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第5話

 葵に手ひどく拒絶された後しばらく公園で途方に暮れていたが、夜九時を回った頃に通りかかったOLに通報されかけたので今は薄暗い夜道を自転車を引きながらとぼとぼと歩いていた。

 途方に暮れていたとは言ってもただベンチに座って茫然自失していただけではなく、手慰みに葵のことをスマホで調べていた。

 栗原葵の名前では引っ掛からなかったが、マネージャーからもらった名刺に書かれていた事務所の名前で調べたらヒットした。

 どうやら葵は今、桃山めぐみという芸名でモデルとして活動しているらしい。

 まだ芽が出てからそう時間は経っていないようだが、ファッション誌の表紙を飾ったこともあったりと順調に活動を拡大しているようだ。無地の量産物しか着ないようなファッション無知の僕が知る機会があるはずもなかったが。

また最近は演劇など女優としても活動を始めているらしく、まさに新進気鋭といった存在で新聞やテレビと言った大手メディアにも取り上げられ始めているらしい。

 ともかく葵は宣言した通り自分の夢を見つけ、そこに突き進み、そして結果を出してるようだった。

「……惨めだな、僕」

 ポツリとそんな言葉が零れ落ち、自分の発言でより一層惨めさが増した。

 葵に告白できなかったあの日もし告白できていたら、現状は違ったんだろうか。俯いて自転車を引きながら、そんな無意味なことを考える。

 その時だった。

「あらら、失敗しちゃったのか。これは予想外だ」

 正面から聞き覚えのある声がして、地面を見つめていた顔を起こす。

「やあ、さっきぶり」

 そこには軽く右手を挙げてこちらを招く仕草を見せる自称魔女がいた。放課後に遭遇した時同様、左腕にかごを抱えて漆黒のローブに身を包み、狐面をつけたコスプレ状態ではあったが、弱々しい街灯の明かりしかないこの夜道ではただのコスプレと断じられない雰囲気があった。

「誰にでも失敗はある。それを次にどう活かすか、だよ若者くん。まだ若いからわからないかもだが」

「……」

 事情を何でも知っているかのような口ぶりに無性にイラっとする。だいたい年下に自分から年の功をアピールする年長者に碌な人間はいない。ぶん殴って若者の強さをわからせてやろうか。

 とは言え彼女のおかげで葵に会えたのは事実で、その後の結果が自分にとって芳しくなかったからといって彼女に当たるのは筋違いだ。しかしだからといって愛想良くしたりする気分にもなれないのも事実だった。

「悪いんですけど、今あなたに構えるほどメンタルに余裕ないんで」

 結局、僕は『関わらない』という中間の選択を取った。早々にこの場を離脱するため引いていた自転車にまたがり、相手の返答を待たずに漕ぎ出そうとする。

 けれど次に聞こえた言葉に、僕はその足を止めざるを得なかった。

「過去を変えたくはないかい?」

 その言葉は今の僕にとって、簡単には無視できないものだったから。

「どういう意味だよ」

 僕はゆっくりと「魔女」の方を振り返る。もう敬語を使うのもばからしい。「魔女」の表情は見えないけれど、ニコッと微笑んだような雰囲気を感じた。

「どうやら君は過去に何か未練を抱えているように見える。もしそれを書き換えられると言ったら、どうだい?」

 荒唐無稽な提案だ。いつもの僕なら一顧だにしなかっただろう。

「タイムマシンでも売りつけようっていうのか?」

 僕は皮肉気にそう鼻で笑う。だがそもそもこんなオカルトめいた提案に対して会話に応じようとしていること自体が、彼女の提案を一蹴しきれていないことを表していた。

「いやいや金は取らないよ。最初に会った時言ったろう、迷える若人を導くだけさ。それにタイムマシンなんていう大層な代物も用意してない」

「怪しい……」

 放課後に遭遇した時から胡散臭さマックスだったが、話の内容がオカルトになってきてもはや本当に警察に通報したいレベルの怪しさだ。

「怪しすぎて逆に怪しくないとか……思わない?」

「思わない」

 それで騙される奴は逆張りにも程があるだろう。……とはいえこうやって話を聞いてしまっている時点で僕も同類か。

「そもそもなんで僕にばかり構うんだ? 迷える若人なんてそこら中にいるだろ」

「……」

 僕の疑問に魔女は一瞬言い淀む。何かセカイ系のようなのっぴきならない事情でもあるのだろうか?

