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花咲鬼  作者: 村野夜市
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第十八章 ~貴島

雉彦たちの一行は船着き場で舟を借りた。

舟の操り方も、雉彦は、一応、享悟から教わっていた。

器用に櫓を操る雉彦を、申太夫は感心したように見上げた。


「へえ。意外な特技をお持ちやねえ。」


「…べつに。」


申太夫に褒められてもあまり褒められた気がしない。

雉彦はこの上もなく不機嫌だった。

そっけない雉彦に、申太夫は全く動じることもなく続けた。


「ところで、あんさんの主さんは、いつから連絡が取れへんのです?」


「こっちからはずっと取れませんよ。」


聞かれたことの意味は分かっているのに、わざとそんな答え方をする。

けれど申太夫はけろりとして尋ね方を変えてきた。


「いつもは、あちらから連絡をしてきはるんやね?」


「…はい。」


「その連絡が、途絶えてもうた、と?」


「……はい。」


「どのくらい、途絶えてますの?」


「前回のお役目の後…半月くらい…」


「今まではそんなに開いたことは、ないんやね?」


「…はい。」


「その理由に心当たりはないんか?」


「……………、はい。」


「ところで、鈴姫のことは聞いてくれはりましたか?」


「…………………はい。」


「なるほど。それが理由やと思うてはるんやね。」


ダメだ。苦手だ。

この申太夫は、凪砂以上に苦手だ。

何も言っていないはずなのに、何もかもお見通しな目をする。

いっそ開き直ってこちらから話してしまったほうが楽かもしれない。

雉彦はひとつ深呼吸をすると、一息に言った。


「主は鈴姫のことはご存知ありませんでした。

 攫われた赤ん坊をタダで救出した護法の話しも、そんなことはあり得ない、って。

 帰ったら記録を調べてみる、と。

 主と話したのはそこまでです。

 その後のことは分かりません。」


「帰って記録を調べてみた。

 そしたら、そのままどこかへ行ってしまいはった。

 そらもう、姫に関することで何かあったに違いないやん。」


断言されて、雉彦にはうっと押し黙った。


「よもや、姫をお返しするのが嫌で、連れて逃げたのではありませんか?」


横から戌千代が言った。

それは今雉彦が一番言われたくないことだった。

けれど、それだけはないという確信も雉彦にはあった。


「返したくないだろうと言われたら、そりゃあ、返したくないでしょうけど。

 連れて逃げるなんてことは主はしません。

 主は自分の気持ちよりも姫の幸せを大切にする人です。

 それが姫にとって幸せだと判断すれば、自分の心を折ってでも姫を返すでしょう。

 けれども主は姫の安全を何より優先しています。

 姫の身の安全を確認するまでは、島からは出さないはず。

 よしんば、何か新しい情報を手に入れたのだとしても。

 念には念を入れて確認を取ってからでなければ、主は姫をどうこうはしません。」 


「へえ~。言い切りはったな。」


どうしてだろう。

こんなに話していていらいらする相手というのも珍しい。

雉彦は申太夫に向かってうっかり舌打ちしそうになったのをなんとか堪えた。

怒りに捕らえられそうなときほど、冷静になれ。

享悟の教えを実践するのはなかなかに困難だったけれど、今こそそのときだと思った。

雉彦は正面からその目を見据えると、低い声で静かに言った。


「あなた方は主のことを酷い鬼だと思っているのかもしれませんけど。

 主は、鬼とは呼ばれていても鬼じゃありません。

 そもそも、護法は、義のない輩には手を貸しません。

 この世の非道を正すため、鬼神の如き力を以て、弱い者に味方をする。

 それゆえに、護法は、鬼ではなく、護法と呼ばれるんです。

 鬼の如く、というのはその強さであって、性質ではありません。」


「やれやれ。ほんま、あんた、ご主人のこと、大好きやねんなあ?」


揶揄うように言われて、雉彦はややむっとして返した。


「主はおいらの恩人ですから。恩人に誠を尽くすのは当然でしょう。

 曲りなりにもおいらが今こうして生きていられるのは主のおかげです。

 あのとき主に拾われてなかったら、おいらはずっと戦場で賊の真似事をしていました。

 今頃はもう生きていなかったかもしれません。」


「そら、まあ、もっともやけどね。

 あんたのは、もうちょっと、こう、白銀さんのこと大好きでしゃあない、みたいな感じやね?」


そりゃ!と言いかけて、雉彦はちょっと考えてから続けた。


「主のことは好きですよ。

 あんないい人いませんから。

 見ていて、なんでこの人はこんなにいつも自分に辛い方ばっかり選ぶんだろうって思います。

 それでも、主はいつも誰かのためにばっかりで。

 自分のこと二の次三の次にして、力を尽くすんです。

 誰かの心を楽にするためになら、自分が悪者になっても構わない。

 誰かのために働いていて、それが相手に気づかれなくても、相手が幸せになればそれでいい。

 そういうこと、意識もせずに、さらっとやってのけてしまう人なんですよ。

 主は頭もいいし武術も強いけど、自分の能力全部、自分のためには使いません。

 全部全部、誰かのためなんです。

 だけど、誰かを救うためには、誰かを傷つけてしまうこともあって。

 そういうとき主は、救われた人に感謝されても喜びません。

 むしろ、傷つけてしまったことに自分も傷つく。

 どう考えても極悪非道の敵だったとしても、です。

 傷つけずに切り抜ける方法を見つけられなかったのかと、何度も何度も自問自答を繰り返す。

 それって、心底、優しい人だということでしょう?

 あれじゃ、さぞかし生き辛いだろうって、思いますよ。

 主は、そんな生き方しかできない、不器用な、けど、優しい優しい人なんです。

 おいらにとって主は、友だち、というわけでもないし、仲間、というのともちょっと違うけど。

 そういう自分と同等に見做してしまうのはあまりに申し訳ないっていうか。

 もっとこうずっと上にいて、尊敬?うん、尊敬してるんだけど、でも、すっごく近い感じもして。

 いっつもおいらのこともすっごく気にかけてくれてて。

 兄貴、とかいたら、あんな感じなのかな?

