えるのだろう。
その表情から、強い警戒の色が見える。
「あまり詳しくは話せませんが、教国関連の事で陛下から仕事を頼まれているんですよ。今回の件は、仕事を有利に進められるので、利用しているだけに過ぎません。もっとも、あの自分勝手なデブにイラついた、というのもありますがね」
特に嘘を言っているわけでもなく、部分的に細かい説明をしていない所もあるものの、俺の言葉に嘘が無いと判断したのか、シスターオルフェは思案顔となる。
「……わかりました。子供たちも、受け入れてもらえるんですよね?」
「もちろんです。子供たちは、この国の未来。守るべきものです」
「おお、まさしく聖人のようなお方……この国の貴族も、捨てたものではないですな」
いつの間にか再起動した神父が、俺を拝むように祈りを捧げていた。
まあここ最近まで貴族が腐ってたのはそう。
けど、あまりにも情報が古くないか?
まあ、世の中の情勢に敏感だったら、そもそもこの教会の経営状況はここまで悪化してないのだろうけど。
「ええと、その、お世話になります」
「わかりました。それでは、荷物を纏めて移動の用意をしてください」
神父がよくわからない状態になっていたので、代表してシスターオルフェが頭を下げてきた。
とりあえずは保護下に入る、と判断してくれたようだ。
さて、これから忙しくなるな。




