ワケあり0人目⑨
「んぁ……」
リズミカルな揺れを感じながら、目を覚ます。
確か、ギルバート氏と組手をして、伸されたんだっけ。
そんな状況を思い出しつつ、目を開く。
すると、イメージに反して視界が暗い。
半分目覚めていない脳味噌が、状況を正確に理解できていないようだ。
感じる揺れは……馬車の揺れ?
そういえば、後頭部が程よく柔らかくて、温かいような……。
今の自分の状況が、何となく理解できた瞬間、血の気が引いた。
「あ、起きたねー? 身体の調子悪い場所はないー? 起きれるー?」
上の方からリディアさんの声がする。
やはり、想像通りの状況だ。
後頭部の柔らかくて、温かい間隔は、彼女の太腿で……視界をほぼ塞いでいるそれは、彼女のそれはそれは豊かな胸部装甲である。
要するに、膝枕をされているという事。
もしかしたら、俺は今日、ギルバート氏に殺されるのかもしれない。
「アッハイ大丈夫デス」
身体が強張る感覚を覚え、どうしていいかわからなくなってしまう。
俺が固まっていると、リディアさんが俺の頭と首を支えながら横にずれてくれたので、視界が一気に開けた。
ぶつかるものが無くなった所で、俺は上半身を勢いよく起こす。
あのまま上に起き上がったら、思いっきりリディアさんの胸にぶつかってしまっていたので、動けなかったのだ。
「よう、起きたか!」
ちょうど、俺の正面の席にはギルバート氏の姿が。
特に不機嫌とかではなさそうで、彼らしい豪快な笑みを浮かべている。
あ、殺す事確定してるから別に機嫌悪くする必要もないかーそっかー。
「リディアの膝枕は良く眠れただろう? 俺も疲れた時は良くやってもらうんだが、これがすごく寝心地がいいんだ!」
いい笑顔でそう言い切ったギルバート氏がガハハと笑う。
あれ、これって俺の予測とは全く違う方向?
「ギルってば、寝顔が子供みたいでカワイイんだよー? 普段はいかつい見た目なのにねー。そういう所もギャップがあって好きなんだー」
そして、しれっと隣で惚気始めるリディアさん。
状況を理解する事を脳が拒んでいる気がして、視線を迷わせれば、斜め向かいにローザさんがいる事に気付く。
彼女は彼女で砂糖を吐きそうな顔をしていたが。
これはあれだ。
リディアさんとギルバート氏がどっちも天然だからストッパーがいないんだ。
ツッコんだところで、そもそも天然だから何も変わらないっていうね。
「リディアはいつも綺麗で可愛いし、俺を癒してくれるからお互い様だな!」
いきなり形成される甘々空間に、俺はとりあえず全身に魔力を巡らせて、身体に異常がないかを確認する事で現実逃避とした。
俺も、可愛い嫁が見つかるといいな……。
絶世の美女とは言わないし、素朴な感じでいいから、高望みしないから……。
「そうだ、ハイト。お前、討伐に入れ」
「はい?」
うふふ、ガハハ、と二人で甘々空間を生成していたはずが、急に真顔に戻ったギルバート氏に、俺は思わずオウム返しをしてしまった。
討伐に入れって?
ハハハ、なるほど、俺を最前線に押し出して、事故死させようって魂胆か。
事故死なら、証拠が残らないもんね。
しょうがないね。
「模擬戦をしてわかった。お前は初心者の域を既に越えている。経験さえ積めれば、すぐにC級……いや、B級冒険者にはなるだろう。正面からの戦闘力だけなら既にカインよりも上だろうしな」
思いの他、ガチトーンのギルバート氏を見て、この話がものすごく真面目な話なんだな、と理解した俺は姿勢を正す。
とはいえ、既存の連携に俺が入るのは異物にしかならない。
そんな初歩的な事を彼がわからないとも思えないし、俺を討伐に組み込む意図がわからないな……。
「さすがに最前線に出ろとは言わん。ハイトには後衛のローザを護衛してほしい。というのも、今回は相手が集団だ。そうそう取りこぼしはしないが、予想外に大きい群れだった場合、万が一にも後ろのローザに敵が向かうとマズイ。近接間合いにさえ近寄られなければ問題は無いだろうが、そういった際の保険が欲しいんだ」
「ええと、討伐対象をお聞きしても?」
ギルバート氏の主張はわかった。
メンバー人数的に、ローザさん以外の三人で捌き切れなかったら、後衛一人だけのローザさんが無防備になる。
ステータス的にも純粋な魔術師のローザさんでは、確かに近接間合いに入られたら辛いだろう。
ただ、俺が入る事でそもそも保険になるような相手なのだろうか?
