葛藤
早いもので俺が異世界に召還されて早5日が経とうとしていた
「……」
誰とも関わらず過ごすのだと心に決めて早速用意された家に引きこもり始めたのはいいものの俺は早々に暇をもて余していた
あの後家のベッドでだらだらとしていれば日も落ちた頃に城からの使いが来て夕食に誘われたが俺はそれを断り毎日朝に纏めてで構わないので食事を持ってきて欲しいということとそれ以外の無駄な接触は避けて欲しいという胸を使いに伝えた
そしてどうやらその願いは聞き届けられたようで毎日きっかり七時に使いのものが俺の家の前に1日の食料を置いていくようになった
これなら誰とも関わらなくていいと意気揚々としていたのは最初の2日立たないぐらいの間だけだった
一番に困ったのは時間を潰すための娯楽がないこと
王の使いに聞いた話ではこの世界にはアニメはおろか漫画のようなものもないとのことだった
そして何よりスマホというものが存在しないことにスマホがないという生活があり得ない1スマホ依存者としては絶望したものだ
最終的に暇をもて余している俺を見かねたた王の使いが次の日の朝1日の飯と一緒にこの世界の本を沢山抱えて持ってきてくれたのだが数ページパラパラと捲ってみただけで止めてしまった
向こうの世界にいたときはそれなりの読書家だったのだが医大の受験の時に医学書や学習書だけしか読むのを禁じられて以降医大を落第した後も本を読む気にはなれず自堕落な毎日のなかで気づけば見るのは漫画やよくてラノベになってしまいそれから挿し絵のない活字を見ることが苦手になってしまった
そして5日目の今日
朝ごはんを食べ終わってついに暇が限界に達した俺はこのセクの村を少しだけ散策してみることにした
まず何処に行くか考えた結果商店街に行ってみることにした
一回案内をしてもらった場所だ
そこまでいりくんだ道でもなかったので迷うことなく商店街にたどり着くことはできたのだが着いたはいいもののやはり回りの人たちの反応が少し気がかりではあった
にぎわう商店街のなかを歩いていれば通りすがる人たちは皆ちらりとこちらの様子を伺ってくるのだ
理由はきっと俺が勇者でこの村の人間ではないから
だから田舎も人間も嫌なのだ
「勇者のお兄ちゃん!」
心の中で散々文句を言いながら歩いていると一人の少女が笑顔で声をかけてきた
「……なに?」
俺はかがんで少女に視線を合わせる
「これあげる! 頑張ってね」
女の子は笑って俺にリンゴによく似た果物を手渡してくれると俺の返事を待たずに走っていってしまった
女の子を視線で追えばその先にはお母さんだと思われる女性が立っておりその人もこちらに笑いかけると会釈をして少女と手を繋いで歩いていってしまった
「なんだったんだいったい……」
俺が呆然としているとすぐ横にあった八百屋らしき店の店員が笑いながら俺の肩を叩いた
「みんなはしゃいでるのさ、この村に村人以外の人間が来るだけでも珍しいのに久しぶりの客人が異世界から召還された勇者なもんだから」
「……そうですか」
別に俺は好きでこの世界に召還されたわけではない
なのに変に期待されても困るというものだ
「それはリープの実っていってなこの村でも沢山作られている木の実だ、甘くて旨いしそのまま食べられるからな」
おじさんはそれだけ言うと店に戻っていった
あの少女は頑張ってと言っていた
勇者として生きていく俺のことを応援してこの実をくれたのか
俺は服の袖で軽くリープの実を脱ぐって一口、噛った
それから俺はリープの実を食べながら商店街のなかを巡っていたのだが大抵はこちらの様子を見る程度だったが何人かは声をかけてくれてその中のさらに数人はあの少女のようにいろいろなものを俺にくれたためまだ買い物をしてないのにけっこうな荷物が出来ていた
今日元々俺が商店街に来たのは何か暇潰しに使える物が売ってないか見るためだったのだがこれ以上物が増えても帰るのが大変になってしまうと判断して俺は早々に商店街から道を反れた
道を反れたはいいが困ったことになった
来た道とは違う適当な場所で道を反れてしまったせいで道に迷ってしまったのだ
