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花咲鬼  作者: 村野夜市
32/42

第二十五章 ~再会

岬の屋敷を出たところで、雉彦はいきなり足を止めた。


「おいら、ちょっと用事を思い出したんで…」


そう言って踵を返しかけたその腕を、申太夫が掴んでいた。


「姫さんとこ、行きはんの?

 そんならご一緒しましょ。」


「いや…あの…」


「貴島のお屋敷やったなあ?

 場所はご存知なんやろ?」


にっこり笑顔で迫ってくる。

誤魔化すのは到底不可能そうだった。


仕方なく雉彦が頷くと、申太夫はにんまりと微笑んで言った。


「ほな。

 姫さんとこまで、競争な?」


「えっ?ちょっ?

 場所、知らないんじゃあ?」


呼び止める暇もあらばこそ。

申太夫はさっさと走り出している。

その後を追って、太郎と戌千代も走り出した。


「雉殿。早く来ないと置いて行くぞ?」


「いや、ちょっ!

 って…だああああっ、もうっ!」


容赦なく置いて行かれて、雉彦も慌てて駆けだした。



***



ぼんやりと庭を眺めていたら、いつも食事の世話をしてくれる少女が静かに入ってきた。

夜風はからだに毒だと言って、蔀戸を下ろしていく。

このお屋敷は、座敷ひとつに、高倉の家ひとつ、すっぽり入るくらいに広い。

そんなに広い座敷にいるのに、蔀戸を下ろすと息が詰まりそうだった。


薄暗くなった座敷のなかに灯りが灯されて、夕餉が運ばれてきた。

毎回毎回、感心するほどに見事な膳だ。

けれど、ここに来てから、リンはほとんど食事に手をつけていなかった。

もったいないと思うけれど、どうしても食べられない。

こんなときこそ食べないといけないと、享悟なら言うだろうなと思う。

それでも、なにか胸の辺りに詰まっているようで、どうしても食べられないのだ。


絵巻でもお持ちしましょうか、と少女に尋ねられた。

それもそんな気にはなれなくて、断った。

すると少女はもう何も言わずに、膳をそのまま置いて行ってしまった。


怒らせてしまったかな、と思う。

この島の人々は、総じて陽気で明るい性質だ。

好き嫌いもはっきりしていて、嫌なものは嫌だときっぱり言うほうがいい。

どっちつかずのまま、暗い顔をしているのが、最も忌避される。

分かってはいるのだけれど、うまく振舞えない。

そんな自分にまたため息をつく。


しんとした座敷にひとりぼっちになって、あとはぼんやりしているしかなかった。

灯をともした油も、もったいないなと思う。

爺婆の家には夜の明かりは囲炉裏しかない。

炭や薪ももったいないと言って、夜は早々に寝てしまうことが多かった。

今も寝てしまえばいいのかもしれないけれど、眠くもならなかった。


箸を取って料理に手をつけようとしたけれど、二口三口食べたところで、箸を置いてしまった。

寒くても、まだ外の見えているほうがいいなと思う。

蔀戸を勝手に開けたら、叱られるだろうか、としばし迷う。


「これはこれは、立派なご馳走や。

 お相伴に預からせてもろても、ええやろか。」


いきなりそんな声が聞こえて、はっとして声のしたほうを見た。

するとそこに、いったいどこから現れたのか、笑顔の男がひとり、しゃがみこんで居た。

貼付いたような満面の笑顔に、お面を被っているのかと思う。

そのお面が動いて口をきいた。


「姫さん、おこんばんは。」


「誰?」


ぎょっとして尋ねたけれど、相手は少しも動じた風はなかった。


「申太夫と申します。

 姫君の無聊を御慰めしに参りました。」


そう言って床に片方の拳をつき丁寧に頭を下げる。

まるで見世物師が口上を述べているようだ。

言葉の端々に都風の言い回しを感じる。

貴島の家にはこんな者までいるのかと、リンは感心した。


申太夫はにやっと笑うと、いきなりそのままの姿勢からくるりと宙返りをして、後ろに下がった。

見事な軽業に思わず手を叩く。

すると今度は、懐から取り出した色とりどりの玉を器用にお手玉し始めた。

リンは手妻か何かを見せられているような気になって、思わず叫んでしまった。


「すごい!」


すると申太夫は、しぃーっと指を一本、口に当てて見せた。


「お外はこわぁい鬼共がうろうろしております。

 楽しそうに笑うてたら、何事かと覗きに来ますよって。

 しぃーっ、しぃーっ。」


慌ててリンも自分の口に指を当てて声を抑えると、申太夫は満足そうににやりと笑った。


「可愛らしい姫さんやな。

 こら、あっちの鬼もこっちの鬼も、めろんめろんに誑かされてもしゃあない。

