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花咲鬼  作者: 村野夜市
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幕間 ~浄化

長い長い時間をかけて、あちこちを旅しながら、わたしは、自分の不老不死の力を失くす方法を探しました。

おかしなもんやろ?

せっかく手に入れた不老不死やのに。

その長い命、使うて探したのは、それを失くす方法やなんて。


時間はただただ、わたしを避けて通り過ぎていきます。

周りに置いて行かれるんは、なかなかに辛いです。

長い長い間には、ええなあと思うた人もおりました。

けど、その人かて、年老いて、わたしを置いて逝ってしまいました。

友だちも。拾って育てた子も。

わたしを追い抜いて、逝ってしまいました。


誰かと親しくなるのんが、怖くなりました。

相手のことを大切に思えば思うほど、置いて逝かれる苦しみは、大きくなるんです。


島の護法さんのことを知ったんは、どのくらい経ったときやったかな。

あのわたしの隠れていた井戸の水には、どうやら、わたしの不老不死の力が、中途半端に宿ってしまったようでした。

そして、島の人たちは、それを使って、護法さんを作り出していました。


なんということやろう。

わたしの血は鬼を作り出していたんです。


そして、それは、たくさんの不幸もまた、作り出していました。


確かに、護法さんのおかげで、島の人たちは、暮らしていけたかもしれんけど。

あんなもん、最初からなかったら、もしかしたら、別の生き方をできたかもしれんのに。


これは、放っておかれへんと思うようになりました。


正直、島のことに関わるなんて、もうまっぴらやと思うてたんや。

もう知らん、わたしは、知らん、てな。


けど、船乗りの子孫のことはやっぱり気になりました。

いや、船乗りだけやない。

あのときの仲間たちの子孫のことは、気になっていました。


そやから、ついつい、護法さんの噂を聞くと、耳をそばだててしまうようになりました。

そして、少しずつ、少しずつ、島の現状を知っていきました。


わたしの血を飲んだ十人の子孫は、十の頭領家になって、島の護法たちを統率するようになっていました。

なにより、彼らの子孫は、護法になった者が多くありました。

彼らは井戸水との親和性が高くて、護法化しやすいようです。

何故、そうなったかは、わたしにも分からへんけど。


なんや、よう知らんけど、呪い、とか一部では言われてるようやね。

彼らに伝わっている話しやと、ご初代が、不老不死になった仲間を殺して、その死体を井戸へ放り込んだんやそうや。

まあ、その辺りは、当たらずとも、遠からず、なんやろか。

ほんで、殺された仲間は、そのことを永遠に忘れへん、末代まで恨んだる、と言い残したとかいないとか。


いや、ちょっと待って?わたし、呪ってませんけどね?

呪いませんよ?

この恨み永遠に忘れへん、とか。ぜーったい言いません。

むしろ、さっさと忘れてしまいたいのに。


そもそも、わたし、死んでへんし。井戸へも自分から入って隠れてたんやし。

だいたい、不老不死やったら、殺されへんやないの、とか。

それ言いだしたら、きりないかもしれんけど。


とにかく、悪霊と化したそいつは、いつか、島を滅ぼしにくる、て。

手配書みたいなもんまで、回されてました。

また、その絵が、笑ってしまうくらい、わたしにそっくりやったんや。

わたしって、ほら、いつまで経っても若々しいから。

いやいや。


けどな、あの井戸はなんとかせなあかん、とは思うておりました。

いっそ、埋めてしもたらどうや、とか。

しかし、埋めるは埋めるでまた大仕事ですし。

そう簡単には実行には移せません。

そうこうしてるうちに、いつの間にやら島には強力な結界が張ってあって、容易には近づけんようになってしまいました。


そういや、仲間には幻術師もおってな?

実際にはない幻を出す力や。

ベタ凪の海を、荒れた海に見せたり。

そこにはない岩礁をあるように見せたり、するわけやね。

そんな力、わたしの誰とでも話せる力と同じくらい使い途ないと思いましたけどな。

なるほど。こういう使い途、あったんか。


仕方ない。とりあえず、井戸のことは後回しや。

まあ、大丈夫。井戸は逃げへん。


それより先に、やらなあかんこともありました。

忌み子と呼ばれた、護法さんたちの子どもを救うことでした。


なんも、罪もあらへんのに。

護法の子やからいうだけで、始末されるやなんて。

これは、何より急ぎの課題でした。


とある山奥の郷のみなさんにご協力をお願いしてやね。

忌み子や捨てられた娼妓の子を拾って育ててもらうことにしました。

忌み子、いうけど、なかなか優秀でええ子ばっかりや。

少々、人並外れた力を持っとる子もおるけど。

ちゃあんと育てれば、ちゃあんと育つもんです。


郷の名は、御形の郷、にしました。

最初は、隠形の郷、というてたんやけど。

隠形やと、いかにも、そのまんまやんか。

それに、御は、オン、とも読めるからな。

御形と言えば、別名、母子草やし。

これはなかなかええやんか、と自画自賛してみたり。

ただ、みなさんからは、結局、子捨ての郷、と、ものすごう分かりやすう呼ばれました。

ひねりすぎもあかん、いう、いい例やね?


けど、とうとう、この御形の郷も、岬に見つかってしもうて。

住民全員、移動することになりました。

その移動先を探していたときに見つけたのが、芹の郷、いうところでした。


ああいうのを、桃源郷、いうんやろうか。

初めて見たときには、この世に実現した極楽かと思いましたね。


そこのご領主は、遠い昔に流されてきはった皇子のご子孫で。

竜神の血を引く、というお噂でした。

郷には、真名井の井戸、っちゅう、湧き水があって。

その水は、ありとあらゆる穢れを払う、いう伝説がありました。


いや、ちょっと待って?

