表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲鬼  作者: 村野夜市
35/42

幕間 ~申公

なんや、嬢ちゃん、寝られへんのん?

昨日もあんまり寝てへんし、明日の朝にはこの船も陸に着くし。

そしたら、明日は明日で、また忙しいんやから。

今のうちに、よう寝とかんと、からだ、もたへんよ?


おっちゃん、子守歌、歌たげよか?

え?いらん、て?

ほんなら、お話し、したろか?


船のお話しや。

この船みたいな、でっかい船のお話しやで。


聞くか?

ほんなら、目、つぶって、聞いてや。


むか~し、むかし、その昔。

海のむこうの異国の王様が、不老不死の仙薬を探しに、使いを出しました。

使いの者は十二人。

それぞれに特別な能力を持つ、国中から集められた精鋭です。

種族も部族もばらばらだった彼らには、もともとの名前もありました。

けれど、お役目を請けたときに、全員揃えて、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥、と名乗らされました。


彼らのなかには、木を伐って船や家を作ることのできる者やら、船を操る技に長けている者。

薬草の知識に長けている者…狩りや食物の採集の得意な者…

料理の得意な者…裁縫の得意な者…見たものをそのまま絵に描ける者…等々

いろんな特技を持った者がいました。

十二人揃えば、どんな難題にもたちむかえる精鋭揃いでした。


わたしもなあ、その仲間のひとりやってん。

申、やな。

けど、その中に混じって、わたしは、どっちかと言えば、役立たずやったな?

わたしの得意技なんて、誰とでも気安うしゃべることくらいやし。

けど、この性格、場合によっちゃ、かえって嫌われるんよね?


まあまあ、賑やかしのわたしも含めて十二人で、船に乗って出発したわけです。


最初、船旅はまあまあ快適でした。

船酔いするやつもおりましたけど、よう効く薬を作れる薬師も乗ってたからな。

わりと、順調に、うまいことやってたわけです。

日がな一日、のんびり、魚釣ったりもしてな。

釣りたての魚を料理してもろたら、それはもう、食べたことのないご馳走でした。


けど、海の上、いうんは、穏やかな日ばかりやない。

いや、陸の上かて、穏やかな日ばっかりやないけど。

生まれて初めて海で遭うた嵐は、それはそれは、凄まじいものでした。


山の頂きから谷底へと突き落とされるような波に翻弄され、なすすべもなくただ祈るのみ。

雨か波か分からん水流は、常に甲板に叩きつけ、いつ沈んでもおかしくないと思いました。


それでも、船、作ったやつは、この船は絶対に沈まん、大丈夫やと豪語してな。

皆、波にさらわれたら怖いから、て、船倉の部屋に籠っておりました。


わたしも皆と一緒に籠ってたんやけど、ふと、外の様子を見に行きとうなって。

やめとけと言われるんを振り切って、甲板へと出て行ったわけです。

いっつも思うんやけど、わたしのこの、好奇心な。

これは、口と同じくらい災いの元かもしれんな。


海に放り出されんように、縄でからだをくくり付けて。

ゆっくりと歩いて行きました。

雨か波か分からんものすごい水しぶきに、ろくろく目も開けられません。

様子見る、どころやなかったけど、今のこれも、ええ経験やと心のどこかで思ってました。


と、ふと、龍のような影を見ました。

最初は、船の舳先やと思いました。

けど、どう見ても、その舳先は、ふたつあるんです。

嵐に気が動転して、目もおかしゅうなったんかと思いました。

けど、何度、目をこすって見直しても、龍は二匹、おりました。


…お母さん…お母さん…


どこからか、そんな声が聞こえた気がしました。

それもまあ、めっちゃ、悲しそうやねん。

なんやろうと思って耳をすますと、片方の龍が、船の舳先にむかって、せっせとそう呼びかけているのに気づきました。


どうやら、呼びかけるだけやのうて、なんとか近づこうと、からだをのたくらせてやってきています。

すりすり、とな、こう、犬猫もしますやろ?

けど、どっしん、どっしんと、そのからだは船にぶつかって、このひどい揺れはそのせいでした。


ちょ、ちょ、坊ちゃん!

そないひどいにしたら、船が沈んでしまうで?


わたしは思わず大きな声で、龍に呼びかけていました。


いや、坊ちゃんって、龍が、男の子か女の子かは分からんかってんけどな?