 サルなんか、たちうち、できっこありません。」


声も話し方もこの上なくおっとりとして優しそうだ。

お道化た仕草のひとつひとつも、陽気なふうに見える。

なのに、リンは背筋がぞくりとするのを感じた。

表情の変わるお面のようなその笑顔が、何故か怖かった。

満面の笑顔なのに、どこか目だけ笑っていないのだとリンは気づいた。

冷え切ったその目は、容赦なくリンを値踏みするように、じっと観察していた。


申太夫は、ぴょいと跳ぶと、お皿に乗った蜜漬の杏子をひとつつまんだ。


「ほれ、あーん。」


口元に差し出されて、リンは反射的に口を開いた。

すると、申太夫はそこへ、ぽい、と杏子を放り込んだ。

口を閉じると口いっぱいに甘酸っぱい味が広がって、リンは慌ててそれを飲み下した。


「食べた食べた。嬉しなあ。」


申太夫は、手を打って喜んだ。

なんだか急に恥ずかしくなったリンは真っ赤になって俯いた。


「おや?照れてはんのん?

 照れた顔もまた、可愛らしなあ。

 いっそ攫うて、どこかへ隠しときたくなりますなあ。」


申太夫はにこにことそんなことを言いながら、もうひとつ皿に載った杏子を摘まんだ。

しばらく珍しそうにしげしげと眺めていたけれど、ぽい、と自分の口に放り込む。


「うん。美味い。

 まったく豪勢なお料理やなあ。

 けど、こんなしーんとしたところで、ひとりぼっちで食べてても、美味しないやんね。

 お金持ちのくせに、そういうとこ、分かってはらへんなあ、このお家は。」


リンが顔を上げると、手を伸ばしてやっと届くくらいの距離に申太夫はしゃがみこんでいた。

リンと目が合うと、申太夫は長い手を伸ばして、子どもにするようによしよしと凛の頭を撫でた。


「心細かったやろ。もう大丈夫やで。正義の味方はんが助けに来ましたからな。」


巫山戯ているようにも聞こえる都言葉が、不思議に耳に柔らかい。


「心配いらんから、ついておいで。」


差し出された手は、リンのほうから手を伸ばさなければ届かない位置だった。


リンはおずおずと手を伸ばそうとした。

その肘のところを、いきなりはっしと引き留められた。


「危ないっすよ、姫。こんなやつの言うこと、そんなにあっさり信用したら。」


声のほうを振りむいたリンは、思わず息を呑んだ。

そこに居たのは申太夫よりも異様な姿の者だった。

顔は極彩色に塗り分けて、伸ばした髪は背中に束ねている。


「お久しぶりっすね、姫。」


極彩色は旧知の仲であるように、にこにこと親し気に笑いかけてきた。

けれども、リンにそんな知り合いの心当たりはなかった。

ただ、僅かに、その仕草と声に、なにかひっかかる感じはした。


警戒心いっぱいに見つめ返したリンに、極彩色は、あちゃーと情けない笑みを浮かべた。


「顔だけやったらあんたのほうがよっぽど怪しそうや。

 ほら、姫さんかてびびってしもたやんか。」


呆れたような申太夫の声がした。


申太夫はあっさり手を引っ込めると、くるりと後ろに跳んで距離を取った。


「来るの早いわ、雉彦さん。」


極彩色を見上げてにやりと笑う。


「主の他においらより足の速いやつがいるとは思ってなくて。油断しました。」


雉彦と呼ばれた極彩色は、申太夫を睨みつけた。


「姫。大事ございませんか。

 このサルめが、何か悪さを致しませんでしたか。」


そのとき、もうひとつ、別の声がした。

振り返ると、どことなく生まれのよさそうな少年が跪いていた。

主君に最上級の礼を尽くす忠臣のように頭を下げている。

少しばかりくたびれてほこりっぽいけれど、身形も、どこかのお武家の子弟のようだ。

前のふたりのような怪しさは微塵もなくて、清廉潔白を人の姿にしたような少年だった。


「なんや二人して、えらい人聞きの悪い。

 わたし、どんな悪者やねんな。」


申太夫はわざとらしいため息をついて見せた。

それに少年はあっけらかんと返した。


「口八丁手八丁で、姫を誑かす。

 サル殿、そう宣言してましたよね?」


「く、口八丁?」


リンは驚いて申太夫を見た。無意識に少しからだが引けている。

リンの反応に、申太夫はわざとらしいため息をついた。


「あんたら、ええ加減にしぃや。

 味方同士、足の引っ張り合いしてどないすんねん。

 姫さん、その顔の派手なやつは雉彦。

 そっちのワンコみたなやつは戌千代や。

 こう見えてわたしら仲良し三人組。

 姫さんをお母さんに会わせてさしあげるため、馳せ参じましたんや。」


「お母さん?」


その一言にリンは敏感に反応した。

サルがまたにやぁりと微笑む。


「会いたいやろ?