しばらく歩いてみたものの辺り一面田畑ばかりでほとほと困ってしまった俺は仕方なく近くの木の下に座り込む
「……」
この国を案内してもらったときもそうだったがこの国の人達は子供も大人も皆それは楽しそうに笑っていた
空を見上げればかんかんでりの太陽が輝き周りを見渡せばたくさんの木の実や穀物がなった田畑がある
行き交う人々は笑いあい、知らない人間にも声をかけあう
なんというか、平和だ
現世にいた頃はただ1日1日を生きることに必死だった
それは俺だけに限ったことではなく行き交うサラリーマンも、学生も、それぞれが眉間にシワを寄せて早歩きにすれ違うだけ
そんなものばっかり目について、笑ってる人もいたのだろうが気づくことなどなかった
それは俺に見ている余裕がなかっただけなのかもしれないが
「おい勇者の兄ちゃんじゃねぇか! こんなところでなにしてんだ?」
声のしたほうを見ればこの前道案内してくれたバックさんがヤギと牛を混ぜたような生き物を繋いだ手綱を持って立っていた
「バックさん……いえ、暇潰しの道具でも探そうと買い物に出たんですが恥ずかしい話道に迷ってしまって」
こんなところで数少ない知り合いに会うとは思わなかった
しかもよりによっていい年して迷子になっているところで
「なんだそうだったのか! どうりでたくさん荷物を持ってるはずだ、どうだ? 良い暇潰しになる物は見つかったか?」
バックさんは豪快に笑いながら俺の横に腰かける
「……それが、今持ってるのは全部貰い物で、商店街を歩いていたら色んな人がくれたんです、これ以上持てないから一旦商店街を抜けようと思って適当な道を曲がったらこの有り様、笑っちゃいますよね」
「別に笑ったりなんてしねぇさ、来たばっかりの土地で迷わないほうが無理はない、ほら搾ったばかりのポポロの乳だ、これでも飲んで少し休んで疲れが取れたら送っていこう」
バックさんは肩にかけているカバンからビンを取り出すと手慣れた様子で手綱に繋がれた動物から乳を搾ると俺に渡してくれる
「この動物がポポロですか?」
「ああこいつがポポロだ、この町ではたくさん牧畜されてるから嫌でも見慣れるさ、それにしても歩いただけでこんなにたくさん贈り物があるなんて皆なんだかんだはしゃいでるんだな、町を上げての宴なんてこのご時世そうそうあるもんじゃない」
楽しそうに話すバッグさんだがこのご時世という言葉の部分に少しの哀愁が感じ取れた
「今この世界はそんなに大変な状態なんですか? その、魔王とかのせいで」
「んー、そうだな、この8年間で世界はすっかり変わっちまった、そこらじゅうに魔物がいるせいで簡単に町から出ることも出来ないし交易さえも命がけ、特に攻撃されていないこの国でさえこんななんだ、侵攻を受けてる国なんてのはもっと酷い筈だ」
「……」
そこまで言うと一旦口を止めて眉間にシワを寄せるとまた話し出した
「それだけじゃない、勇者の兄ちゃんに言うのはあれなのかもしれないが、召喚された勇者様達ってのがなかなか曲者揃いでな、その力を使って世界を救おうと思ってる奴なんてほんの一握りだ、後の奴らはその力を使って散々好き放題してるだけだ」
明確な憤りを含んだその言葉に何も言えなかった
なぜなら俺は召喚された側だからだ
しかもその一握りの世界を救おうとしているほうではなく勝手に召喚されたということを理由になにもしようとしない好き放題しているほうなのだから
「こんなこと言って悪いな、別に勇者の兄ちゃんに言ってるわけじゃないんだ、最近そういう奴らが多すぎてな、そいつらに比べて勇者の兄ちゃんは偉いなぁ! 今時敬語さえ使えない奴らばっかりなのに、じゃあ帰るか!」
明らかに優れない顔をしているであろう俺のほうを見てバックさんはそう続けて立ち上がった
確実に気を使わせてしまった
だが俺にどうしろというのだ
俺など元々さしたる力も持たないのに
だからと強くなる為に努力もしたくない、死ぬのを邪魔されて勝手に召喚されたのだ関わりたくもない
王もこの国も、大変なはずなのに笑っている人間も、大嫌いな筈なのに、話を聞いて心の中にできたモヤモヤが消え去ってはくれないのは何故だろうか