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皆が笑って暮らせる町

 お前はどうしようもない落ちこぼれだ

 お前など産まれてこなければよかったのに


 パチリと目を開けるが目に映るのはいつもの見慣れた天井ではなかった

 ああ、そうか

 俺は異世界に召還されたのだ

 こうして寝て起きてもまだ元の世界ではないということは昨日のことは夢ではなかったようだ

 もしくは俺の頭がおかしくなった可能性もまだ消え去ってはいないがこの際どちらでもいい

 元々死ぬ予定しかなかったのだからどちらでも変わらないだろう

 それにしても嫌な夢を見た

 あの呪いの言葉を言われたのはいつだったろうか

 もう思い出すことも出来ない

 でも父の俺を見る目は忘れない

 あの瞬間父にとって俺も見下す対象へとなったのだろう

 トントントン

 そんな昔のことを思い出していればタイミングよく部屋の扉が叩かれた

「どうぞ」

「失礼します、朝食のご準備が出来ております、食事しながらこれからのことを王が話したいとのことですがご気分のほういかがでしょううか?」

 部屋に入ってきたのはおそらく昨日も顔を合わせた飲み物を注いでくれた少女だった

 この城のメイドなのだろうか

「今行きます」

 まぁ誰だろうとどうでもいいが

 俺は一言返事を返してベットから降りて鏡の前で軽く身だしなみを整えると少女について部屋を出た


「おはようございます、よく眠れましたか?」

 王様は昨日と変わらない笑顔で椅子に座って訊ねてくる

「まぁ、それなりには」

「そうですか! それはよかったです、どうぞかけてください朝食を取りながら今後についてお話させてください」

 そう言って王様が椅子を示す

 椅子に座れば昨日の豪勢な夕飯ほどではないがそれなりに手を尽くされたのが見て取れるあさげが並んでいた

 よくもまぁ毎日こんなに贅沢が出来るものだ

 結果論王の考え云々というより魔王を討伐するために勇者を召還して戦い功績を上げる必要もない程に資材が豊富な国なだけではないのだろうか

 そんな暇潰しの邪推をしながら食事に手を付ける

「ケンマ殿、まずはこちらを」

 王様はそう言ってこちらに赤い宝石の付いたペンダントを差し出した

 昨日あのフードの男が持っていた物に似ているように見える

「これはなんですか?」

「そのペンダントの石は魔知石と言いましてその石を使えばいつでも自身のステータスやスキル名を確認するとができます、持っていることで勇者である身分証明にもなりますので国の方針で召還された方全員に渡すことになっております」

「なるほど……」

 少しペンダントを観察した後胸ポケットにしまう

 俺のステータスを写し出したのは男の能力というわけではなくこの石の力だったわけだ

「あと住居のほうですが小さいですが町の中に用意してあります、生活資金など必要な賃金もこちらから支援させていただきますのでご心配なく! この後町の者にセクの中も案内させますのでどうぞゆっくり見ていってください、これから住むことになる町ですから」

「はぁ……」

 王様は笑いながらそう言うが流石に至れり尽くせり過ぎて逆に怪しくなってくる

 この男にあまり気を許さないように気を付けたほうがよさそうだ


 既に城の前に案内人を呼んでいるとのことだったので食事を済ませると俺はすぐに城前に向かった

「おう! あんたがセクの勇者様か、待ちくたびれちまったよ、俺が案内人のバックだ、さっそく行こうか、なにそんなに広い町じゃねーからなすぐ見終わるさ、国とか町ってよりこりゃ村だな」