 お母さんもあんたに会いたがってはる。

 ほな、一緒に行きましょか。」


手を掴もうと伸ばしてきた申大夫の手を、代わりにはっしと雉彦が掴んだ。

途端に、申太夫はぴょんと後ろへ飛び退いた。


「やめてえや。男と手なんか繋ぎとうないわ。」


申大夫は汚いものでも触ったように、ばたばたと手を振り回す。

貼り付いた仮面のような笑顔に、わずかに隙間が見えた。

ちらりと見えたその顔は、笑っていないのに、こっちのほうが怖くないと、リンは思った。


雉彦はリンを後ろに庇うように、申大夫との間に割り込んだ。


「あんたはどうしてそう、せっかちなんっすか?

 姫にはちゃんと全部お話しして、その上で姫のお気持ちを尊重するっていう約束だったでしょう?」


申大夫は不満げに唇を尖らせて返した。


「話すよ。もちろん。話しますやん。

 けど、話すとなったら、長い話やん。

 こんなところで、いきなり長話、始めるわけにもいかんやろ。

 わたしら、不法侵入やねんし。

 せめて長話は、高倉の爺婆様の家に行ってからにしようや。」


「高倉?」


不法侵入、よりもそちらのほうにリンの意識はいった。

申大夫は告げ口をする子どものようにリンを見て言った。


「ああ、そうや。

 わたしら、高倉の爺婆様のお家にお世話になってますねん。」


「いやいや、みんなして足が速いな。

 すっかり置いていかれてしまった。」


そこへ、またひとり見慣れぬ人物が姿を現した。


「おや。これは、もしかしてリン殿かな?

 なるほど、聞きしに勝る、可愛らしい姫君だ。」


きょとんと見上げるリンに、にっこりと微笑んで見せる。

あっけらかんとどこまでも明るく清んだ笑顔だ。

護法のように大柄なのに、これっぽっちも護法のようじゃない。

呆れ返るほどに陰のない、根っからの善人に見えた。


「我は、百田太郎。

 先祖が百枚の田を拓いた功績により、百田の姓を賜り、帯刀を許されたが、生業は百姓だ。

 我ら、怪しい者ではない。

 と言っても、忍び込んだりしておいて、怪しくないもないか。

 そうだ。

 これを見てくれ。

 我らは、岬の護法だ。」


そう言って太郎は首から下げた札をリンに見せようと引っ張り出した。


「え?護法様?…岬、の…?」


札を首にかけたままリンに見せようと近付いてくる太郎から、リンは本能的に少しからだを引く。

それを見ていた申太夫が舌打ちをした。


「ああ、もう、太郎さんは余計ややこしくしてどないすんねんな。

 それは、道で追討隊に誰何されたときに使えて、言われましたやんか。

 姫さんにそんな嘘、吐く必要ないねんから…」


「え?嘘?」


リンはきょろきょろとその場の四人の顔を見回す。


「もう、あんたら足ばっかり引っ張るんやったら、置いてきたらよかったわ。」


申太夫は思い切り鼻を鳴らした。

真摯な目をしてリンを見上げたのは戌千代だった。


「姫。高倉のお爺様、お婆様も、姫のことを案じていらっしゃいました。

 一度、無事なお顔を見せて差し上げては如何ですか?」


「おじいちゃん、おばあちゃん?」


戌千代の申し出にリンが心を動かされたのを申大夫は敏感に見て取って駄目押しをした。


「そうそう。

 お二人とも、姫は自分たちの傍にいるよりも、貴島にいたほうが安全やと言うてはりましたけどな。

 ほんまのところは、姫さんのこと、心配で心配でならへんのやで。

 わたしらと一緒やったら怖い鬼からも護ってあげられますから。

 ちょっと、高倉まで顔、見せに行きましょうや。」


「でも、わたし、勝手に出ていかないと、文悟さんとも約束を…」


「そんな約束、律儀に守らんでもええと思いますけどな?

姫さんがどうしても言わはるなら、明日の朝までに、またここに無事に帰らせてあげるやん。

 それでも気になるなら、ちょいと置手紙、しときますわ。」


そう言いながらも、早速申太夫は懐から紙と筆を出して、さらさらとなにやら書き付けた。


この家では、夕餉が運ばれてきた後は、もう誰もこの部屋にはこない。

その間に行って戻れるなら、とリンの心が少し揺れた。


そのリンの傍に、つっと雉彦が進み出た。


「主のこともありますから。

 姫、少し時間をとってお話しをさせてください。」


派手な色の顔と対照的に真面目な口調の雉彦を、リンはまじまじと見つめた。


「…あるじ…?」


「白銀の鬼。享悟様っすよ。」


享吾に関わりのありそうなことだと聞けば、リンが行かないわけはなかった。

 