ありとあらゆる穢れを払う?

それって、もしかして、わたしの不老長寿も消せる?


いや、これは穢れやないからあかんやろか。

それやったら、護法さんはどうやろ。

あれは、穢れ、みたいなもんと違うか?


…そんでな、早速、わたし、試してみました。

真名井の水を竹筒に詰めて。

旅先で知り合うた護法さんに、飲ませてみたんや。

もちろん、ちゃんと説明はしましたよ?

護法になったこと、後悔してへんか?

もし、それを帳消しにできるとしたら、やってみるか?て。


全員やなかったけど、人間に戻れるもんなら戻りたい、いう護法さんは割といてました。

その人らに、水を飲んでもらいました。

まあ、別に、毒の水やありません。

芹の人たちは、普通に飲んでるしな。

飲んだところで、害はないはずです。


そんで。実際。

水を飲んだ護法さんたちは、見事に、人間に戻らはったんです。


戦場で同時に行方を断った、護法さん守護さんたち。

その中には、真名井の水を飲んで、人間に戻った護法さんたちも、けっこう、いてます。

その人たちにも御形の郷の一員になってもろて。

子どもの世話をするんをお願いしました。

その後、守護さんと所帯を持って、幸せになった護法さんも、大勢、いてます。


あとは、この水を丸薬に作ったりとか、そういうこともしまして。

今では、普段から、けっこうな量を、持ち歩けるようになりました。

それを旅先で知り合った護法さんに、わけてあげるとな。

みんな、けっこう喜んで人間に戻ってます。


な?やっぱり、鬼になんか、なりとうなかったんやろ?


けど、実はわたし、まだ、自分自身は、真名井の水は飲んでへんねん。

なんで、て、そら、あの井戸水をなんとかせんことには。

それが叶うまでは。

この不老不死を失うわけにはいかんしな。

いつか、あの井戸に放り込んだろ、思うて、混じりけのない純粋な真名井の水は、竹筒に入れていっつも懐に持ち歩いてました。

あれだけは、わたしの責任やからな。


まあ、命も長い分、気も長いから。

じっくりゆっくり、虎視眈々と、好機を狙ってたんや。

サルやけど。


少し話を戻すとな。

岬に名指しされた忌み子は、可哀そうやけど、置いていかなあかんかった。

これ以上、岬に追われるわけにはいかんかったからな。

移動先の芹の郷にも、災厄を引き込むわけにはいかんしね。

もっとも、なかなかにしっかりしたお子やったから。

ひとりになっても、立派に生き抜いてはった。

ときどき、陰から様子は見てたけども。

これなら大丈夫やと、思いました。


それがまあ、雉彦さんになって、大きゅうなってから再会するとはね。

おまけに、雉彦さんは、芹の姫とも浅からぬご縁があったとは。


なんというか、因果は巡る糸車、いうんは本当やねえ。


そうそう。

そんなふうにお世話になった芹の郷やけども。

ここにも、ひとつ、悲しい出来事がありました。


ご領主の一人娘、大切な姫君が、幼いころに攫われて、行方不明やったんや。

御形の民を助けてもらった恩もあったしね。

わたしは、姫君を探すと名乗り出た太郎さんに、協力することにしました。


そんでまあ、鬼にさらわれたっちゅう、姫さんを探して、巡り巡って、鬼の島に辿り着いた、ちゅうのは、よくご存知のことですわなあ?


しかしまあ、なんとまあ、いろんあことが巡り巡って、またこの井戸に戻ってきたやんか。


これももしかしたら、姫さんの、転禍為福のお力のおかげやろか。


念願の井戸の浄化も済ませたし。

あとは、姫さんを無事にお家に届けるだけや。


とは、いかんのが、わたしの運命、やろうかねえ?


白銀さんも、まあ、いうたら、わたしの被害者です。

もっとも、あのお人は、そうなることで、姫さんを護ろうとしはったんやし。

白銀さんがそうせんかったら、姫さんもどうなってたか分からんのやとしたら。

それはそれで、もしかしたら、よかったんやろうか?


島でお会いできたら、真名井の水を飲んでもらうつもりでした。

けど、残念ながら、行違うてしもた。


ただ、わたし、いくつか、白銀さんが立ち寄りそうなところに、手紙を残してきました。

これを見たら、すぐに、芹の郷に行ってほしい、と。

もしも、そのどれかを見てくれてたら。

今頃、白銀さんは、芹の郷にむかってるかもしれん。


芹の郷のご領主の血筋は、今だに、都の大貴族が滅ぼそうと狙ってるねん。

それを止められるお人は今のところ、いてません。

そやから、芹にはこの先もずーと、誰か、護れるモンがおったほうがええ。

それには白銀さんは適任や。

今の白銀さんやったら、護法さんやのうても、じゅうぶんに、お強いしな。


なんもかんもな。

他人様の運命を、こっちで勝手に、不幸にしたとか、幸せになったとか。

決めつけるんもおかしな話しや。

幸せか不幸かは、そのご当人にしか分からんのやから。


そやけど、白銀さんには、幸せになってほしい、て、このわたしも思うてますのんや。

ああいうお人こそ、幸せにならんと、いかんやろ?


わたしの長いお話しも、これでおしまい。

あとは、末永く、みんな幸せになりました。

めでたしめでたし。

まで、あと一息や。


て。

姫さん、まだ寝てへんのん?

あかん。寝なさい。

分かった。子守歌歌う。

もう、ここからは、お話しはあかん。


…ごめんやで。

ほんまいうたら、わたしの打ち明け話に付き合わせてしもうたんやな。

聞いてもろうて、おおきに、有難う。


優しい姫さん。おやすみなさい…









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