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序章ステータス最弱の勇者

 俺は努力が嫌いだ

 そんなことしたって良いことなんてないんだ

 努力したからって親の期待に応えて医大に受かるわけでもない

 努力したからってバイト先の上司に怒鳴られないなんてこともない

 たとえ努力をした先の失敗だったとしても頑張ったねとはならない

 親は俺を見限って弟にばっかり構うようになった

 俺のようになったら駄目だと

 ムカつく上司にはバイトを辞めると宣言した

 止められることもなかった

 努力した先が報われるとは限らない

 というかだいたい報われないだろう

 だから俺は努力が嫌いなんだ

 もしかしたら努力が嫌いなのではなく努力しても誰も認めてくれないその現実が嫌いだったのかもしれないが今さらどちらでもいいことだ

 俺は今日、死ぬのだから


カンカンカンカン

 踏み切りの鐘が煩いぐらいに警笛を鳴らす

 俺は立ち入り禁止のポールをくぐって踏み切りの中へ入ると線路の上に大の字に寝転がった

 嫌な人生だったがこれで何もかもとおさらばできるのだと思うと何か清々しい気持ちだった

 散々俺をこけにしてきたあの馬鹿どもは俺が死んだことで一体どう思うのだろうか

 まぁきっと誰も何も思わないのだろう

 俺一人死んだところで世界は何も変わらない

 誰も困らない

 そんなことを考えていれば電車が急ブレーキをかける音が聞こえてくる

 ああ、やっと、楽になれる

 そう思って俺は目を閉じたのに一向に身体に衝撃を受けることも痛みを感じることも意識を手放すこともなかった

 一体どういうことだ

「……どこだここ」

 俺が恐る恐る目を開けると先ほどまでの曇天はどこへやら高い天井が目に入る

「王よ! 召還に成功したようです!!」

 いきなりのことに目を点にしていれば近くで誰かが叫ぶ

 王? 召還? 一体なんのことだ

 俺はあわてて起き上がると辺りを見渡す

「は……?」

 その瞬間愕然としてすっとんきょうな声が漏れた

 そこは先ほどまでいた寂れた踏切ではなく何処かの大広間のような場所で

 俺の立つ床には魔方陣が描かれていた

 そして回りにはこちらを見ている複数の人間

 それぞれがそれぞれに嬉しそうに笑いあっている

 俺はそれなりに現在日本におけるオタク文化というものに触れてきた自負はある

 だからこそこの状況を見て思ったのだ

 そうまるでアニメやラノベにでも出てくるような異世界召還のようだと

「申し訳ありません、いきなりのことで驚かれたことでしょう、貴方をこの町の希望、勇者として召還させていただきました」

 俺が呆然としているとその場の中で一番身なりの整った男が目の前まで歩いてきて話し始めた

「さっそくですが貴方のステータスとスキルを確認させていただきたい」

 男はそう言うと隣にいた別の男に何かを促す

「失礼」

 フードを目深に被った男はそう言って俺の額に赤い石をかざした

 瞬間ポウンっと音がして何もない空間に文字列が浮かび上がる

「これは……」

 それを見た回りの衆人達がざわめき始める

 口々に聞こえる言葉からは明らかにうろたえていることがわかる

 慌てて俺も空中の文字を確認し、そして愕然とした

 そこに書かれていた文字はレベル1.パワー1.スピード1.ディフェンス1.マジックパワー1という1の並んだ恐らくステータスだと思われるもの

 そしてスキルという部分には歩合制と表示されていた

「すべてのステータスが1……いやそれよりレベルとはなんだ? そんな表示を見たことのあるものはいるか? ブアイセイ? というスキルも私は初めて見るが……」

 男の言葉に回りの人間達はそれぞれに否定の意を伝えていく

 ああこの流れは知っている

 嫌という程見た追放物のテンプレートだ

 この後こいつらは言い出すのだろう

 ハズレ勇者だ、役立たずだと

 そして良くても少しの金と食い物を渡されて追放されるのが関の山

 こんな非現実的なことに巻き込まれてもそれでも直俺は……

「とりあえず、宴の準備を進めよう」

「……へ?」

 勝手に悲嘆にくれていた俺の耳に入った言葉は予想していた言葉とは全く異なったものだった


「では勇者様に捧げて」

 あれよあれよという間に準備は進められていき宴の席に座らせられると王と呼ばれていた男がグラスと言うにはイビツな木のような何かで出来たコップをかかげる

 それを合図に始まったどんちゃん騒ぎにすっかり置いてけぼりをくらってしまう

 なんなんだこれは

 実はステータス全1、はこの世界では強いのか? 