「分かりました。行きます。」


リンは頷くと、即座に腰を上げた。



***



たとえ岬の護法の札があるにしても、島の人々とはなるべく顔は合わせたくない。

雉彦の案内で抜け道を抜けて、リンたちは無事に高倉の家まで辿り着いた。

迎えに来た四人は奇妙な姿をしてはいたけれど、みな、気のいい人たちだった。

ことあるごとにリンに気遣い、競うようにして、手を貸そうとする。

最初は警戒していたリンも、すぐに気を許せるようになった。


高倉の家は固く扉を閉ざして、一見誰もいないように見えた。

ずっと、冬場でもこの家の戸は開けっ放しだったから、リンは、ちゃんと戸があったことに驚いた。


雉彦の合図で引き開けられた戸のむこうは、リンの見慣れた家のなかだった。

囲炉裏のぱちぱちと燃える火と、粗朶木をくべる爺の背中を見て、リンはようやくほっとした。


「おかえり。」


爺はまるで近くの畑から戻ってきたかのように、淡々とリンに言った。

リンはうっかり泣きそうになって、その涙をなんとか堪えた。


「大丈夫だったかい、リン。」


婆はそう言って背中を撫でてくれた。

その手の温かさに、ようやくリンは現実の感覚を思い出した。


「お腹すいた、おばあちゃん。」


思わず口をついたのはそんな言葉だった。

ぐぅぅぅぅっと、リンのお腹が鳴った。

婆は一瞬だけ目を丸くして、それから、ほほほと笑い出した。


「そうかいそうかい。おにぎりがあるよ。」


「うん。」


泣き笑いするリンに、その場の全員が、ほっとしたように笑った。


山盛りにしたおにぎりを囲んで、全員丸くなった。

最初に太郎たちは鈴姫の話しをした。


「それでは、リンはその鈴姫だと?」


話を聞いて爺も婆も驚いたようだった。


「じゃあ、わたしが都で一緒に暮していたのは、本当のお母さんじゃなかったんですか?」


リンは驚いたのと同時に衝撃を受けたようだった。

ずっと母だと信じていた人が、本当の母親ではなかった。

そう言われても、それはすぐには納得のいく話しではなかった。


申太夫は穏やかな目をしてリンを見つめた。


「育ての母、とも言いますしな。その人も立派に姫さんのお母さんや。

 けど、姫さんには、もうひとり、生みの母、言うお母さんがいてはんねん。

 お母さんがふたりもおるなんて、幸せやんか。」


「…そう、ですよね。

 うん。

 わたし、幸せ、なんですよね?」


思い直したように目を上げるリンに、申太夫はいきなり胸を矢で撃ち抜かれた真似をした。


「うわっ、あかんっ。

 なんや、その、けなげな可愛らしいお目目は。

 おっちゃん、心臓を、ずっきゅ~ん、や。」


おどけたその仕草に、リンが思わず笑ってしまうと、申大夫はにっこり笑い返した。


「そうや。

 あんたはそうやって笑っとり。

 あんたのその笑顔に元気をもらって、また頑張るやつは、ぎょうさんおるんやから。」


そう言った申大夫の目は、もう、最初に会ったときのように冷え切ってはいなかった。


「しかし、芹の郷の赤子と言えば…」


婆は言いかけて言葉を濁した。

それを引き取ったのは申太夫だった。


「照太さんが殺した、かもしれへん、赤さんですな。」


「……。」


婆は無言で強く唇を噛んだ。


「いくら島のためとは言え、照太が罪もない赤子を手にかけるなど、到底信じられません。

 しかし、岬のご当主様の命令ならば、あるいは、従うかもしれないとも思います。

 あの子は、水を飲んで鬼になってしまったのだから。」


爺は悲しそうにそう言った。


リンははっと気づいて口を開いた。


「照太さんは、最後のお役目に行くときに、俺は誰も殺しません、ってみぃさんに言ったそうです。

 もしかしたら、その赤ちゃんも殺してないんじゃ?」


リンは水七から聞いた照太の言葉を告げた。

爺婆ははっとしたように顔を上げてリンを見た。


「そらそうやわな。

 だからこそ、今ここに、姫さんはいてはるんやろうから。」