そう思ったので、俺は討伐対象を素直に聞く事にした。
ギルドの依頼書には、そもそも戦闘に加わる想定がされてないから、討伐対象の情報がゼロだったしな。
「オーガの群れだ。先行調査の話では、群れを率いる上位種がいて、集落を作るかもしれないとの事だ。ヤツら、人や家畜を食う上に大喰らいだからな。近隣の村や街が危険に晒される前に叩いてしまおうというわけだ。現在、近隣の村や街は一時的に人が避難しているから、今の所被害が出ていないが、いつまでもこのままというわけにもいかん」
オーガ……実物は見た事はないが、知識としては知っている。
比較的、知名度の高い魔物で、2mを越えるくらいの平均体躯を持ち、肉食。
獣や家畜や人、果ては同格以下の魔物すら喰らう獰猛さを持つ。
それでいて簡単ながらも社会を形成して、集団行動をするだけの知識があり、当然武器や防具も使う。
もっぱら体躯に見合うだけの怪力を武器にしており、力任せに叩き潰す戦法を得意としつつも、死んだふりをして騙し討ちをしたり、簡易的ながらも罠を仕掛けたりする事もある。
耐久力も見た目相応にタフで、オーガ一体でおよそC級上位の冒険者と同格と言われる……というのが俺が持つ知識だ。
ほとんどは本で得た知識だが、まだ公爵家にいた頃、一度だけ親父の護衛からオーガの話を聞いた事があった。
大きなオーガの群れは、A級冒険者パーティーですら返り討ちに遭う事もある、と。
「ギルバートさんは俺ならオーガに対処できると?」
「複数体は無理だろうが、単騎なら問題ないと踏んでいる。仮にトドメを刺せなくとも、前で時間を稼げればローザが魔術で倒してくれる。ハイトは自分が生き残りつつ、時間を稼ぐ事を考えればいい。無論、倒せるなら倒してしまっても構わんがな?」
そう言って、ギルバート氏は好戦的な笑みを浮かべた。
「まあ、そもそもの話が、オーガ共を後ろに通す気など、微塵も無いがな! 万が一の保険だ!」
だから気負わずに実戦の空気を味わえると思え、と彼は笑い飛ばす。
おかしいな。
確かに経験積めると思ってこの依頼受けたけどさ。
いきなり冒険者初日のド新人に、C~B級相当の魔物との実戦って……。
いきなりスパルタすぎませんかね?
とはいえ、ノーと言える雰囲気でもないんだよなあ。
本当はすごくノーと言いたいけれども。
ゲームだったらさ、死んでも生き返るか死ぬ前に戻れるから、背伸び攻略とか縛りプレイもできるけどさ。
現実で背伸びプレイは死亡フラグなんだよなあ……。
恐らく、この場で一番の実力者であるギルバート氏が、大丈夫って言い張ってるから多分大丈夫なんだろうけど……。
「だがまあ……万が一、いや、億が一、俺たちが死ぬような事があれば、お前は逃げろ。逃げてギルドに伝えるんだ。俺たちでも死ぬようなオーガの群れがいるぞ、とな」
真顔でもしも自分たちが死んだら、なんて言ってるけどもね、ギルバート氏よ。
あなた達が死ぬって事は、戦闘に参加している俺も死んでると思うんだ。
もしかしたら、やべえと思った時点で俺は逃がすつもりなのかもしれないけどもさ。
そもそも逃げ切れるんか?
っていう話になると思うんですよ。
そんな思いを、グッと時間をかけて呑み込む。
「……わかりました。やれるだけの事はします」
そんな、純粋に期待してます、って顔されたら、頑張って応えるしかないじゃんか。