とっさに、そう言うてしもたんや。


びょうびょう風は吹いてるし、ざあざあ波も鳴ってる。

わたしの声なんか、龍には届くはずないと思いました。

それでも、わたしは、二度、三度と叫びました。


頼むからぶつかるの、やめて。

これは船や。

あんたのお母さんやあらへんで。


その声が届いたんか、え?と子龍は動きを止めました。

途端に甲板の揺れも収まったから、わたしはゆっくりと龍のほうへと近づいていきました。


恐ろしい、とは思わんかったな。

今から思えば、不思議やねんけど。

子どもといえども、龍の口は、わたしくらい丸のみにできそうなくらい大きかったし。

目はらんらんと光ってました。

その口元からは、ちろちろと、炎の息が見えてました。


なんだ。お母さんじゃなかったんだ。

子龍は残念そうに言いました。


お母さんとはぐれたんか?

わたしが尋ねると、子龍はこっくりとうなずきました。


道理で、冷たいと思ったんだ。

お母さんなら、こんなふうにずっと知らん顔するはずないもの。


そう言いながらも、子龍はものごっつい残念そうに舳先を見上げました。


そんなにその舳先、お母さんに似てるんか?


わたしは子龍が哀れに思えて尋ねました。

すると、子龍は、首を傾げて答えました。


どうかな?…僕、お母さんの顔、知らないから。


……?そう、なんか?


顔も知らないのに、母親と間違えたというのは…

母恋しさに、思わず、よく似たものに、近づいた、ということでしょうか?


子龍はわたしに尋ねました。


お母さんって、柔らかくて、優しいもの、なんでしょう?


それは、まあ、お母さんによるかなあ……


絶対、そうだよ。

僕、お母さんに、会ってみたい。


なるほどなあ、とわたしは思いました。

わたしも、一応、故郷には、母、がおりますから。

子龍の気持ちも分からないこともないなと思いました。


お母さんに会ったら、だっこしてもらうんだ。

そうして、よしよしってしてもらって。

眠るまで、子守歌、歌ってもらうんだ。


子龍は夢を語るような目をして言いました。


そんなことで、ええのんか?

それやったら、今ここで、叶えたろ。


わたしは思わず子龍に言っておりました。

子龍は驚いた目をしました。

わたしは、任しとき、と胸を叩きました。


だっこして、よしよし、なんやろ?

柔らかく、は、ないかもしれんけど。

どうぞ、遠慮なく、この胸に飛び込んでおいで。


わたしは両腕を、子龍にむかって、思い切り大きく広げてみせました。

子龍の頭は大きいから、こんだけ広げても抱えきれるかどうかわからんかったけど。

いやきっとできる。できるはずや、と思うことにしました。


いいの?と、子龍は最初、ためらっていました。

その子龍にむかって、ええよ、と言うように、わたしは、もう一度、胸を開いてみせました。

すると、子龍は、それはそれは嬉しそうな顔になって、ずーん、とわたしの胸に飛び込んできました。


いや、びっくりしたな。

そりゃ、そうやわな。あの大きさやもの。

船、ひっくり返しかけてたわけですから。

思い切り胸に飛び込んできたら、そら、すごい力やわ。


吹き飛ばされながら、わたしは必死に龍を抱きしめました。

いや、半分は、振り落とされんように、しがみついていたんでした。

けど、よしよし、は忘れへんかったで?

こう、掌を思い切り広げてな?

よしよし。よしよし。って。

いやいや、掌くらいじゃ、龍には伝わらんかもしれへん。

そやから、お次は、腕をいっぱいに伸ばして。

そのうち、からだぜんたいを使って、龍の頭を撫でました。


ところがな。

龍の鱗っちゅうのは、固ったいねん。

おまけに、端っこはこう鋭うなってて、下手に触ったら、すぱーすぱーと切れてしまうんや。


そやけど、約束やもの。

子どもとした約束は守らなあかん。


手も足も顔も、あっちこっち切れたけど、わたしは、よしよしをしながら、子守歌を歌いました。


子龍はにこにこしながら、目つぶってんねん。

そりゃ、痛いけど、その顔見てたら、歌、やめられんかった。


故郷の子守歌、歌うてたら、わたしも思わず自分の母親を思い出してな。

なんや、切のう、なりましたな。


何周、歌ったかな。

子龍はゆっくりと目を開いてな。

わたしをじぃと見たんや。

それからはっとした顔をしてな。


どうしたの?そんな怪我をして?て言いました。


いや、そうやな、あはははは。


わたしは、誤魔化したけどな。

子龍は、気づいたみたいやった。


僕の、せい、だね?


ものすごう、悲しそうに言うんや。


いやまあ、あんたのせい、ちゃうよ?


そうは言うてみたけど、ばればれやよね?

まあ、あとは、笑うしかないよね。


子龍は、ぽろり、ぽろり、と大粒の涙を零してな。

なんかそれ見てたら、わたしのほうが悪いことをした気分になったな。


ごめん。

いろいろとその、わたしが知らんかっただけや。

このくらい、舐めといたら治るから、気にしぃなや。


舐めたら、治るの?