にっこりとそう言ったのは申太夫だった。


「しかし、あのとき、島には赤子殺しの報酬らしき金子が…」


婆は戸惑うように言った。


「そんな赤子殺しなんか依頼するような輩なら、騙して金子だけ取っても構わないだろう。

 うちの主なら、そんなこと言いそうっすけどね。」


けろりとそう断言したのは雉彦だった。


「護法様は鬼っすけど、万人に対して鬼なわけじゃないっす。

 ましてや、由緒正しき頭領家の護法なら、その辺りの弁えは、その辺の人間より厳しいっすよ。

 確かに、騙して金子だけ奪うとか、鬼の所業でしょうけど。

 赤子を殺すよりは、よっぽどましというか…

 それに、それで島も助かったんでしょ?」


「流石、本物の護法さんにお仕えしてはる方は、目のつけどころが違うなあ。」


申大夫はわざとらしく頷いて見せた。


「照太さんの守護さんもそう言うてはんにやし。

 それが、ホンマのところと違うかな。」


「…岬の水七姫には、本当に感謝しております。

 行方を断った後も、ずっと、照太を待っていてくださいました。

 …照太はあの方を裏切るような真似をしたというのに…」


爺は罪悪感の混じったようなため息をついた。


「おふたりは、照太さんに水七さん以外の守護がいはったことはご存知なんですか?」


申大夫の問いに、爺婆は不安げに視線を合わせてから、躊躇うように小さく頷いた。


「あの子が行方を絶ってしばらくしたころでした。

 岬から、あの子は何か連絡をしてきていないかと問われたのです。

 もちろん、連絡など一度もありませんでした。

 すると、子の生まれたことを告げてきた者もいないか、と問われました。

 何故そんなことを問われるのかと尋ねたら、絶対に他言無用だと言って聞かされました。

 照太は尾花の娼妓との間に忌み子を成していた、と。」


「岬のお家のお抱えの護法が子を成すなど、あってはならないことです。

 あの子は養子とは言え、守護姫は岬の末姫、あの子も岬の名に連なる者。

 ましてや、護法は、守護との間にしか子を成せないというのに。

 これ以上の醜聞はありません。

 なんとしても、忌み子とその母とは始末しなければならないのだと聞かされました。」


「しかし、忌み子とその母というのは、照太殿の妻子ということでしょう?

 ならば、おふたりにとっては、嫁御と孫ではありませんか。」


憤慨したように言う戌千代に、爺婆は悲しそうにため息をついた。


「それはもちろん、そうです。

 しかし、たとえそうだとしても、我らにいったい何ができると言うのでしょう?

 我が子を護法の水から守ることすらできなかったというのに…」


「それは、どうかな?

 我が子を守れへんかったからこそ、嫁と孫だけは守ろうと思った。

 とも、考えられますわな。」


意地の悪い申大夫に、婆はむっとしたように顔を上げた。


「どこにおるのかも知らん、顔も分からんものを、どうやって守れると?」


「照太殿は本当に何も知らせてはこなかったのですか?

 せめてなにかおふたりを見分けるための手掛かりとか…」


「照太からの報せは何もありません。

 万に一つ報せがあったとしても、そんなものが我らの許に届くはずもありません。

 必ず、岬はそれを先に奪い取るはずです。」


戌千代の問いに爺もきっぱりと言い切った。

それににやりと意地の悪い笑みを返したのは申大夫だった。


「そんなことは、照太さんもようご存知やったやろう。

 なにせ、長年、岬にいてはったんやから。

 けど、おふたりには何としてもこのことを報せたかったはずや。

 護法になって先に逝かんならん身になった親不孝を詫びるためにも。

 子を残して血を繋いだことは、この上ない喜びのはずやからね。」


「何が言いたい?」


じろり、と睨む婆に、申大夫はいやいや、と笑顔を見せた。


「照太さんは何か、合図、みたいなもんを残したんちゃいますか?