 いや、あんな立派な人とこのおいらが血が繋がってるとかはないけど。

 やっぱり、主、と呼ぶ以外にないんですけど。

 とにかく、そんなにすごい上の人で、憧れ?そうだ、おいら、主に憧れてて。

 そんな憧れの人なのに、いつも近くにいてくれて、気安く口なんかもきいてくれて。

 最近じゃ、おいらにもだいぶ気を許してくれてきたのか、結構なんでも話してくれて。

 ええもう、それこそ迷惑なくらい、何から何まで、ずずずいと。

 特に、姫のこととなると、同じ話し、十回くらい繰り返し繰り返ししますけど。

 まあ、おいらも、姫の話しなら、何回聞いても楽しいから、嫌じゃないんっすけど。

 それ聞いてると、主は本当に姫のこと大事にしてるんだなってよくわかります。

 だからやっぱりおいらは、主は」 


ずっとしゃべり続けて、息が苦しくなった雉彦は、一度大きく息を吸った。


突然語り出した雉彦に、申太夫の目は丸くなった。

いったん語りだすとなかなか止まらないらしい。

けれど、雉彦が息継ぎをした隙に、にやり、と笑って言った。


「そこまで慕われてるなんて、幸せ者やね、白銀さんは。」


先手を打たれて雉彦は、少し考えてから言った。


「主には返しても返しきれない恩があります。

 けどそれ以上に、おいらは主のことが大事です。

 大事な人と連絡取れなくて心配なのは、当然でしょう?」


「まあ、それはそうや。」


申太夫は大きく頷いて見せた。

それを胡散臭そうに見て、雉彦は鼻を鳴らした。

やっぱり、どんなときでも冷静に、というのは、なかなかに難しい。


「まあ、そんな嫌いなや。」


申太夫は宥めるように言って、かすかに笑った。

それはいつもの皮肉の混じったのとは違う、どこか素に戻ったような笑みだった。

けれど、申太夫はその笑みは一瞬で引っ込めて、またどこか意地悪な目つきに戻ってしまった。

だから、雉彦は申太夫のその笑顔には気づかなかった。


「主はああ見えてものすごく優秀な護法なんです。

 主のお役目は半月と開くことはないんっすよ。

 おいらはもう少し間を開けてもいいと思うんですけど。

 主の助力を待っている依頼主は引きも切らないんです。

 主は困っている人を放っておけないし、島の連中のためにもなるたけ稼ぎたいから。

 かなり無理してお役目を果たしているんです。

 けど、いつも通りお役目を果たしているのなら、おいらに連絡がないのはおかしい。

 主はおいらに策を与えて、先に根回しをさせておくんです。

 そうすれば効率よくお役目をこなしていけるし、少しでも姫の傍に長くいられます。

 護法は守護の傍にいないと回復できません。

 だから普通の護法はお役目に必ず守護を連れて行きます。

 けど、主は姫の安全のために姫を島から出さない。

 その分、島にいる間に少しでも姫の傍にいて回復するんです。

 それだけ主は、自分のことは二の次にして、姫のことを大切にしているんです。

 確認の取れていない情報に踊らされて姫を軽々しく扱うはずありません。

 ましてや、返したくないというだけで、姫を連れて逃げるようなことは絶対にしません。」