子龍はそう言うと、いきなり、べろ~ん、とわたしを舐めました。

いや、びっくりしたな。

ほんまに舐められるとは思てへんかった。


けど、不思議なこともあるもんで。

子龍に舐めてもらったところは、ほんまにたちどころに、傷が治ったんや。


うわ。すごいわ。

ほんまに、舐めたら治った!


驚くわたしに、子龍は首を傾げます。


舐めたら治るって、言わなかったっけ?


犬猫やあるまいし。

ほんまに舐めるわけやないけど。

でも、おおきに、有難う。

きれいに治ってもうたわ。


わたしは子龍にお礼を言っていました。


ううん。お礼を言うのは僕のほうだよ。


子龍は大きな頭を振って言いました。


お母さん、って、こんな感じかな、ってちょっと分かった。


それは、よかった。


わたしも、頑張ってやってよかったと思いました。


ねえ、僕の背中に乗って、このまま一緒に来てくれないかな?


子龍はおねだりをする子どものように首を傾げて言いました。

けど、わたしはそれを聞いてあげるわけにはいきませんでした。


ごめんやけど。

わたしには使命があるんや。

それを果たすまでは、勝手にどこかへ行くわけにはいかへんねん。


使命?と尋ねられたので、わたしは、不老長寿の仙薬を探していることを子龍に話しました。


へえ。不老長寿の仙薬?

そんなものがあるんだ。


どうやろな?

あるかないかは分からんけど。

探してこい、て、命令されたからには、見つかるまで探すしかないな。

もしかしたら、一生、探し続けなければならないかもしれへんけどな。


子龍はふうん、と残念そうでした。


このまま連れて行きたかったなあ。


なんやそれ、熱烈な愛情表現みたいやけど。

まあ、そのうち、あんたにも、そう言う相手もできるわ。


わたしは思わず笑ってしまいました。


じゃあ、僕は行くよ、と子龍は言いました。

だけど、何かお礼はしなくっちゃ、と言いました。


律儀なお子さんや。

けど、子どもはそんなお礼とか考えんでええんやで?


一度は断りました。

けど、子龍は頑固に頭を振りました。


何がいい?と尋ねられたんで、迷わず、不老長寿の仙薬、と言いましたけどな?

それは知らない、と言われました。


ほんならな、この海のむこうにあるという、不思議な島へ送ってください。

わたしはそう頼みました。

仙薬はそこにあるいう話しやし。

ひとっとびにそこへ行けたら楽ちんやんか。

嵐に遭うたり、船旅はもう懲り懲りや。

わたしももうそろそろ、固い地面を踏みしめたいんや。


すると、子龍は、お安い御用だ、と頷きました。


はっと気づいたらな、辺りの海は鏡のように凪いでいました。

いつの間にか、子龍の姿は見えんくなっていました。

そして、すぐ目の前にその島はありました。


温かい陽射しが差してきて、嵐も抜けたみたいでした。

いや、途中から、あれは嵐のせいなんか、子龍のせいなんか、よう分からんかったけども。


船倉に閉じこもっていた仲間たちも、様子を見に出てきました。

そうして、その島を見て、大喜びしていました。


よくよく見ると、船はもう、ぼろぼろでした。

あのままやったら、もしかしたら、島に辿り着く前に沈んでいたかもしれへん。

わたしは、子龍のおかげで命拾いしたと思いました。


あの龍に似た舳先も、ぽっきり折れて、どこかへ行ってしまっていました。

わたしは、もしかしたら、子龍がお土産に持って行ったんかもしれへんと思いました。


その島には、大きい船をつけられるところはありませんでした。

わたしたちは、小舟を下ろして、島へ渡ることにしました。

最低限の荷物だけ小舟に移して、十二人、全員小舟に移ったところで。

ゆっくり、ゆっくりと、船は沈んでいきました。


あれ?嬢ちゃん、まだ、寝てへんのか?

はあ。なんやて?

続きが気になって、寝られへん?

それ、あかんやん。

逆効果やん。


え?作り話、ちゃうよ?

これ、ほんまにあったことや。

信じられへんて?

そらまあ、信じるも信じないも、嬢ちゃんの勝手やけど。


それから、どうした、て?

島に渡った、十二人は、て?


……そやなあ……


ここまでは、ちょっとええ話し、みたいやったんやけど。

ここからは、そんな、ええ話しでもないんや。


それでも、聞くか?


そうか。

まあ、そう言うんやったら。


ほんま言うたら、わたし、この話し、人にしたのは初めてなんや。

ずーとずーと、黙ってましてんや。


けど、まあ、他ならん、嬢ちゃんのお願いやし。

聞いてあげようか…


けど、覚悟しいや。

ここからは、ほんま、ええ話しやないからな。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