 おふたりにしか分からへん、親子の間にだけ通じるような合図を。」


ああ!と叫んだのはリンだった。


「お母さんは照太さんのクナイを持っていたそうです。

 そのクナイは、今、みぃさんが持ってます。

 キョウさんが照太さんの形見だって渡してくれた、って。

 光にかざすと、照、の文字が現れた、って。

 あれ、じっちゃんの作ったものだったんだよね?」


爺は、諦めたように打ち明けた。


「そうです。

 坊ちゃんは、そのクナイをリンの母親が持っていたと言っていました。

 しかし、わしにはそれが、照太のものだと、一目で分かりました。

 照太は、あのクナイをとても大切にしていて、肌身離さず持っていてくれました。

 それを渡されていたのだとしたら…

 その女人は、照太にとって、大切な方に違いない、と。

 そう考えました。」


「そうか。姫さんのお母さんは、照太さんの形見を持ってはったわけや。

 それでお二人は姫さんを照太さんの忘れ形見やと思たんか。」


ぽんと手を打つ申太夫に、爺はため息を吐いて言った。


「照太の妻子が都にいるらしい、ということは岬から聞かされていました。

 けれど、それでもどこの誰かということは知りませんでした。

 坊ちゃんに付き従って都に行くことになったときには千載一遇の機会ではないかと思いました。

 もしかしたら、どこかで出会えるかもしれない。

 照太の妻子であれば、出会った瞬間に、それと分かるに違いない、と。

 遠目でいい。一目、その姿を見てみたい、と。

 そんな淡い期待を胸に抱いて、都へとむかいました。

 しかし、実際に都へ行ってみると、すぐさまその期待は打ち砕かれました。

 都の人の多さは想像していた以上でした。

 これではたとえ目の前ですれ違ったとしても、きっと分かるまいと思いました。」


「けど、白銀さんは、そのクナイと一緒に姫さんを連れ帰って来はったわけや。」


「…神仏の巡り合わせとはこのことか、と。

 あのときほどそう思ったことはありません。」


婆は両手を合わせて拝むようにした。


「それで喜んで姫をこの島に連れ帰られたのですね?」


そう言った戌千代を婆はじろりと睨んだ。


「誰が好き好んで鬼の島などに可愛い孫を連れて来たいものかね。

 そのまま母親と平穏に暮らしていられるなら、手出しなどするつもりはなかった。

 しかし、リンの母親は奇禍に遭って…

 岬の仕業だとすぐにピンときました。

 ならば、この子だけはなんとしても守ってやらねばなるまい、と…」


「しかし、姫は実際にはお二人の孫ではなく、鈴姫だったわけだ。」


太郎の一言に、爺も婆もうつむいた。


「照太は何故、リンを自らの子だと偽っていたのか。

 だとすれば、本物の照太の子どもはいったいどこへ行ったのか。

 まったく分かりません。

 母親ですら、リンのことを本当の我が子だと思っていたようです。

 リンの母親は、リンが誰かに命を狙われていると坊ちゃんに言ったそうです。

 おそらくは照太からそう聞かされていたのでしょう。

 人の多い都で、息を潜めるようにして暮らしていたのも、追手の目をくらますため。

 近所づきあいもせず、誰にも素性を明かさずに、暮らしていたそうです。

 しかし、いったい、なにをどうすれば、母親が我が子を取り違えるなどという事態が、あり得るのか…」


「生まれてすぐに取り替えて、お母さんには、これがあんたの赤さんやで、と鈴姫さんを渡したら…

 まあ、いけんことはないかもなあ。

 なにせ、鈴姫さんも、そのときは生まれたばっかり。

 まだ首もすわらん赤子やってんし。

 初産のお母さんに、産まれたてかどうかの見分けは、流石につかんのと違うか?」


簡単にそんなことを言う申太夫に、爺婆はそろって目をむいた。


「なんとなんと!

 そのようなこと、人の所業とは思えん!」


「…まあ、照太さんは、鬼やから。」


あっけらかんと返す申太夫を婆は睨みつけた。


「照太は鬼ではない!

 断じて、鬼ではない!」


「もちろん、鬼ではなかろう。

 結局はその方法で、照太殿は、鈴姫も我が子も、共に救ったのではないか?」


太郎は皆を励ますように明るく言った。


「照太さんは姫さんをご妻女に預けて、依頼主には殺したと嘘を吐いたわけやね。

 殺してないことがばれたらまずいから、そのまま親元に返すわけにはいかんかった。

 姫さんはそのまんま、照太さんのご妻女と都にいたはった。そういうことやね?」


話しをまとめる申太夫に、ある者は感動したように、またある者は納得したように頷いた。


「けど、そのせいで、姫は忌み子と間違われて岬に命を狙われる羽目になったんだし。

 ご妻女のほうは、まあ、ある程度ご覚悟もあったでしょうけど。

 姫には大迷惑っすよね。

 照太の策も完璧とは言い難いっす。

 危ない綱渡りでしょう。」


「照太さんは、我が子の命も、助けたかった。

 いやむしろ、我が子の命を助けたいがために、そんな策を練ったんと違うか?」


じっと見つめる申太夫から目を逸らせて、雉彦はじっと俯いた。


「それにしても、本物の照太さんの子どもはどこへ行ったんだろう。」


リンが呟いた。


「まあ、そっちはそっちでうまくやってるんじゃないっすか?

 べつに、わざわざ探す必要もないんじゃ?」


雉彦は淡々と言った。


「照太殿は、誰も殺さない、とおっしゃったのだろう?

 だとすれば、その子どももどこかで無事に育てられているのではないか?」


「生まれたばかりの乳飲み子なのですよね?

 照太殿おひとりでお世話をするのは大変でしょう。

 やはり、それは、その子もどこかへ預けられたのでは?」


「…御形の郷…別名、子捨ての郷。

 尾花の娼妓たちが育てられない子どもを預けたところ、でしたよね?」


雉彦はため息を吐いた。


「最初に会ったときおいら、姫のこと、お姉ちゃん呼ばわりしたりもしましたけど。

 おいらと姫は同い年、なんっすよね。

 おいらのきょうだいは、十歳のおいらを頭に、十一人、いました。

 きょうだいのうちの何人かは、拾われた子だったからです。

 けど、まさか、一番上のおいらが、真っ先に拾われた子だったとは。

 さすがのおいらも思いませんでしたよ。」


雉彦はリンのほうをじっと見つめて問いかけた。


「おいら、こんなふうにのうのうと、生きてていいんっすかね?

