勇気を出すということは
それから俺は毎日町の人達が作業をしている田畑と牧場の近くの木の下に行くようになった
朝ご飯を家で食べてから昼飯を袋に包んで持ってきて木の下の木陰に座る
けっこう早い時間から来ているのに町の人達は俺が来るよりもっと早くから田畑で作業をしていた
真剣な表情で畑を耕し、動物達の世話をして、時たま一緒に作業している人と何かを話して笑いあう
そして昼飯の時間になればただなにもせずぼーっと作業を眺めているだけの俺に声をかけてくれて皆で昼飯を食べるのが日課になっていた
昼食の間は色々な話題が飛び交うが全てが全て明るい話ではなかった
どこの誰が交易に出たが怪我をして帰ってきた、どこどこの森でモンスターが現れて負傷者が出た、などなど
一応勇者という立ち位置の俺はその話を聞く度にどうしようもなくいたたまれない気持ちになった
でもそんな話をしていても誰も俺を責めることはなく嫌な視線のひとつも送らずこの漬物旨いから食べなさい、成長期なんだからこの肉も食べろなんて俺の皿にどんどん食べ物を置く
食べ終われば皆また作業に戻っていき夕方になれば解散
そして俺も家に帰る
そんな毎日をただ送っていれば少しずつ疲れていた俺の心が癒されていくのが自分でもわかった
1ヶ月もすればこの世界に来たときのようなささくれだった感情の隆起も少なくなり少しずつまた笑える時が増えた
そんなある日のことだ
決意を固めた俺はいつもより早く起きると手早く支度をして家を出た
そしていつもの木の下ではなく畑の前で皆が来るのを待った
「あれ? いつもより大分早いお着きじゃねーか、どうしたんだ勇者の兄ちゃん」
俺が到着してから約15分
今日一番に畑に来たのはバッグさんだった
「あ、いえその……別に理由があるわけじゃあないんですけど……」
いざ対面して言い出そうとすると一気に自分のなかで膨らんでいた勇気がしぼんでいってしまう
「何か言いたいなら言ってみな、ゆっくり自分のペースで構わないからよ、他の皆はまだ来ないしいくらでも待っててやるからよ、ここにはお前を急かすような奴は一人もいない」
笑いながらバッグさんがくれたその言葉はいとも簡単に俺の背中を押してくれた
「……俺にも畑、手伝わせてくれませんか?」
「畑を?」
「は、畑じゃなくても牧場の動物達の世話とか雑用でいいんです! 迷惑にならないように頑張りますからっ……」
誰とも関わらず何もしない
そう心に決めた筈なのに
気づけば何もしないことに罪悪感を覚えるようになっていた
同時に皆が頑張って作った、育てたものを何もしない俺がただ貪ることにどうしようもない引け目を感じた
だから少しだけでも俺も何かの役に立てればと思った
簡単に言ってしまえば絆されてしまったとでも言おうか
自分のことながら本当に単純すぎて笑えてくるが
「ダメ、でしょうか?」
ただこれで足を引っ張るだけだと断られてしまえば散々悩んだ上に言っておいて痛いことこの上ない
「勿論良いに決まってるじゃねーか! にしても働かなくていいって王様が言ってんのに働きたいなんて今時の若いのにしては根性あるなぁ勇者の兄ちゃん!」
バッグさんはそう言って豪快に笑うと俺の背中を強く叩いた
俺は内心胸を撫で下ろしたが実のところこの人が俺の申し出を断るところなんて想像がつかなかったのも事実だ
俺はこの日、本当の意味でこの国の人間になれたのだと思う