 いやそんなことあるだろうか

 俺は必死で考えながらとりあえずコップに注がれた乳白色の飲み物に口をつけた

 少し酸味のあるその液体を喉が乾いていたこともあり一口に飲み干す

 一体これがなんなのかわからないがこの際そんなことどうだっていい

 飲み干されたコップに一人の少女がまた飲み物を注いでくれるとにこりと笑って他の人のほうへと飲み物を注ぎに行ってしまった

「面をくらうのも無理はないでしょう」

 呆然としている俺に声をかけてきたのは先ほど乾杯の音頭を取った男だった

「どうですかポポロの乳は? この村の特産品なのですが、少し酸味がありますが旨いでしょう? 他の飯もお口に合うといいのですが」

 男は笑って言った

「……あの、これはどういう」

 俺は意を決して男に尋ねた

 異世界に召還されたのだということはわかっても流石に理由を説明してもらわなければ詳しいことはわからない

「おおこれは失礼、まず自己紹介から、私はこのセクの国の王、アドルフと申します、まあ国と言っても辺境の地にあるとても小さな国ですがこうして民達と皆で手を取り合って生きているのです」

 そう言って王様は回りで騒いでる人達を愛おしそうに目を細めて見る

 王、と名乗られてイメージするのは髭を蓄えた老齢の男性だがこの王と名乗る男はおそらく見目だけなら二十代後半に見てとれた

「ああ、失礼しました、話が脱線しましたね、貴方のお名前も聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「……朝霧研磨です」

「アサギリケンマ様ですね、それではまず現状の説明をさせてください、この世界ユークリッツには八年前に魔王が現れたことで混沌の時代が訪れました、魔王は魔物の軍勢を率いて大国への侵略を繰り返しどんどん勢力を広げていきました、魔王の力は驚く程に強く我々人間が束になってかかっても到底勝てるものではなく状況は悪くなるばかり、そんな世界の行く末を憂いた大国の名だたる魔術師達はある一案を講じます、我らの世界とは別の世界の人間を召還して勇者として魔王の軍勢と戦ってもらおうと」

 そこまで話すと王様は一口ポポロの乳を飲むとつらそうに顔をしかめた

「ええわかっています、自分達の世界を救ってもらうために別の世界の人間を強制的に召還して戦わせるなど身勝手極まりない、呼び出された方達皆にそれぞれの暮らしがある、それを壊してまで連れてきた上でこちらから元の世界に返す方法も現在はない、では何故私達ユークリッツの人間が別の世界の人間を勇者とするしかなかったのか、それは先ほど見ていただいたステータスとスキルにあります、フードの男が貴方に触れた時に出たものです、まずステータスいう概念が私達ユークリッツの世界の人間にはありません、召還された人間にのみ表示される物です、ステータスとはその人間の基礎の能力に対して表示された数値の力がプラスされるわけです、そしてスキル、ユークリッツの人間もスキルは持っていますが強力なスキルを持っている人間は極めて稀であり召還されたされた人間のスキルは強力なものが多い傾向にあります、遥か昔の文献にも人類の敵が現れた時に別世界から現れた勇者が世界を救ったと残っている程に別世界の人間は我々より強いのです、そしてその文献を手がかりに私達は勇者の召還に成功した」

「……それが、俺ってことですか?」

 そうなのであれば先ほどの微妙な空気のなか宴が開かれるに至った理由が理解できる

 前例がないからその場で即決出来なかったのだ

「いや、実はそういうわけでもないのです」

 だが王様はそう言って首を横に振った

「一人目、始まりの勇者が召還されたのは今から約3年程前、小国であるアステラでのことです、アステラに召還された勇者の力は強大なもので世界のパワーバランスががらりと変わりました、今ではアステラは大国と呼ばれるほどです、その結果各国でまるで争うように勇者の召還がされるようになりました、一人の勇者の召還に成功しただけで一転して国の勢力図が書き変わるようになったのです、今ではすべての国を合わせればもうどれだけの人が勇者としてこの国に召還されたのか数えられない程に、魔王を倒すために求めた力に飲み込まれた、まさに悪循環です」

 そこまで言いきると王様は今度はつらそうに目をしかめると頭を抱えた

「そこまで言うのであれば何故俺を召還したんですか? 今の話を聞くに貴方は勇者の召還に反対的に見える」

 ここまで言いながら結果この男は俺を召還しているではないか

「……ええ、その通り、私は今のこの悪政をよく思っていない、事実この三年間で私達の国が召還した勇者の数は0人です、このセクでは貴方が初めて召還した勇者なのですよ」

 初めて召還した勇者が俺

 だから邪険に扱えないということか?