ふん、と鼻をひとつ鳴らした雉彦に、申太夫は盛大な拍手をした。

その手をぐっと引き留めて、太郎が尋ねた。


「つまり、雉彦殿のお見立ては、白銀殿は今それを確認しているということか?」


太郎の問いに、雉彦は首を傾げた。


「…いや。それも、どうかな…」


はぐらかすつもりはない。

ただ、それに関しては雉彦自身もよく分からない、というのが正直なところなのだ。


「…確認しているにしても、おいらに連絡を取ってこない理由が分からない…

 そういうことには手は多いにこしたことはありませんから。

 姫に関することなら、おいらが喜んで協力するって、主だって分かっているはずです。」


「なんかあんたには言われん理由があるとか?」


軽い調子の申太夫に、雉彦はどうしてもむっとしてしまう。


「主がおいらに隠し事をする理由なんかひとつも思いつきません。

 ことによっては聞いてないことまでこっちが迷惑するくらい事細かに話して聞かせるのに。

 おいらに主が言えない理由なんて、例えばどんなのがあるのか、言ってみてくださいよ。」


そうやな、と申太夫は少し考えて、当てずっぽうのように言った。


「実は、姫さんの敵はあんた自身やった、とか?」


「……。それはあり得ません。おいら自身が断言します。」


場の凍り付くような雉彦の怒りを躱すように、へらへら笑いを浮かべて申太夫は続けた。


「まあ、流石にそれはないか。

 けど、あんたの縁者やったらどうや?

 お身内とか、親戚筋とか。古い馴染みの友だちとか。」


雉彦はわざとらしくため息を吐いてみせた。


「おいらの両親も兄弟も、親類縁者も、もうこの世にはいません。

 村ごと戦にやられましたから。

 おいらみたいに生き残ったやつもいたかもしれないけど、いるのかいないのかすら知りません。

 そもそもただの田舎の村ですよ?

 芹の郷なんてところとの関わりなんかもまったくありません。

 主に敵と見做されるような理由なんて、それこそ思いつきませんよ。」


「しかし、まったく心当たりはないのか?

 白銀殿が連絡を絶たれたことについて。」


太郎の真っ直ぐな目に、雉彦は少し困ったように答えた。


「…よほどただ事じゃない状況に陥った、とか…」


言いかけた言葉を雉彦は強く否定するように付け足した。


「いえ、おいらは、そんな状況でないことを確かめるために島に行くんです。」


付け加えられたほうではなく、最初の言葉を拾って、太郎は尋ねた。


「護法殿にとってただ事でないというのはどういう状況なのか?」


雉彦は今度こそ思い切り言いたくなさそうに答えた。


「狂気に堕ちたか、命を失った。あるいは、その両方、か。」


「狂気に堕ちるとは、よほどの状況だと思うが。

 そなた、そうなる理由に心当たりでもあるのか?」


「それは、分かりません。

 ただ、まったくないとは言い切れません。」


「気がおかしくなって、雉殿のことも全部忘れてしまわれたと言うのですか?」


まさかそんなことはないだろうと言いたげな戌千代に、雉彦はわずかにため息をついた。


「…忘れるくらいで済んだら、いいんですけど…」


「どういうことやねんな?

