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プロローグ

【プロローグ】


 『チョコラビ』。

 数年前の秋、東京都西部のT市を中心にインターネットや口コミによって話題となったウサギのキャラクターだ。

 とあるチョコレート菓子のマスコットキャラクターであり、その名の通り顔中がチョコレートのように真っ茶色、白い歯を見せにやりと笑う顔は、間抜けでそれでいてどこか愛嬌がある。

 製造元の会社が倒産してからは巷で見かける機会はほとんどなくなったチョコラビだったが、突然人々の話題となったのにはもちろん理由がある。

 T市にチョコラビのお面をかぶった謎の人物が出没したからだ。

 その奇天烈な風貌の人物は、チョコラビのお面をかぶっているので安直に『チョコラビ(おとこ)』と呼ばれるようになった。風変わりで珍妙な格好が人々に受けたのか、正体不明のチョコラビ男の噂はT市周辺で局所的に広まった。


 インターネット上の掲示板には、彼の登場と行動を予告するような文章が書き込まれていたが、真偽は不明だった。

 最初の目撃者は「あの人は正義の味方だ」と彼を称賛した。

 次の目撃者は「あいつはただの犯罪者だ」と彼を罵った。

 チョコラビ男が善人なのか悪人なのか、どんな目的を持っているのか、誰もわからずにいた。


 謎に包まれた彼の存在は人々の好奇心を刺激し、その名だけが一人歩きを続け、噂話には次々と尾ひれがついていった。退屈な日常を送る人々にとって、チョコラビ男の存在は非日常の魅力によって怪しく輝いて見えたのだろう。彼の正体を探し出そうとする者もいれば、彼を模倣してお面をかぶって悪ふざけをするような輩も現れた。何十人もの集団がチョコラビのお面をかぶって夜中に集会を開いたなんて話もある。


 しかし、話題は一過性のものだった。

 風船のように膨らんだチョコラビ男の噂話は、あるときを境にまさに空気が抜けたかのように急速にしぼんでしまったのだ。

 人々の興味と好奇心が枯れてしまえば、たいていの噂話なんてものはすぐさま風化してしまう。それはチョコラビ男も同様だった。世俗の関心はスポーツ選手の活躍や芸能人のスキャンダルへと移ろい、いつしかチョコラビ男の話など誰もしなくなった。たまに思い出したように話題に出てきても、今や「なつかしい」とか「そんなものもあったね」と口にする人がほとんどだ。


 だが、どんな出来事であっても人々が知るのはいつも表側のほんの一部だけで、誰も知らない裏側というものが存在する。


 これから語られるのは、チョコラビ男という奇怪な噂話の裏舞台の物語である。

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