 城の前にいたのは中年の人の良さそうな無精髭の男だった

「……俺は朝霧研磨です、お手数おかけしますがよろしくお願いします」

 そう言って頭を軽く下げればバックさんは少しきょとんとした後に軽く笑った

「なんだなんだそんなにかしこまらなくていいんだよ! 俺が若いころなんて誰かれ構わず噛みついてたもんなのに偉いな坊主!」

 笑いながら俺の背中をバシッと叩くと先陣をきってバックさんは歩きだした


 それからバックさんは俺の家から始まり町の広場、商店街、果ては住宅街なんかまでしっかり案内してくれた

 町のなかを見て回って最初に気づいたことは食事中に思っていたよりあまり裕福な国ではないのだろうということだった

 道行く人の身なりは貧相とまではいかないが豪華な服や宝石で身を飾ったような富裕層の格好をした人は一人もいなかった

 住宅街に立ち並ぶ家々も決して豪邸ではなかった

 商店街に売っていた野菜や肉だってそんなに良質なものには見えなかった

 となるとあの王様だけが贅沢三昧の酒池肉林な毎日を送っているということだろうか

 やはり外面をどれだけ取り繕おうと所詮は俺の父と変わらないのだ

「なに変な顔してるんだ? まぁいい散々歩いて疲れただろう、大丈夫ここで最後だ、ほら見てくれ!」

 バックさんは立ち止まると目の前を指差した

「これは……」

 俺は目の前に広がる広大な田畑と牧場に驚嘆して言葉を失う

「元々セクの国には何も名物や特産品なんてものは無くてな、酷い貧困の国だったんだ、それをあの王様が一人でここまでの田畑と酪農を築き上げて皆が笑いながら暮らせる国にしてくれたんだ」

 そう言って嬉しそうにバックさんは笑いながら近くの石に腰かける

 ちょっと待て

 あの王様はまだ若かった

 一代でここまで田畑と酪農を栄えさせるなんて物理的に無理なはずだ

「バックさん、一つ聞いてもいいですか?」

「おお何でも聞いてくれ」

「あの、王様は一対何歳なんですか?」

「やっぱり気になるよなそれ、実は誰も知らないんだ」

「……は?」

 予想してなかった返答についすっとんきょうな声を上げてしまう

「アドルフ様が王になられてからもう数百年が経つと言われているが見目は未だに若いまま、俺のじい様の更にじい様が若かった頃から何も変わらねぇ、今じゃ王様の年齢はセクの不思議の一つだ」

「この世界では不老は珍しいことではないんですか?」

 不老など俺がいた世界ではあり得ないことだったがもしかしからこの世界では普通の事なのかもしれないと思い聞く

「いや、聞くには聞くが俺はアドルフ様以外には見たこと無いな」

 少し顎に手を当てて考えた後にバックさんは答える

「じゃあ何故そんな得体の知れない相手を王として崇めているんですか?」

 自分と考えの違うもの、自分と見た目の違うもの、そういった異質なものはいつの時代も人間は差別してきた筈だ

 何故相成ろうと出来るのだ?

「なんだそんなことか、そんなもん答えは簡単だ、俺達はな、大好きなんだよアドルフ様が、あの人の性格が、考え方が好きだ、尊敬してる、だからそんな些細なこと気にもならんよ、この国に住んでるやつは大体皆同じ考えさ」

「……そういうものですか」

「そういうもんだ! 勇者の兄ちゃんもここで暮らしていくならいずれ分かるさ」

 そう言ってバックさんは今日一番の豪快さで笑った

 でも俺は自分だけ良い思いをして結果として国の圧力に負けただけではなく何よりも俺なんかに頭を下げるような王の良さなんて分かりたくもない

 むしろ王様どころかこんな国の奴らとの馴れ合いなんてこちらから願い下げである

「……俺、帰ります」

「なんだやっぱり疲れたか? まだ道がわからないだろう家まで案内しよう」

 バックさんは大きく延びをしながら立ち上がるがそれを手で制す

「大丈夫です、通った道くらい覚えてますから、今日はありがとうございました」

 昨日も今日も矢継ぎ早に自分の信じていた常識から外れた非常識をぶつけられてもうすっかり疲れてしまった俺は早々に帰路に付くことにした

 俺が望むことは出来る限り叶えてくれると王様は言っていた

 それなら折角だ、これからは誰とも関わらず誰にも気を使わず、ただ自分の家のなかだけで暮らすことにしよう

 そうすればこれ以上疲れることも何かが壊されることもなくなるだろう

「俺はいつでもこの辺りにいるから、なんか用事あったらすぐに来いよ勇者の兄ちゃん!」

 後ろから聞こえてくる声に俺が答えることはなかった

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