 知らないうちとはいえ、姫にはずいぶん、迷惑をかけてたみたいっす。」


そう言った雉彦を、リンはじっと見つめた。

そして、ぽつり、と言った。


「もしかして、…あなた、テル?」


それはかすかな呟きだったけれど、雉彦はリンを振り返った。

それから、ふいに、にこっと笑った。


「お久しぶりっす、姫。」


リンはまんまるに見開いた目で、雉彦の顔をまじまじと見つめていた。

いろいろと変わってしまった気もするけれど、その笑顔は間違いなくテルだった。


「本当に、テルなの?」


テルはにこりをにやりに変えた。


「主はいっつも嘆いてましたよ。

 姫に贈った簪も櫛も、まったく身に着けてくれない、って。

 なんとかのひとつ覚えみたいに、竜胆の柄ばっかり選ぶからっすよ、って言ったんすけどね。

 そこだけは、譲れないそうで。

 そうそう、お役目が終わるたんびに、姫は髪を結う紐をくれるって。

 姫自ら糸を染めて編んだ紐だ、って、いっつもいっつも見せびらかすんっすよ。

 けど、髪縛るだけなら、そんなにつけられないでしょ?

 なのに、もらったやつ全部、懐に入れて持ち歩いていてね?

 そんなにたくさんあるんだから、ひとつくらいくださいよ、って言うんっすけど。

 ぜーーーったいにくれない。というか、触らせもしない。

 そんなら、姫に、おいらもこっちで主に仕えてますって、言ってくださいよ、って。

 そしたら、姫、おいらにも紐編んでくれるかもしれない、って。そう言ったら。

 嫌だ、言わない、ってね。

 なんっすかね、あれ。

 結構気前いいし、バカみたいにお人好しなくせにね。

 姫に関してだけは、ケチもいいとこ。

 結局、おいらのこと、姫に話しもしてなかったんっすよね?」


リンはもっと近づくと、テルの顔を近くからじっと見た。


「本当だ。テルだ。

 なんか、大人になった?」


「お互いさまにね。」


「なんで、そんなお化粧、してるの?」


「主のご命令っす。」


「どうして、テルだ、って言ってくれなかったの?」


「言っても信じないかな、って。」


「信じるよ!」


「最初会ったとき、姫はおいらのこと、分からなかったじゃないっすか。

 おいら、姫ならすぐに気づいてくれると思ってたもんっすから。

 結構、それに落ち込んで。

 まあ、分からないなら分からなくてもいいや、って…」


「ごめん。」


「いやいや。

 おいらもまあ、いろいろとなれの果てなもんっすから。」


テルはごまかすように笑った。


「テルのときのおいらは、結構、みっともなかったでしょ?

 だから、雉彦になって、もう一度、一から姫に出会って。

 今度こそ、カッコいいとこ見せようって。

 そんなふうにも思ってもみたり。

 まあ、つまんない意地っすよ。」


「テルはずっとキョウさんのこと手伝ってたの?」


「そうっすよ。

 あのとき島へ渡っていても、水を飲まされていただけっすからね。

 主はそれよりはここへ残って自分のお役目の手伝いをしてほしいって。

 主ってば、おいらに根回しさせといて、仕上げだけ自分でやるんっすよ。

 ぎりぎりまで島にいて、最短で島に帰るためにね。」


テルは楽しそうにそう言って笑った。


「けど、何かあったときには、島へ行って、必ず姫を護れって。

 そう言って、島への行き方を教えてくれました。

 今回はまあ、なんかあった、ってより、何かあったのかを確かめたくてね。

 主としばらく連絡が取れないもんっすから。」


リンを心配させないためにか、テルはそう付け足した。


そんな気遣いもリンには懐かしかった。


「本当にテルだね。

 本物のテルなんだね。

 なんか、背も伸びちゃったし。

 声も変わっちゃったし。

 そんな変な顔してるけど。

 やっぱり、ちゃんとした、テルなんだね。」


「変な顔って…ちゃんとしたテルって、なんなんです?

 じゃあ、ちゃんとしてないテルもあるんっすか?

 背、ねえ…まあ、あのころよりはちょっと伸びましたかねえ。

 女でも十分通ってますけどね。」


「女?テルは、女、だったの?」


「女のフリ、ね?