「……君があまりに哀れで面白、可哀そうだったから」

「言うじゃねえか」

 何か壮大な事情があるのかと思ったら、単なる道化扱いかよ! ……まあ、そっちのほうがまだ納得できる。僕如き存在が世界に影響を与えるとは思えない。

「はあ……で、タイムマシンじゃないならどうやって過去に戻るんだ? えーと……」

 名前を呼ぼうと思ってまだこの「魔女」の名前を知らないことに気づく。それを察した「魔女」は口を開いた。

「まずアタシのことはケレスとでも呼びなさい、翔也くん」

「……あんた、日本人だよな?」

 顔は狐面で見えないから断言はできないが、言葉の流暢さや手の肌の色とかを見る限り外国人のようには見えない。

「まあいいじゃないか。ニックネームなんだから好きにつけさせてくれよ」

 もしかしてこいつただの中二病なんじゃないか?

「……はあ。で、ケレス。どうやって過去に戻るんだ?」

 既に天元突破している怪しさを無視してもうここまで話を聞いている以上、僕はケレスの言う通りにするしかないのだろう。今の僕にとって、過去に戻れるというのはそれくらい抗い難い欲求だった。

 ケレスは僕の問いには答えず、ずっと腕に下げていたかごをゴソゴソと漁る。暗闇でよく見えなかったけど、かごの中に入っているのは……何かの果物のようだった。ほとんどは赤い果実で、いくつか緑色の果実が混じっている。

 ケレスは一際大振りな真っ赤な果実をひとつ取り出して、こう言った。

「さ、このリンゴを食べな」

「……リンゴ?」

「そ、リンゴ」

 怪しい。今までの怪しさには実害はなかったけれど、食べ物となるとそうはいかない。毒が入っているかもしれないし、もし金銭を要求されてもクーリングオフはできない。

 そもそもリンゴを食べて過去に戻るなんて、理屈の欠片も理解できない。

 僕の疑念に対し、ケレスは説明をし始める。

「食べ物っていうのは重要なものなのさ。黄泉の国で食べ物を食べてしまうと現世には戻れなくなる、なんて話は聞いたことがあるだろう。他にも食べると不老不死になる果実も神話にはよく登場する」

「オカルトじゃん」

「オカルトを馬鹿にしちゃいけない。過去に戻ろうなんて馬鹿げたことをやろうとしてるなら尚更ね」

「……」

「アダムとイヴはリンゴを食べて知恵を付けた。ならリンゴを食べて過去を変えるのもそんなに不思議じゃあないだろう?」

「そうかなあ」

 かなり無理矢理な気がするけど……。

「まあ、別にいいか」

 毒が入っているのではとか、食べた後に金銭を要求されるのではとか、そういう不安は当然頭をよぎったけれど、葵の一件で自暴自棄になっていた僕はもうどうにでもなれ!という気持ちでリンゴにかぶりついた。

 食べながら戻りたい時を思い浮かべるんだったな。戻りたいのは当然、葵との別れの日。告白できなかった、あの公園の東屋だ。

 脳に焼き付いているあの光景を思い浮かべながらモシャモシャとリンゴを咀嚼していると、口の中に青臭い風味が広がっていった。普段リンゴを食べた時に感じるような甘さは全くなく、正直不味い。

「……あんまり美味しくないな」

「まあ食用として作ってるわけじゃないからねえ」

「で、これ一個丸々食べなきゃいけないんですか? ちょっと大きくて食べ切れそうに……」

 ない、と答えようとしたところで世界がぐるぐると回り出した。いや、正しくは僕の視界が回っているのか。もしかすると僕の懸念は正しかったのかもしれない。

「やっぱり……毒……?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれよ。ちゃんと過去を変えられるさ」

「ほんと……かよ……」

 僕はケレスに疑惑の視線を向けたかったけれど、もう立っていることすらできなくて塀に背をつけてズルズルと座り込むことしかできなかった。

「もう……起きてられない……」

「そんなに長い時間は向こうにいられないから気をつけて」

 ケレスの声ももうほとんど理解できないくらい脳の機能が低下していく。強烈な睡魔に抵抗できず、僕の両瞼は営業時間が終了した店のシャッターのように無慈悲に降りてくる。

「……いってらっしゃい」

 どこか優しげな声が聞こえたのを最後に、僕の意識は星一つ見えない真っ暗な夜空に吸い込まれていった。


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