 俺が考えている間も王様は話続ける

「そして何故勇者召還をすることになったのかですが、簡単に言えば上からの圧力です」

「圧力?」

「そう、我が国セクは現在楼閣国家バベルの従属国でありバベルは勇者召還に賛成派なのです、今まではなんとか圧力を避けていましたがバベルは此度本格的なや魔王討伐隊を組織するとか、そこでこのセクに派遣されてきたのが先程のフードの男です、バベルが動けば従属国であるセクも魔王に狙われる、魔王軍に対抗出来るような軍隊のないセクが落とされればバベルにも損害が出る、そこで1人で軍隊一つ分とも言われる異世界人を召還せよとの通達が下されました、派遣されてきたフードの男はマリンという名の知れた王宮魔術師、渡された用紙にはバベル王家の紋様入り、私一人の力ではこれ以上どうにも出来なかった、そして見ての通り貴方が召還されたというわけです」

 聞き終わると俺は軽くため息を吐いた

 なんのことはない

 聞いてみればただ権力に屈しただけだけではないか

 せっかく死ねると思ったのにそんなことに巻き込まれたなんてくだらない

「……そういう表情になるのも無理はありません、貴方には本当に申し訳ないことをしました、今現在の我々の技術では元の世界に帰して差し上げることも出来ません、会いたい人にもう一度会わせることも大切な日常も戻してはあげられない、ですからせめてこの国で生きていくのに苦労やご不満ができる限りないよう努めさせていただきます」

 王様はそう言うと俺に向かって深々と頭を下げた

「……」

 この人は何を勘違いしているのだろうか

 俺はあの世界に大切な日常なんて欠片もなかったし会いたい人だっていない

 何もないんだ

 ただ死ぬ瞬間を邪魔されたことが許せなかっただけなのに

 そして何よりこの男は小国とはいえ腐っても王の筈

 なのに何故自分より年下でしかも初対面のどこの馬の骨ともわからない奴にこう簡単に頭を下げるのだ

 目上のものが目下のものの顔色を伺うなんてありえない

 俺の父はそういう人間だった

 でっかい大学病院の院長だった父はいつだってどんな時だって尊大な態度を崩すことはなかった

 他の中流階級や下級階級の家庭を見下していたし母にも俺にも弟にもいつだって威張っていた

 いつも口癖のように目上のものが目下のものに頭を下げるなど馬鹿馬鹿しいとさえ言っていた

 それなのにこの男が

 王でありながらこうしてなんの迷いもなく俺に頭を下げるのが

 簡単にそういうことが出来てしまうことが

 何故かどうしようもなく不快だった

「……そんなことはさ、どうでもいいんですよ、ねぇ俺のステータスって普通なんですか? 他の勇者も1からスタートなんですか?」

 俺は言いながら席をたつ

「いえ、ばらつきはありますが全て1というのは私が知る限りでは初めてです、そした基本的にステータスは召喚時から固定、レベル、というものもまぁ……あまり見るものでもないです」

「じゃあ歩合制っていうのは神スキルだったりします?」

「……申し訳ないが実のところブアイセイ? という言葉自体初めて聞きました、スキル鑑定士に聞けばどういうスキルなのか調べられますが残念なことにこの国にスキル鑑定士はいません、あ! もし必要であれば別国から呼び寄せますか?」

 王様は名案を思い付いたというようにぽんっと手を叩いた

「いやいいです、俺のいた世界と同じ意味なのだとしたら……俺には意味のない力です」

「そうですか」

 俺が即座に断れば少し残念そうな返事が返ってきた

「……じゃあ正直に聞きますけどはっきりいって俺の能力って弱いですよね、異世界人なのに」

「まぁ、そうですね」

 意を決して聞いてみればなんの溜めもなく普通に肯定されてしまった

 少し拍子抜けするほどに

 じゃあこの際このことも聞いてしまおうか

 俺が一番気にしている事だ

「ならどうして俺を追い出さないんですか?」

「……え?」

「だって嫌々にしろ国の為に労力をかけて呼び出した勇者がこんな駄目な奴だったんですよ? そんな奴置いといてもただの穀潰しだ、国から出ていけ! ってなるもんなんじゃないですか?」

 家に帰りたくなくて時間潰しに通っていた本屋でなんの目的もなく立ち読みしていたラノベの中にあった追放物ではそうなるのが王道だった

 だからこそ何故こんなに歓迎ムードなのか

 何故こんな呑気に会話に興じているのかが一番の疑問だった

「何故そう思われるのかわかりませんが、こちらの都合で勝手に召還しておいてやれ駄目な奴だなんて言って追い出すのはお門違いというものではないでしょうか?」

「……」

 言われてしまえばまぁ確かにその通りだ

 何も言い返せない

 でもこう思う筈だ

 期待を裏切られれば誰だって憤慨し落胆する

 そしてその相手を責め立てる

 それが人間というものではないのだろうか

 実際今までがそうだったのだから

「まぁ、元々私はどんな人間が召還されたとしても魔王軍と戦わせる気も何か労働を強要する気もありませんでしたのでその辺は気になさらないでください」

 そう言うと王様はこちらに笑顔を見せた

「……そうですか」

 そんな姿を見て俺はこの世界に召還されて初めて気を緩めて体を椅子の背もたれに預けた

 それは決して安心したからではない

 そんな俺を見てまた勘違いでもしたのか王様が話を続ける

「さて粗方説明も終わりましたしいきなりのことでお疲れでしょう、今日のところはゆっくりと食事をして身体を休めてこれからのことは明日にでも話し合いましょう」

 ああ、やっぱり

 俺はこの男が

 死ぬほど気に入らない

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