 いろいろと正体隠しておいたほうが便利なこともあって。

 この化粧もそうなんっすけどね。

 女のフリのほうは、花街で娼妓やってるんっすよ。キギスって名乗って。

 護法白銀様のお気に入りってことになってます。

 まあ、主の登楼はすなわち、お役目の打ち合わせなんっすけどね。

 それはそれでお互い都合よくて。」


首を竦めてくすくす笑う。

その仕草も、テルそのものだった。


「…照太?」


婆の声に、テルは顔を上げた。

そう尋ねられるのは三度目だ。


テルは穏やかな目をして老婆に笑いかけた。


「おいらは、そんなに似てるんっすか?その照太って人に。」


「…似ています。言葉や仕草の端々が、まるで生き写しだ。」


そう言ったのは爺だった。

テルは軽く目を伏せて言った。


「岬の先代にも同じことを言われました。

 正直、いきなりそんなこと言われても実感も沸かないし。

 だいたい、証拠だってないんだし、似てるってだけじゃ、信じられないし。

 おいらにとって家族は、あの村で一緒に暮らしてた、父ちゃん母ちゃんと弟妹たちなんっす。」


「テル、というのは、真名なのですかの?」


婆はテルに尋ねた。

テルはちょっと気まずそうに笑って答えた。


「真名ってほど特別なもんでもないっすけど。

 まあ、ちょっと主の真似してみたかったというか。

 雉彦だのキギスだの、最近は、そっちの名前のほうが通ってますしね。

 まあ、見た目通りで分かりやすいというか。」


「テル、というのは、どういう字を書かれるのかのう?」


爺に尋ねられて、ああ、照、っすよ、とテルは掌に照と書いてみせた。


「おいらの名前って、なんか、拾ったお守り袋に書いてあった字から取ったらしいんですよね。

 なんでそんなもんからつけたんだ、って、最初聞いたときには思ったんだけど。

 もしかしたら、そのお守り袋って、おいらと一緒に拾われたものだったのかな。

 うちの父親は、字が読めなくて、村に来た偉い人に読み方を聞いたそうで。

 そしたら、その人が、テルテル坊主のテルだ、って教えてくれたらしくて。

 機嫌のいいとき、わざわざ長いのに、おいらのこと、テルテル坊主のテル、って呼んだりして。

 まあ、口調もいいし、気に入ってたのかな、って…」


「お守り袋?」


婆は食い入るようにテルを見つめて尋ねた。


「そのお守り袋、今は持っていなさらんのか?」


テルは困ったように視線をそらせた。


「いや、おいらが持ってたら失くしそうだったし。

 大事なものだからって、父ちゃんに預けてました。」


「あの子を養子に出したとき、わしはクナイを、婆はお守りを、それぞれ作って持たせたんです。

 それにはどちらもあの子の名の照の文字を入れておきました。」


爺は説明するように言った。


「ここまで条件揃ってんにやし、岬の先代も、似たようなこと言いはるんやし。

 やっぱり、あんたは照太さんの息子さんやろ。」


とどめを刺すように申大夫はテルに言った。


「なんとまあ、なんとまあ。

 長生きはするもんじゃ。

 よもやまさか、生きて照太の息子に会えるとは。」


婆はそう言ってテルの傍に近づいてきた。


「顔をよう見せておくれ。

 目元や鼻の辺りが照太に似ておるようにも見えるのう。」


顔をまじまじと見つめられて、テルは気まずそうに笑った。


「これも、神様仏様の巡り合わせか。

 有難や有難や。」


爺はテルにむかって両手を合わせた。


「いや。あの、おいらを拝まれましても…」


助けを求めるように、テルはリンのほうを見た。


「よかったねえ、テル。

 なんか、わたしも、嬉しい。

 生きててくれて、有難う。

 テルとはきょうだいだったみたいな気持ちだよ。」


リンも嬉しそうにテルに言った。

テルは少し照れたように笑ってから、爺婆のほうを見た。


「もしかしたら、おふたりは、おいらのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんということになるんでしょうか。

 ずっと、家族全員失くしたと思ってたけど。

 ここにもおいらの家族がいたとしたら、すっごく嬉しいです。

 ただ、でも、もしもそれが違っていたら、って思ったら…

 なんか、怖くて…、だから、それを信じられないっていうか…

 信じない方がいいんじゃないかって、ずっと、そんな気がして…」


不安げに視線をさ迷わせるテルに、リンは明るく笑いかけた。


「大丈夫だよ、テル。

 たとえ違ってても、じっちゃんとばっちゃんは、もう、テルのじっちゃんとばっちゃんだよ。

 だって、もしテルがじっちゃんとばっちゃんの本当の孫なら、わたしはもう他所の子なんだけど。

 わたしは、全然、他所の子だ、なんて、思わないもん。

 ねえ?それでいいよね?ばっちゃん!」


「当たり前じゃ!」


婆は一言そう言うと、リンとテルとを同時にぐいと抱き寄せた。


「リンもテルも。

 照太も、坊ちゃんも。

 みんなみんな、大切な家族じゃ。」


婆にぎゅっと抱きしめられて、リンは、苦しいよ、とちょっと笑った。


「うぉぉぉぉん!!!」


突然の号泣に、全員がぎょっとして注目した。

大きな声を上げておいおいと泣き出したのは太郎だった。


「なんと温かいことか。

 攫われた姫の話しを最初に伺ったときには、なんという酷いことをする鬼だと。

 これは退治せねばなるまいと思いましたけれども。

 みなよい人ばかりじゃ。」


手放しで大泣きをする太郎に、全員、声を立てて笑いだした。








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