 もっと酷いことになってる、とでも?」


いい加減雉彦の歯切れの悪い物言いにいらいらしたように申太夫が言った。

雉彦は諦めたように具体的に話し始めた。


「狂った護法は周囲の物も人も区別できずに、ありとあらゆるものを破壊するそうです。

 人並み外れた護法の力をもってすれば、島ひとつ壊滅するくらいすぐ、だそうです。」


「島ひとつ、て…」


「けど、島には他の護法もいます。

 たとえ狂った護法が出ても、即座に取り押さえられる。

 そういうときのための部隊というものも島にはあるそうです。」


「取り押さえられて、どうなんの?

 牢屋に入れられるとか?お裁き、とか受けるの?」


「取り押さえる部隊はあっても、牢屋なんかありませんよ。裁く人もいません。

 生きたまま取り押さえられるなんて絶対に無理ですから。

 狂った護法は島では一番忌避されるものだそうです。重罪人より酷い扱いを受ける。

 亡骸だって、村の墓地になんか葬ってもらえません。

 島の周囲には広い海もありますしね。

 名を遺すことすら許されず、記録も全て抹消されるそうですよ。」


舟の中の全員が押し黙った。

ちゃぷちゃぷと静かな波の音だけしばらく響いた。


「白銀殿は島の人々にとっては、恵みをもたらした恩人ではないのですか?」


不満げに尋ねる戌千代に、雉彦は悲しそうに首を振った。


「狂ってしまえばおしまいです。

 それまでいかに貢献してこようと。

 主は昔、一度だけ、狂った護法の狩られるところを見たんだそうです。

 子ども心にもあれは恐ろしかったと言っていました。

 同胞たちに寄ってたかって追い詰められ、問答無用に殺される。

 そして、亡骸は海に捨てられる。

 あんなふうにだけはなりたくない、とも。」


雉彦は記憶を辿るように暗い海のむこうを見つめてから言った。


「主は狂ったりしません。それだけは絶対にありません。

 そもそも、島には姫がいるのに、主を狂わせるわけがありません。

 昔一度だけ、予想外に姫を怪我させてしまったとき、主は狂いかけたことがありました。

 おいらもそのときその場にいましたけど、その主の姿は、ただただ只管に、恐ろしかった。

 怖気づいたおいらは、身動きひとつできず、逃げることすら思いつきませんでした。

 日頃の主は、穏やかで物静かで理性的な人なんです。

 それがあのときは、獣のようでした。

 けれど、姫はそんな主を恐れもせずに召び喚しました。

 本当に、毛筋ほどの躊躇いも見せなかった。

 あの姫のいる限り、主の狂うことはあり得ません。

 そして、主はたとえ己の身を犠牲にしても、姫のことは護るはずです。

 主より先に姫の身に何か起こることは、決してありません。」


「しかし、だとすれば、あと残る可能性は…」


戌千代は言いかけて言葉を濁す。

その続きは誰も口には出さなかった。

もう一度、舟の中は沈黙に支配された。


沈黙を最初に破ったのは申太夫だった。


「まあええ。

 わたしらの用事があるのは、姫さんなんやから。

 とりあえず、姫さんは無事に島にいてはるんやろ?

 それでええやんか。」


雉彦がちらりと申太夫を睨む。

太郎と戌千代は、うぅむ、と唸り声だけ漏らした。


申太夫はなにかに駆られたように早口で続けた。


「姫さんに会えたら、事情を全部話して、そんで芹の郷にお連れする。

 わたしらのやるべきことはそれだけや。

 鬼さんは関係ない。

 むしろ、いてはらへんかったら、それはそれで、好都合。

 まさしく、鬼の居ぬ間になんとやら。」


「姫は主に断りもなく勝手な行動なんか取りませんよ。」


睨みつける雉彦に申太夫はへらりと笑ってみせる。


「そこはそれ。口八丁手八丁。

 口から先に生まれたと言われるこの太夫様の出番や。

 姫さんうまいこと丸め込んで、ああ、いやいや、説得して、連れてくるやんか。」


雉彦はますます険しい表情になった。

と、何を思ったかいきなり舟を激しく揺らした。

舟に乗っていた者らはあわてて舟べりにしがみついた。


「ちょっ、なにしはんねんな。殺すつもりか?わたしらみんな泳がれへんのに。」


申太夫は真っ先に悲鳴を上げた。


「あんたたちなんかやっぱり連れてくるんじゃなかった。

 ここで、この舟、下りてくださいよ。

 おいらは主の傍にこれ以上厄介事を持ち込むわけにはいかないんっすよ。」


凄むように見据える雉彦に、申太夫は、きゃっ、と悲鳴を上げて顔を隠す。


「雉彦殿、やめてくだされ。

 申殿は口は悪いが、決して悪人ではない。」


「姫に失礼や無茶なことは決してしません。それだけは約束します。」


必死にとりなす太郎と戌千代に、雉彦は舟を揺らすのをやめて、ふん、と鼻を鳴らした。


「このくらいじゃ、落ちませんよ。」


「そんなん分からへんやんか。落ちたらどないすんねん。こんな何もない海の真ん中で。」


申太夫はいつもの余裕もどこへやら、青い顔をしている。

雉彦はぷいとそっぽをむいた。


「雉彦殿。そなたが白銀殿を案ずる気持ちは分かる。

 しかし、先ほどからの話しはみな、いわばそなたの憶測ではないか。

 なにひとつ、確実に起こること、とは言えなかろう?

 行ってみれば、すべて杞憂だった、ということになるかもしれぬ。

 悪戯に不安ばかり掻き立てるよりも、今は確実なことだけを話したほうがよい。

 申殿の言いたいのは、そういうことではないのか?」


諭すような太郎の言葉に、雉彦は小さく唸った。


「白銀殿は姫にとっての恩人です。

 そのことは芹のご両親にも伝えねばならない、と申殿は言っておられたのです。

 いっそのこと、婿入りしてもらったらどうだ、とも。」


焦った戌千代はそんなことも全部話してしまった。

それを聞いた雉彦は目を丸くした。

さっきまでの悪役然とした申太夫と、同じ人の言ったこととは、俄かには信じ難かった。


戌千代にまで暴露されて、申太夫はきまり悪そうにそっぽを向いた。


「大切なひとり娘のご婚儀や。

 そんなもん、わたしらの口出しする隙なんか、あるわけないやんか。

 そうなったらええなあ、て、言うただけや。」


憎まれ口のように言う申太夫に太郎はやれやれという顔をした。


「雉彦殿。このサルは見かけほどの悪人ではない。

 口の悪いのはこやつの癖のようなもの。

 大目に見てやってもらえぬか。」


申太夫に代わって頭を下げる太郎に、雉彦は念を押すように言った。


「主は姫を攫った犯人じゃありません。

 姫のことを狙う悪者から姫を護るために、島へ連れて行ったんです。」


それもうなんべんも聞いたって、と申太夫は小さくつぶやいた。

そして、不満気に付け足した。


「お母さんに会わせてあげたい、言うたら、そのまま白銀さんは行方不明になりはったんやろ?

 そら返しとないから、逃げ出したて、思われてもしゃあないやんか。

 鬼の島にはそう簡単には行かれへんのやし。

 一回も会うて話したこともないのに頭ごなしに信用はできへんやろ?」


一度享悟に会わせてほしい、それは前にも太郎たちに言われたことだ。

享悟はもう少し詳しく調べるまでは、と保留して、島に帰った。

そして、そのまま、行方を絶ってしまった。


「そのことは、あんたたちには悪いと思いますよ。

 けど、主にとってもあんたたちを頭から信用はできないんだし。

 それに事は姫に関わることっすから。

 もう少し調べてから、というのも仕方のないことだと、思っていただきたいっす。」


「まあ、それは、わたしらも理解できへんというわけやないけどね?」


申太夫はため息をひとつついてから苦笑した。


「なあんも、難しいことはない。

 行方不明だった娘さんを生みのお母さんに会わせてあげたい、って。

 ただそれだけのことやんか。」


「…すいません、っす。

 主に代わって、そこは謝ります。」


「まあ、ええわ。

 わたしらも、こうして無理やり雉彦さんについてきてしもうたわけやし。

 保護者さんにお会いしてへんのは、ちょーっと気もひけるけどな。

 姫さんかて、もう子どもやないのやし。

 ちゃんとお話しして、そんで、姫さんに決めてもらうとしましょ。」


申太夫の言うのももっともだ。

雉彦もそれには反論はできなかった。






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